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ひきこもり×小説(2)

『駄目です』

 脱ヒキプロジェクトに難色を示した水澤かなたの発言を、外原海は、背後に澄み渡る空と高原が似合いそうなくらいの爽やかな笑みを浮かべながらスッパリと言い切った。

 細めて笑みを作る眼には『断ってんじゃねえよこの野郎』と言ってるようにも見え、かなたは唐突に現れ、理不尽な事を突き通すつもりであろう少女に対し説得を試みた。

「いきなり、大人数は無理というものじゃないか? ここはもっとこう、一対一から徐々に馴らしてもらった方が……」

 まるで上司に意見するかのように言葉尻が弱くなっているかなたの言葉に、外原はムッと不満げに眉を寄せ、

「そんなヤワなことじゃ、良くはなりません。アナタみたいのには荒療治が必要だと書いてありました」

「何に?」

 外原海は、ピンクの手提げポーチを探って、紺色の手帳を取り出し、表面を見せつけるようにかなたへと突きだした。そこには金色の字で、

「『ひきこもり脱出マニュアル』?」とあった。

 心底怪訝だというくらいの表情をかなたはする。が、外原はその顔を無視し、

「はい。これにはどんなひきこもりでも社会へと出すことができる秘策が載っています」

 自信ありげに言うと、手帳をめくっていき開いたページを再びかなたへと突きだした。読め、ということだとかなたは認識した。渋々かなたは顔を近づけた。

「あー、『ひきこもりの対人への苦手意識を克服するには、大量の人混み中に放り込むのがいい。最初は恐怖や緊張により心臓が破裂しそうになるだろうが、いずれその場に馴染もうとし、人への苦手意識を克服することができる――』」

 棒読みでかなたが読み上げてると、

「分かりましたか? これも大事な脱ヒキプログラムの一貫だということが」

 勝ち誇ったように外原は胸を張る。

「次のページめくってくれ」

 かなたは外原に命じ、一瞬ムッとなったが外原は言われたとおりにする。

 上記の説明文はページの端の角まであり、まだ続きがあるようにも見えた。

 あった。

「『――と私は思うのではあるが、実際のところどのような結果になるかは分からない。何故なら試したことがないからだ。誰か試して結果を報告してくると有り難い』」

 読み終えて、かなたは『だそうだ』という視線を外原に向けた。

「けど、やってみないと分かりません。人は間違いを繰り返して正解を導くんですから」

「……言ってることは立派だが、俺の立場も考えてくれ」

「では、アナタの意見も取り入れまして、十人にしてあげます」

 と、外原は妥協案を申し出てかなたの返答も待たずに立ち上がり、

「では、行きましょうか」

 かなたは小さく首を傾げた。

「どこにだ?」

 対して外原も小首を傾げた。

「何言ってるんですか? 脱ヒキプロジェクトその一を実行するんですよ? 三歩も歩かずに忘れる鳥以下の頭なんですか?」

「いや、今すぐになのか? そんなこと一度たりとも聞いた覚えがないのだが」

 かなたの指摘に、図星を突かれた顔になり外原は目を泳がせた。

「そんな細かいことはどうでもいいです。早く行きますよ」

 と、外原は椅子に座るかなたの腕を掴み強く引っ張り連れだそうとした。前のめりにバランスを崩しながら、かなたは立ち上がった。

「行くのはいいが、もう一人そこに連れて行きたい奴がいるんだが……いいか?」

 同類な幼なじみの顔を浮かべながらかなたは聞いた。

 どうせ十人の中に入れられるなら、理解ある仲間が居れば多少は耐えれるとも考え、何より自分だけ巻き込まれたくないと思った。

 脱ヒキさせるのに一人も二人も大して問題はないだろうと、外原の答えを待つ。

 振り返った外原の表情は酷く冷めていた。背景に南極が見えそうな程に。


「駄目です。脱ヒキできるのはあなた一人だけです」


 その冷たさを乗せて外原はそう告げた。

 外原は再度ベッドに腰掛けると、微笑に戻し、かなたの苦い表情を見て続ける。

「今回選ばれたのは水澤かなた、キミ一人だけです。それ以外の参加は認められません」

 かなたは考えを巡らせながら、窓の方を見た。普段ほとんど開けていないカーテンが全開になり、朝の陽射しを部屋へと注いでいる。窓の先には、ブラインドが閉ざされた隣家の二階の窓が見える。幼なじみの部屋の窓。

 今は徹夜明けで寝息を立てているであろう姿を想像して、かなたは外原を見る。

「だったら、俺はいいから、他の奴をそのプロジェクトに推薦するのはどうだ?」

 外原は首を音もなく左右に振った。

「駄目です。選ばれた本人以外の参加は認められません。決まりですから。一応、断ることだけなら可能ですが、どうしますか?」

 事務的な口調で外原は告げる。

 かなたは唇を噛み、突っ立ったまま思考する。

 脱ヒキできる――それは人生の袋小路にいる自分にとっては願ってもない話だ。

 だが、そこから抜け出せる可能性のある切符は自分用のしかない。

 取り残されたもう一人はどう思うだろうか。と、かなたは表情の乏しい顔を脳裏に浮かべる。そして外原を見る。目があって微笑する。目があってもほとんど表情を変えないソイツとは正反対だ。

 もし浮かべても、ニコリじゃなく、ニヤリが的確な笑みだろうと、たまに見せる笑みを思い出す。確かにニヤリと表現した方がしっくりくる。

 かなたはニヤっと口の端を緩める。

 恐らく、社会へ出ることを伝えたら、感情乏しく『ん、そう。よかったね』と淡々と言うのだろう。

 それが心からの言葉かは分からない。けれど、止めることはないだろう。止めたところで今が続くだけなのはよく分かっている。

 しかし、残された一人は寂しさに身を縮めるのだとかなたは思う。寒さに紛れるように身を震わせて体を抱くと思う。

 だが、一人はそれを伝えはしない。それを出す術を忘れたかのように表には出したりはしないだろう。

 感情は、奥深くに氷付けにされたように、普段出すことは滅多にない。

 だけど、ずっと付き合ってきたかなたには氷付けされたその心の奥で体を丸めるソイツの姿がよく見える。

 表には孤独に馴染もうとしているが、本当は孤独を大に嫌う、極度の寂しがり屋であるソイツの心を。

――その奥底を考えてしまった時、かなたの口が自然と言葉を紡いでいた。


「断る」


 かなたの顔は晴れていた。

「本当にいいんですね?」

 真面目な表情で外原は確認をする。

 かなたに迷いはなかった。

「ああ。これが『はい』を選ばないと永久にループするイベントだろうと俺は『いいえ』を選び続ける。そちらの一人だけという考えが変わらない限りな」

 RPG的な例えを用いて自分の確固たる意思を伝えて見せた。

「そう、」外原は僅かに悲しげな顔を浮かべ「ですか」

 言ってすぐに微笑みに戻る。

「分かりました」

 小さく頷いて、外原はポーチを探る。

 何気なくかなたは手の動きを目で追うと、取り出された物を見て目を見開いた。

 陽の光に晒され、ソレは黒い光沢を持っているのが分かる。ドラマや漫画でしか見たことがないソレを、偽物か本物か判断する眼はかなたにない。持ったら重さとかで分かるのだろうか――と、考える間に、外原はソレを構えて、かなたへと狙いを向けた。

「……モデルガンだったとしても、人に向けては駄目だと注意書きされているはずだが?」

 口元をぎこちなく緩め、精一杯の余裕を醸しだしかなたは言った。

 黒い銃口を睨みつけるように見る。まるで超小型のブラックホールのようで、見てると怖さが次第に増してくる。

「あ、ホンモノですよ?」

 ニコリと微笑んで銃を向けたまま外原はかなたの疑問に答えた。

 可愛い、と場違いな事を感じながらかなたは、

「断ってもいいんじゃなかったか?」

「“断ることだけなら”と言いましたけど。それを認めて、そのまま立ち去るとは一言も言ってませんけど? 脱ヒキプロジェクトを知って、断ろうとする人は消さなきゃいけない義務があるのです」

 フッ、とかなたは笑った。

「で、脅して“はい”を選ばせると?」

 クスッ、と外原は笑った。

「それは、あなたが“死”を脅しと捉えるかによりますけど」

「そうだな。俺の答えは変わらない。“いいえ”だ」

 外原は微笑んだまま小鳥のように首を傾げ、窓を見た。銃口はかなたを捕らえたまま。

「そしたら、一人になっちゃいますよ?」

「別に、死んだ後のアイツの気持ちなんて知った事じゃない。俺が嫌なのは――」

――みずきの寂しさを見てしまうこと。感じてしまうこと。

「――いや、なんでもない」

 外原は振り向いてかなたを見つめる。

 その目にはやはり恐怖を浮かんでるのが分かる。

「では、なるべく苦しまないように急所をねらいますから」

 外原は両手でしっかりと狙いを定めた。

「ああ」

 かなたは目を瞑る。

 その目には映らなかったが、外原は酷く哀しげな表情を浮かべている。形の良い唇が動き言葉を紡ぐ。


『サヨウナラ』



――――――

――――

――



 かなたは布団と共に勢いよく体を起きあがらせた。

 そして部屋へと視界をさまよわせる。

 カーテンが閉め切られた薄暗い部屋。

 無論、自分以外に誰の存在も見あたらない。

 かなたは安心したように息を吐いた。


「なんだ、夢か」



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