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ひきこもり×ひきこもり×ひきこもり

「……ハン○ー×ハ○ターのパクリ?」

「何がだ?」

 水澤かなたが怪訝な目で相原みずきを見る。唐突に、漫画の話もしてない中、脈絡もなく疑問符付きで言うのは、かなたには見えない第三者がいるのか、怪しい電波を受信しているかしか考えられない。

「ん、なんでもない。で、何の話だっけ?」

 かなたは益々訝しがる。

 まるでついさっきまで会話を続けていたかのようにみずきは言ってるが、全く会話はなかった。

「……ああ、この前変な夢を見たんだが……」

 と、かなたは突拍子もなく振られた話を繋げてみた。

「どんな夢だったの?」

 かなたは先日見た夢の内容を端折りつつみずきに説明する。

「…………」

 みずきは失望したようにため息を吐く。いきなりの話を返したのに、ガッカリされ、かなたはどうすれば正しい反応だったのか分からなくなる。

「そういや、この前本買いに行ったときなんだが」

「それで?」

 かなたは話を変えてみた。やや興味を引かれているという瞳を向け、続きを促す。

「ひきこもりっぽい人に会った」




 それは以前、かなたが本屋に出掛けたときの話である。

 少年少女が入店し騒がしくなり、目当ての品を手にとり、手早く会計を済ませ、出口へと向かおうとした時、かなたは見た。

 本棚の影からレジを伺っている女性を。

 年齢はかなたと同じくらいで、髪は肩下まであり前髪は少し長めで、メガネに掛かってしまっている。

 その女性は俯き加減で、雑誌を大事そうに胸に抱えていた。

 女性を店を出る前にかなたは一度を振り返って見ると、周囲をせわしなく見渡しながらレジへと向かっていた。




「と、まあ。こんな感じだ」

「……それのどこがひきこもりなの?」

 みずきは四六時中眠そうな瞳をかなたに睨むように向ける。

「いや……何となくそれっぽいな、と」

「ちょっと買いづらい雑誌だっただけだと思うけど」

 視線を右斜め上に向け、かなたはその時の女性が抱えていた雑誌を思い返してみる。ほとんどが腕に隠れていたが、タイトルだけは微かに覗いていた。それは、

「ただのアニメ雑誌に見えたが」

 たまに寄った時にざっとかなたが立ち読みしているアニメ情報誌であった。

「ん、そういうのだったら買いにくい人もいると思うけど」

「まあ、そうかもしれないが。雰囲気がひきこもりっぽかったというか……」

 段々と自信なさげになってきたかなたは、眉間にしわを刻み弱々しく言う。

「第六感? それで分かるものなの?」

「例えば、武道のプロなら一目見ただけで相手の強さが分かるようなものかもな。武道のプロがそうかは知らないが」

 みずきは目を細め口元を緩ませ、子供の戯言に耳を傾けるような表情になる。

「で、分かったんだ」

「いや、正直言うと自信はない」

 かなたはあっさりと言った。

「でも、そうかもしれないんじゃないの?」

「どっちがいいんだ」

「できたらそうだったらいいけど。……あ、その人からしたらそう思われるのは嫌だよね……」

 みずきは苦笑めいた表情になり俯く。自分みたいな人がいたらと望んでしまった自己嫌悪。

「まあ、仮にそうだったとしても、ある程度は軽いひきこもりだろうな。髪とか見てもそうだし、外出もそれなりに行けるのかもな」

「それって、最近の定義だと趣味の買い物のための外出なら行ける人も、ひきこもりに含まれるってやつ?」

「意外とニュースみてんだな」

 みずきは心外そうにムッと眉を寄せる。

「PCでチェックはしてるから」

「しかし、曖昧な定義だな。趣味の買い物は俺も行くが、それでも回数は知れたものだし。あまりに頻繁だとニートな気もするが……」

「ん、元々曖昧だったし仕方ないと思う。ヒキニートって言い方もされてたりするし」

「掲示板みたいなランク分けなら分かり易いけどな」

 かなたが言うのは、ひきこもり系の掲示板に見られるひきこもりの度合いを示したランクである。Aからあり、Aが一番重く、軽くなるにつれていきアルファベット順が先へと進む。

「私はDになると思うけど。でも、出掛けることもあるし……」

「まあ、滅多にないならDでいいんじゃないか。だったら俺もDになるか」

「かなたはKくらいでいいんじゃないの。その本屋だってまだ最近の話だし」

「俺はそこまで行動範囲は広くないが……あのランクも細かくは書いてないしな、曖昧なのは変わらないか」

「70万人」

 脈絡もなくみずきは数字を言った。

「…………いきなりどうした。ひきこもりの数なんか言って」

「今の間なに?」

「他に70万という数字に当てはまるボケが思い浮かばなかっただけだ」

「そう。どうやって統計をしたかはともかく、これだけいるんだとしたら、見かけてもおかしくないと思うけど」

 かなたは少し考え、机の上の携帯を手に取り電卓機能を使い計算する。

「一億二千万で計算すると大体百七十人に一人がひきこもりになるな。年齢も絞れば更に高い割合になると思うが」

「だったら百人に一人くらい?」

「そのくらいじゃないか」

「駅前にでも行けば一人はひきこもりがいるみたいな感じになるけど」

「そりゃ計算上だとそうだが、ひきこもりだからな」

「ん、そもそも外に出る事が少ないから……はぐれメ○ルくらいの確率?」

「メ○ルキングくらいかもな。とにかく珍しいことなのは確かだ。……本屋の話も多分違う可能性の方が高いなやっぱり」

「まだゼロではないと思うけど、ひきこもり同士が直接会うことって普通はないよね」

「まあな。ネット上は幾らでも見つかっても直接は難しい。ここいらみたいな田舎だと特に」

 かなたはひきこもりが出入りするチャットで、出身地を訊ねてみたことがあるが、大抵はそれなりに人口がある所だった。

「ん、ここら辺だと私たちだけな気もするし」

「……年数とか考えたらそんな気がしてきた」

 かなたは寂しげな表情になり、部屋はしばし静寂が支配する。

 みずきは俯いていた顔をあげ、

「でも……一人じゃなくてよかった」

 かなたはみずきの乏しい表情を読みとるように見る。みずきは気恥ずかしくなり俯く。

「……私だけだったら、あの時戻れなかったと思うし……」

 息を吐くようなか細い声をかなたは聞き取って、優しげな微笑みを浮かべた。

「ま、そのうちなぎさが見つけてたとは思うがな」

「……先になぎさと会ってたら逃げてたと思う。……ありがと」

 上目遣いでみずきはそう言って、すぐにまた俯く。

 珍しい言葉にかなたはこそばゆそうに、照れと戸惑いが混ざった微妙な顔をつくり髪をくしゃくしゃとかき乱した。




「アニメ雑誌買ってたんだっけ」

 しんみりとした空気が流れた後、みずきが淡々と言った。

 いきなりで何のことだとかなたは思考を巡らせ、

「あ、ああ。確かそうだったはずだ」

「毎月買ってるかもしれないし、その雑誌の発売日にまた現れるんじゃないの?」

「仮にそうだとして、逢ってどうするんだ」

「ひきこもりか訊く」

 かなたは自分がそう訊ねる姿を想像し、

「変人扱いされるのがやまだな。というか俺が他人に気楽に話しかけられるとでも?」

 自虐めいた笑みをつくる。

「ん、無理だね」

 あっさりとみずきは頷いた。

「……三人目の話は難しいか……」

「何がだ?」



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