ひきこもり×事件
水澤家と相原家は互いに築五十年はくだらない古い家屋である。
家の周囲は大人一人分ほどの高さの塀で覆われてるが、一ヶ所、家の側面に、互いの家を繋ぐ扉が設けられている。
みずきとかなたは、そこを秘密の通路のように利用して家を行き来している。何より、通りから死角になり、人目に付かないのが使う理由だ。
今日も、みずきがそこを通り、水澤家の勝手口より入る。某磯野家で三河屋が注文伺いに訪れるようなそこは、年中無休で鍵は掛かっておらず、いつでも出入り自由だ。
みずきはかなた母にボソリと挨拶をして台所を通り、二階のかなたの部屋に入る。ノックはなかった。
部屋はカーテンが閉め切られ、真っ暗だ。この部屋は基本、四六時中閉められている。みずきがベッドに目を向けると、布団から顔だけだし、寝る姿勢で、携帯電話に繋がったイヤホンで音楽を聴く半覚醒なかなたの姿があった。
かなたは、みずきに気づく様子はなく、目を閉じて音楽に陶酔している。みずきは枕元に近づくと、携帯からイヤホンを外した。
『あるー晴れた日のことー♪』
部屋内に某アニソンが流れ、かなたは目を開け、みずきを視認すると、快適な起床を妨げられたことに、不機嫌な表情をする。
かなたは声優が歌う曲を止め、ゆっくりと起き上がり、寝ぼけ眼をこする。
「何だよ朝っぱらから」
「ニュース」
真面目な顔でみずきは言って、テレビの電源を付ける。部屋はテレビが放つ光でぼんやりと明るくなる。
とりあえず、かなたは姿勢を正し、ベッドに座り、みずきはクッションを胸に抱えて床に女の子座りをする。かなたは携帯画面の時刻を見ると、七時五十九分。テレビでは星座占いをランクにして流れている。
そして、朝の情報番組が始まった。
二人は画面を注視する……が、
「最近の就職事情がどうかしたのか? 俺らには無縁過ぎる話だと思うが」
「……違う。この次」
画面ではメインキャスターが自分が気になるニュースを語っている。元々ニュース番組に興味を示さない二人には、最近のバラエティ番組のようにツマらない話である。
深くは聞かず、かなたは携帯をイジり、みずきは適当な漫画を手にとってパラパラとめくり、しばらくして今日のトップニュースが始まった。何となく、半ば確信的にかなたは何のニュースかは思いあたってはいた。みずきが気になるような――ひきこもりが気になるニュースはコレしかない。
『悲惨な事件です』
と、前置きして伝えたのは、引きこもりが家族を殺傷した事件。数人死亡したものだった。みずきとかなたは特に表情を変えることなく、見入っている。
「長いな」
犯人のひきこもり年数を見てかなたが呟く。
事件の概要から始まり、近所の話、加害者の同級生の話、加害者の人生経路などを経て、画面はスタジオに戻る。
キャスター、コメンテーターがもっともらしい憶測を述べた後、次のニュースに移る。有名人の離婚ネタ。
みずきがテレビの電源を消して、部屋に暗闇が戻る。
「的外れな憶測だったね」
「あれが普通人から見た、一般的な考えだろ」
みずきはクッションを頭に敷き、寝転がる。かなたはさっさと顔を洗いに行きたかったが、壁に背を預け、付き合う姿勢を見せている。
「これで、ひきこもりのイメージが悪くなるかな」
「まあ、そうだろうな」
「別にひきこもりだからって、誰でも事件起こす訳じゃないのに」
「寧ろ、事件起こさない奴の方が多い気もするが」
「外出ないしね。家族には特に今以上の迷惑は掛けられないし……」
「結局、殺人者の気持ちは理解できないだろ。ヒキだろうがなかろうが」
「だね」
「なあ」
「ん?」
「朝っぱらからニュース見せる為に来たのか?」
「うん。かなた知らないと思って」
「そうだが、俺は新聞見るだけで十分なんだが」
「……そか」
「ま、どんな報道されるかは気にはなったと思う」
「私もネトゲのヒキ仲間から、朝に教えて貰ったの」
「ネトゲ飽きたんじゃ?」
「ん。そだけど、メール着たから。他にやることもないし」
「で、寝たのか?」
「ううん。……眠い」
「それ、飽きてないだろ」
「……スー」
「…………ほどほどにしとけ」
かなたはタオルケットをみずきに掛け、顔を洗いに部屋を出た。




