表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/40

ひきこもり×サイト

 カチリ。と音がした。

 電灯が瞬き、部屋を照らす。六畳にタンスと机にパソコンくらいしか物がない質素な部屋だ。

 暗闇に紛れていた美しい黒髪をまだ湿らせたままの、部屋の主である女性が、流れるような動作で電灯へ繋がるヒモを放し、パソコンの電源を入れてから、壁際に積まれた布団へ腰掛けた。

 ジジ……と機械音を発するパソコンが起動するまでの間を、相原みずきは湿っぽい髪を梳くように触りながら、虚空を見るようにくすんだ色の壁を見つめる。

 風呂上がりで、ほんのりと肌に朱の割合が増えても、雪のように白さが際だつ。

 みずきは水色のパジャマ姿だ。妹からのプレゼント。自分からはたいしたものも贈れない自分が情けないとも思ったりする時もある。

 けれども、そういった情けないと感じる心を含め、感情を包帯でキツくグルグルと巻いたように抑えてはいるのだが、時々緩くなり、何度も抑えつけるのを繰り返す。そんな自分が嫌い。

 みずきは膝を身体に寄せて体育座りになり、膝と膝の間に顔を埋め小さくなる。できる限り小さくなれるようにギュッと膝を抱えていた。




 みずきが顔を上げたのは、白熱灯が目に痛いくらい眩しく感じる時間が経ってからだった。

 朧気に霞む目を擦りながら、みずきは立ち上がってパソコンの前に座す。画面は待ちくたびれたかのように黒を映していたが、マウスを動かすとゲームのキャラクターの壁紙に戻った。

 みずきは、馴れた手つきでマウスをスライドし、クリックをし、を幾度か繰り返してとあるサイトにアクセスする。

 真っ白の背景に、文字を打つ黒線の囲みしかないシンプルな画面。

 十桁前後のIDと、パスワードを手早く打ち込み【認証】と書かれたボタンをクリックすると、これまたシンプルな画面が現れた。

 白い背景なのは変わらないが、真ん中に大きく書かれているのはサイト名であり、それは、

「……ヒキの隠れ家?」

 背後から画面を見ていた水澤かなたがサイト名を読んだ。

 みずきは振り向くことはせず、マウスを動かしてサイト名をクリックし、画面が変わる。

 朧気に霞む目を擦り――辺りから視界の端で漫画を読むかなたの存在を認識していたため驚くことはなかった。

「交流サイトか」

 かなたの言うとおり、画面には掲示板への入り口が幾つかと、チャットへの入り口を示す文字列がシンプルに並ぶ。

「ひきこもりしかいないサイトなの」

「どうせ、そう謳っているだけだろ」

 と、かなたは俄然ツマらなそうな表情になる。

 確かに今の世の中検索サイトを活用すれば、特定の仲間や人種が集うサイトは幾らでも見つかる。それらは基本的には、同じ仲間を求める人しか集まらないだろう。

 だが、ひきこもりのサイトは違う。

 必ずしも多いとはいえないだろうが、人は見下すのが好きだ。自分より下の存在を見て優越感に浸ることが好きだ。そこに底辺な人達が集まるサイトがある。優越感というエサがたくさん転がってる。

 果ては無理解のうえの説教までする輩もいる。社会の正論を押し付けるだけの輩が。

 しかし、巣の中に自分をエサにする天敵が入り込んだ場所に居着くはずはないと、かなたは、ひきこもりサイトというのは総じて本物のひきこもりはいないと疑ってるし、みずきも似たような事を思っている。

 居たとしても掲示板の雰囲気はスラム街の空気のように淀み、荒れた内容も多く見られ、二人は好きではない。

「ん、ひきこもりしかいない。多分。少なくとも、かなたが嫌うような人はいないと思う」

 みずきはマウスから手を放し、椅子を回転させかなたの方を向く。

「そうなのか?」

 かなたはみずきの言葉を一割程度しか信じていないような怪訝な表情だ。

 みずきは疑心に満ちた幼なじみにどう伝えたらいいかと、言葉を探り、

「えと、ここ、会員になってIDとパスワードを取得しないと入れないの。当然ひきこもりしかなれない」

 かなたは積まれた布団に座り、尚も疑う。

「どうやって判断するんだ? 自己申告じゃ幾らでも嘘ヒキが紛れられると思うが」

「会員になるには、まず管理人に申請する必要があるけど、その審査がすごく厳しい」

 このサイトの会員になるためには、“ひきこもり”であると管理人に認められる必要がある。みずきの言うとおり、審査は国際空港のセキュリティチェックのように厳重だ。

 しかし、ひきこもりには、当然ではあるが、免許などは発行されてはおらず証明は難しい。

「みずきはどうやって証明したんだ?」

「通信簿の出席日数を接写して送ったりとかした」

「それだと単に不登校の証明にしかならんだろ」

 どこまでもかなたは疑うことをやめない。

「ん、それから、メールで質問とかされたり、普通にやり取りしてたら、認められたみたいで会員になれた」

 要は管理人にひきこもりだと信じてもらえればいいのである。みずきの言うように、証拠になりえるものを見せたうえ、質問の受け答えによって管理人が判断を下す。

 他の証明方法としては。

 ・ブログを半年以上続けている(更新も頻繁)

 ・数日間ひきこもり生活を配信し続ける


 などがある。これが確たる証明となったとしても管理人とのやり取りはする必要がある。

 そのやり取りで人となりを判断してから入会を認めるか決める。

「……面倒臭いな」

「ここまですれば、ひきこもり以外は熱心にならないからだと思うけど」

「確かに。だが、まだひきこもり以外がいる可能性はゼロじゃない」

 かなたはどこまでも疑り深い。

 意固地になってる感もあるが、ここまで疑ったら、化粧品の検品がごとく不純物混入の可能性を疑う。

「ん、そうかもしれないけど」

 みずきはそんなかなたの未だ消えぬ疑心を解消しようと、椅子を回し、パソコンに向かいマウスを動かす。

 百聞は一見にしかず。と、掲示板にアクセスした。

“雑談板”と名付けられているそこは、白の背景でやはりシンプルだった。

 スレッドが建てられ、スレッド名に続いてある()内の書き込み数を示す数字を見ると、それなり人がいることが分かる。

 再度、近寄って画面を見るかなたは、この数字を見て、たかだか二、三人がなれ合っているだけだと疑う。

 その中から比較的数字が大きい“雑談総合6”と書かれたスレッドを開いた。

 みずきは背後から画面を覗くかなたに配慮し、ややゆっくりめな速度で画面を下へとスクロールさせていく。

 匿名じゃなく、名前欄にはしっかりと名前が書かれている。かなたはその事を聞くと、

「登録時に登録した名前が出るようになってるの」

「つまりは、いちいち名前を変えて書き込むのは無理ってわけか」

「うん」

 ザッと流れる名前を見たところ、数十人はいることが分かる。書き込み内容はスレッドの1に書かれたルールに従い、丁寧な言葉を使用し、チャットにならないように気を付けているのが分かる。

 ほのぼのとした雰囲気でしっかりと雑談な書き込みが続いていき、スクロールが終わる。

「なるほど。確かに荒れてはいないな」

「何度か規約違反したら、すぐ退会させられるみたいだから。これ」

 みずきはポインタで書き込んだ人の名前を指す。

「イエローカード?」

 かなたは眉を寄せ、名前の横に付けられた黄色い長方形を見る。

「これが一度違反したという警告。もう一度すると退会させられるの。消すには一ヶ月違反しなければいいみたい」

「ふうん」

 書き込みを見る限り、ひきこもりじゃないと思われる内容はなかったと、かなたは疑いの霧を晴れさせる。何より気分を害させる書き込みは皆無だった。互いに理解し合って配慮を忘れてないのがよく分かる。

「この中に書き込んだりしてたのか?」

「このスレにはないけど」

「どのスレに書いてんだ?」

「……ん。秘密」

 みずきは手早く画面を、各種入り口群が表示されてる場所に戻した。

「スレタイ見た限り、建設的な話題はしてない感じみたいだな」

 かなたは、雑談掲示板のスレッドタイトルを見た感想を述べた。

 雑談を始めとして、趣味などを語るらしきタイトルが目立ち、脱ひきこもりやを話すようなタイトルはないと見た。

「そういうのはココ」

 みずきはマウスを動かして、ポインタで“脱ヒキ掲示板”を指す。

「なるほど」

 かなたは頷く。

 他にも“悩み掲示板”、“創作掲示板”などがあり、語りたい話題毎に大まかに分けられている。

 かなたは気付く、

「メル友募集とかはないんだな」

 ひきこもりサイトにはよく設けられている、メル友募集の場所はこのサイトにはなかった。

「書き込みでの募集は禁止されてる。チャットでPM使って、アドレス交換したりするのはいいみたい。後は自己責任だけど」

「PM? 午後か?」

 専門用語らしき単語にかなたは首を傾げた。

「チャット中に一対一で会話できる機能のこと。確かプライベート・メッセージの略だったと思う」

「なるほど。みずきはここでメル友出来たりしたのか?」

「ん、まあね。……かなたはまだ続いてたりするの?」

 かなたはみずきのメル友事情を知らないが、みずきはかなたにメル友がいることは、以前に部屋に行ったときに携帯が鳴ったりしたことで知っている。

「ああ。定期的な生存報告みたいなやり取りしかないが」

「そう、」

 と、素っ気なくみずきは言って、振り返り、

「かなたも会員になる?」

「携帯でも大丈夫なのか?」

「だいじょぶみたい」

 聞いてかなたは心惹かれたが、会員になるための過程を思い返し、

「面倒くさそうだな」

 苦笑を浮かべてみせる。

 対してみずきは、僅かに口元を緩ませる。

「私から紹介すれば、数日間、管理人とメールするだけでいいと思う」

 本来、信頼性がある会員からの紹介といえど、ひきこもりとしての証明は不十分であると判断され、僅かに有利に働く程度なのだが、みずきはチャットにて、かなたの話を度々していて、管理人もその場にいたため、かなり有利に働き、行程は一気に省かれる。

 管理人からも、興味がありそうだったら誘ってみてくれとも言われていた。


「じゃ、入ってみるか」


 数日後。

 隠れ家に新たな住人が入ることとなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ