ひきこもり×クリスマス
聖夜。キリストが生誕したと憶説される日の前日の夜。
街を見回せば幸せな空気がそこかしこに漂う一方、反対に負のオーラを纏う者もまばらに。
それは、光があるところに影ができるような物だろう。
恋人、家族、友人、一人、多種多様なクリスマスの過ごし方が存在するのだろうが、とあるひきこもり二人のクリスマスはどうだろうか。
「クリスマスか……」
クリスマスらしい装飾もなくいつもと変わらない部屋。
椅子に座る水澤かなたはしみじみと呟いた。
「どしたの? 突然」
ベッド端に腰掛ける相原みずきは細めた目でかなたを見た。
「いや。なんとなくそうだな、と」
相変わらずカーテンを閉められた部屋にはクリスマスの要素は何一つない。テレビは点けられてないが、今日は珍しく電灯が点けられ部屋を照らしている。
「私たちには関係ないでしょ」
「まあ、そうだな」
「で、何かする? テレビでも観る?」
みずきの提案にかなたは苦笑し、
「今日はクリスマスだろ」
『それが?』と言うようにみずきは小首を傾げた。
「確かこの時間だとクリスマス特番ばっかりだった。観てもツマらないし俺らには毒だろ」
「ん、面白くないのは同意するけど。私は別にクリスマス風景とか映っても何にも思わないけど」
「俺も最近は特に何とも思わなくなったな。別世界の話だ」
かなたは肩をすくめ自虐的に笑みを浮かべてみせる。
二人にとってカップルや友達同士で談笑する光景は、一種のファンタジーといっていいくらい遠くかけ離れたものだ。
「最近って……クリスマスに誰かとデートできるとか思ってたの?」
揚げ足を取ったようにみずきは僅かに唇の端をもたげる。
「いや。そんな期待するわけがない。ただ、まあ、なんというか、どうにも観たら悲しくなるというか、な」
かなたは誤魔化すかように手を辿々しく動かし、言いよどむ。そして所在なき手を頭に持ってきて髪をかき乱す。
「そう。何となくは分かるかな」
言いよどむかなたを更にからかいたいというイタズラ心も湧いたが、みずきは同意する。
「あ、そういや。今日は何でオシャレっぽくしてんだ? 珍しい」
今更で、やや無神経とも受け取れるかなたの言葉にみずきはムッと唇を尖らせる。
「一応はオシャレのつもりなんだけど」
黒の膝下丈のワンピースの裾を摘みながら、上目遣いでみずきはかなたを見る。
かなたはその瞳と言葉から機嫌の機微を感じ取り、
「悪い。けど、なんでわざわざ」
「……お母さんが、たまには、って」
「なるほど」
水澤家と相原家はクリスマスの前日の夜は毎年、どちらかの家でパーティをするのが恒例行事になっている。
パーティといってもただ単に普段よりほんの少しばかり豪勢な食事が用意され、飲み食いするだけである。
互いの両親が酒が入り会話が盛り上がる頃になると二人はさっさとどちらかの部屋へと引き上げる。
今回は水澤家で開かれており、名目上には呼ばれた側であるということで、みずきは母に言われて普段より多少オシャレに気を使った格好だ。
黒のノースリーブワンピースの上に、淡い色のカーディガンを羽織い、胸元にはシルバーの十字架を模したアクセサリーが煌めいている。さらに唇には赤いルージュが引かれている。
「どう?」
と、みずきはかなたを見つめて感想を求めた。
かなたは、白くてか細い足から、感情の乏しい顔まで見てから、
「まあ、似合ってる。と思う」
たどたどしくも正直な感想を述べ、顔を背けた。
普段、褒める台詞を言うこともないためか、言った途端恥ずかしさがこみ上げてくる。
「ん、そう。……よかった」
息を吐くようにそう言葉をみずきは漏らし、かなたには見えないように顔を俯かせ、嬉さを顔へ滲み出した。
「……ケーキでも食べる?」
顔を上げたみずきの表情はいつも通りの無表情になっていた。
「ああ。そうだな」
かなたが頷いて答え、みずきは立ち上がると部屋を出て階下へと降りていった。
かなたはふと考え、携帯電話を手に取った。
テレビの画面ではド派手な竜巻のエフェクトが画面を覆い尽くし、finishと派手な文字が流れた。
「十二勝五敗。調子悪い?」
「いや。みずきが良いんだろ。ゼロループ決まってるし」
二人はケーキを食した後、格闘ゲームを始めた。電気を消し、部屋は不気味に光る。
二人の格闘ゲームの実力は拮抗しているのだが、今日は差がついていた。
ちなみにゼロループとは同じ技を繰り返し当て続けるコンボなのだが、タイミングが際どく、二人の腕前だと、アベレージで四、五回なのだが、今日のみずきは六、七回と理論上の限界まで決まったりしていた。
「ん、そうかも。けど、かなた集中してないでしょ。携帯見たりして」
かなたは一戦ごとに携帯電話を開いてはイジっていて集中力に欠けているふしがある。
「まあ、メールがな……」
「なぎさ?」
「ああ。クリスマスがどうのと。みずきの方にも来てんじゃないか?」
「後で見てみる。返信するなら先にしたら?」
言われてかなたは、カチカチと不慣れな動作でようやくメールを打ち終え送り、深呼吸をしてからコントローラーを握る。
その動作には達人の精神統一にも似たものが垣間見えた。
たかが格闘ゲーム。だが、二人にはそれに対しては真剣勝負と同様の空気の元でしている。
二人の腕前はというと、二人でしか対戦することはないので詳細には推し量れないが、他者から見たらキャラが画面を所狭しとせわしなく動き回り、手元に目をやると指の動きが適当にガチャガチャと押しているように見えるだろう。
「せっかくだし何か賭ける?」
ふいにみずきが切り出してきた。
「は?」
唐突な言葉にかなたはみずきに顔を向け怪訝な表情になる。みずきもかなたを見て、
「勝ち越した方が、欲しいものをプレゼントするとか。クリスマスだし」
相変わらずの感情を読みがたい表情でみずきは言った。
「んー。だが、俺は五千程度しかないが」
「私もそのくらいならあったと思う」
みずきは所持金が入った財布の中身を思い出す。かれこれ数ヶ月引き出しの奥にしまいっぱなしだ。
「ゲーム一本はいけるな」
と、かなたは乗り気を示すように口の端を上げ、ふと気付く、
「勝敗は一旦リセットするのか?」
現在、五勝十二敗。もしこのまま進めたならば、五分にするのにも七連勝が必要であり、かなたは不利だ。
「ん、そのままでいいんじゃない」
「厳しいな」
苦笑しつつもかなたは前を向き、キャラを選択しゲームを再開する。
実力は五分五分で、今日のみずきの調子からすると賭けに勝てる可能性は万馬券並みに限りなく低いのだが、かなたはそれでもいいかとも考えている。
年に二度ほど小遣いのような金額を貰い、ゲームなどを買ったりしているかなたとは違い、みずきは小遣いもなく自分の買いたい物を買うことは殆どない。
買いたい物を極限まで我慢しているのかは、表に出すこともないため察することは出来ないが、欲しい物があるのならプレゼントしてもいいと、かなたは思っていた。
だが、急にそう切り出したら怪訝に思われるし、何より気恥ずかしい。なのでこれはいい機会だ。
それでもかなたは、本気で勝ちに行く腹積もりではあった。今気になるゲームソフトもある。
ゲームに集中した二人の闘いは白熱していた。主に画面の中だけだが。
当の二人は背中を丸め気味にして、死んだ魚のような目で画面を見ているだけ。だが、指の動きは激しくはあった。
その指捌きによって操られる画面上のキャラは一進一退の攻防が目まぐるしく行われていた。
実力は伯仲しており、みずきが勝てば、次にかなたが勝つという展開が続いていた。
そして日付が変わった時計を見て勝負を終えると、決着は着いた。
「二十四勝十八敗」
「……負けたか」
淡々とみずきが告げ、かなたは敗北を認めたが悔しさは浮かんでいない。
「じゃ、後で欲しいもの考えとく」
みずきは言いながら立ち上がり窓へと歩み寄る。
「考えてなかったのか」
「ん。なるべく欲しいものとか考えないようにしてるし――あ、」
みずきはカーテンを開けると、吐息を漏らすような小さな驚きの声を出す。
「……雪か」
みずきの動きを追っていたかなたは、その窓の先に映る光景を見て呟くと、みずきの側に立った。
外では紺碧の夜空からタンポポの綿毛にも似た雪が深々降っていた。
家々の屋根も、庭も、全てが白へと染まり、人通りも疎らなためか足跡一つ無い新雪が敷き詰められ、夜の世界に白が映える幻想的な風景が広がっていた。
「…………」
それには感動という回路の動きが鈍い二人も、感嘆の吐息を漏らして魅入っていた。
よく見えるように、土埃で薄汚れたガラス窓をみずきが開けたため、ひんやりとした風が部屋へと入り、雪の結晶も部屋へと舞い降りては儚く消えていく。
かなたは隣を見た。
顔を上げ空を眺める幼なじみの横顔。
雲の合間から覗いた月の光がみずきを照らし、長い黒髪が光沢を放っているようにも見え、シルバーアクセも煌めく。
ふと、かなたは窓際から離れ、すぐに戻ってくると手にした携帯電話を構える。
――ピロリーン
と雰囲気にそぐわない携帯のシャッター音が冷たい空気が漂う部屋に響いた。
数分後。なぎさの部屋。
携帯電話がブルブルと震え、なぎさは手にとって開く。
「あ、かなちゃんから」
表示された送り主の名前を言いながら、待ちに待ったという面もちで、なぎさはメールを開くと一枚の写真が添付されていた。