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ひきこもり×みずきの日常

 東の空から町に明るさを呼び戻す朝日が登り始める。そんな早朝。

 住宅街ではまだどの家々も静まりかえり、新聞配達員がせっせと人々が活動を始める時間帯に間に合うように、走りながらポストに朝刊をくわえさせていく。


 そのうちの一軒の家屋。その二階にある一室。

 そこでは一人、既に活動を始めていた。




 いや、語弊があった。既にではなく、昨夜よりずっと活動している――が正しいだろう。

 閉ざされたブラインド越しにも朝の明るさが部屋を仄かに照らし、椅子に座るその人物の輪郭ををぼんやりと浮かび上がらせている。

 しかし、その人物は明るさを気にすることもなくパソコンに向かっていた。

 精気のない眠たげな細目で見る先には、オンラインゲームの画面がある。多人数参加型RPGであり、同じくどこかの現実世界にいる仲間と会話をしながらモンスターを狩っている。

『マエケン、寝落ちか?w』

 と、画面内では仲間の一人が動かなくなった仲間の名を呼んで訊ねたが、反応はなく、そのキャラはしばらく操作がないとする欠伸の動作をしている。

『三人寝たな』

 違う仲間の発言を見て、彼女はカタカタと手慣れたブラインドタッチでキーボードを打ち、

『解散する?』

 画面上ではただのゴシック体の白文字だが、不思議と淡々とした印象を受ける言葉が、彼女のキャラから吹き出しで発せられる。

『そうだな。こいつらどうする?』

『放って置いていいだろww起きたら倒れてるキャラを見るのは気の毒だがw』

『おつかれ』

『ミズキたんは、これから寝んの?w』

『ん、多分』

『俺もかなり眠くなってきた』

『くろだには聞いてねーよw』

『んじゃ、後でメールするわ。おつかれ』


 と、画面内でのやり取りを終え、ミズキこと相原みずきはパソコンの電源を落とし、長時間同じ姿勢でいた身体を解すように組んだ手を天に挙げ背筋を伸ばし、椅子から立ち上がる。

 一度、明かりを漏らすブラインドを見て、次に壁掛け時計を見て朝になっているのを確認し、欠伸を一つ。

 そして壁際に畳まれ、日中はソファー代わりにもしている布団を敷いて、ようやく就寝する。

 みずきにとって、今の時間は昨夜の延長であり、三十時ともいえる。これが一日の終わりである。




 みずきが目を覚ましたのは、太陽が青空に完全に顔を出した時間だった。。

 ブラインドから漏れる陽の位置が、ちょうどみずきの顔に掛かり、瞼越しに感じる眩しさに眉間にしわを寄せ、亀のように布団に頭を引っ込める。

 目覚ましになるものを置いてないみずきにとって、その陽が目覚めの合図にもなる。

 数分後。

 みずきは怠け者の亀よりもノロノロとした動きで布団から這い出てくる。立ち上がると、髪は酷い寝癖だった。

 金髪だったならば、スーパーサ○ヤ人3に目覚めたのかッ!? と誰かが見たなら驚愕の表情を浮かべるくらい、髪の毛がピョコピョコと跳ねていた。跳ねまくっていた。

 そんな寝癖を軽く撫でつけ、前髪を左右にかき分けて視界を確保したみずきは、ゆっくりと窓へと歩み寄り、ブラインドを上げ、部屋に日光を取り込む。

 もう一方も同じようにし、そのまま窓の外を眺める。日射しを浴びる姿は普通ならば爽やかさがあるが、寝ぼけ眼で虚空を見るようなみずきだと、このまま溶けていってしまうのではないかと心配になる。

 みずきの視線の先には、隣家の窓がある。カーテンが閉め切られているその部屋には幼なじみが今日もひきこもっていることだろう。

 陽を、それこそ吸血鬼のように嫌う幼なじみとは違い、みずきはなるべく日中は陽を部屋に招くようにしている。壊れ掛けた体内時計を少しでも正常に近づけたいのと、不健康な肌の色を少しはよくしたいという希望的観測からだ。

 もっとも、徹夜でネットゲームをしたりして生活リズムは昼夜逆転にほど近く、肌はライトに照らされたら血管が見えてしまいそうなくらい白い。




 スーッという擬音が当てはまるくらい、気配も足音もなくみずきは一階へと降りてきていた。

 洗面台に向かい顔を洗ってから、櫛で寝癖を梳かす。みずきの髪質は悪くはなく、櫛を入れて下ろすと特に抵抗はなく髪を通っていく。

 丁寧に膝まで伸びる毛先まで梳いていき、十五分程度の時間を経て、超ロングストレートヘアーへと変貌を遂げた。

 それから、風呂場前に置かれた洗濯機に洗濯物を突っ込んで、スイッチを回してから。みずきは洗面所を後にした。


 台所に来たみずきは、コップに水道水を注ぎこくこくと飲んで喉を潤した。冷蔵庫を開ければ腹を満たせる材料が一応はあるのだが、開けずに居間へと向かう。

 長年、一日一食の生活を続けていたせいか朝昼を食べなくとも、空腹はさほど感じることもなくなった。




 みずきは日中の居間というのが苦手である。

 道路側に面した、大きなガラスの引き戸があるためだ。そこを開けると猫の額な狭さの庭に通じ、通りからは目隠しになる塀があるのだが、大人の背丈だと頭一つ分がはみ出る高さしかなく、簡単に覗くことができる。みずきはそれが怖かった。

 覗かれて姿を見られてしまい、近所の主婦の噂話にされるのではないかと常に頭の片隅に被害妄想としてある。それに人の姿がこちらから見えることも嫌だった。

 メジャーリーグの球場、フェンウェイパークのグリーンモンスターのように、そびえ立つ高い壁だったならば、庭で洗濯物を干すこともなんとか出来そうなのに……等とたまに考えるが至極不可能な話だ。

 そもそも、一軒家にそんな高い塀があっては注目され、余計に出づらくなりそうだがみずきの考えはそこまでは回ってなかった。

 では何故みずきが居間に来たかというと、持って来た物からして答えは明白だ。

 コンセントを差し込み、スイッチを入れるとまるで人が深呼吸をしたような空気を吸いこむ音がなる。

『静かな音をしてるだろ? これ、掃除機なんだぜ?』と某青春野球アニメの名シーンっぽく言いたくなるくらい、音が静かで排気もクリーンな掃除機で居間のゴミを吸い取っていく。

 その動きはまるで掃除のタイムアタックに挑戦しているのではと思えるくらいに、みずきの纏う雰囲気とは裏腹にテキパキと角まで丁寧に、それを素早くこなしていく。

 少しでも居間にいる時間を減らしたいがために身に着けた技術だ。




 自室に戻ったみずきは、着替えをする。水玉模様のパジャマから、ねずみ色のスウェット上下になる。普段はこのような動きやすい服装が多い。極稀に外に行くときや、気紛れでワンピースやスカートなどを着たりすることもある。黒系をよく好む。

 脱いだパジャマを丁寧に畳んでから、予め電源を入れておいたパソコンの前に座し、マウスを掴む。

 馴れた動きでメールボックスを開くと、数件のメールが届いていた。

 まず一件。差出人はネットゲーム仲間であった。ゲーム内ではくろだと呼ばれていた人だ。


『おはよう。

 今日は“蒼白の宝玉”狙いも兼ねて“水龍の洞窟”で狩ろうかと思ってるんだが、来れるか?

 回復はあったほうがいいが、他にしたい事があるならもちろん優先して構わない

 今更言うのもなんだが、ネトゲを最優先にするような廃人にはならないようにな』


 次の一件。妹のなぎさから。


『お姉ちゃん、最近ちゃんと食べてる?

 アタシの方はちょっと体重がヤバめになってて(泣)

 だから、よく食べて、お姉ちゃんも増える辛さを分かってほしいかな〜なんて思ったり……

 けど、ホントちゃんと食べなきゃダメだからね!』


 最後の一件はネットで知り合ったメル友からだ。


『FFVのオ○ガはどうやって倒せばいいか分かる?』


 みずきはメールを読み終え、カタカタと最後のメールにだけ、魔法剣サンダガを――などと事細かに打って返信を終えると、席を立った。




 再び一階に降りたみずきは、仕事を終えた洗濯機から、洗濯物を取り出し、それらをカゴに入れて二階へと上がる。

 前述の通り、外から姿を見られるのを嫌うみずきはベランダで長々と洗濯物を干すことはできない。来たのは元々来客用として使う空き部屋で、そこは普段、洗濯物を干すスペースになっている。

 ここは、視線を気にする必要はないためゆっくりと洗濯物を干していく。ちなみに部屋干しでもニオわないが売り文句の洗剤を使っている。




 それから残りの家事をこなしてから自室に戻り、パソコンの前に座るみずきは、ほぼ日課といってもいいお気に入りサイトの巡回を始めた。

 ブログやら動画サイトやら掲示板やら様々で、机に頬杖を付きながら、無言でマウスを操作する音がかれこれ一時間は続いていた。

 起床から、掃除洗濯とこなし、こうしてサイトを辿った後何をするかは特に決まっていない。

 みずきは椅子に座ったまま、何をするか捻り出すように目を瞑る。時刻は三時前。近所に住む小学生が帰宅する時間帯で外からは楽しげな声が聞こえてくる。

 隣の幼なじみの家に行こうか。

 夜に向けて仮眠しようか。

 パソコンで何かしようか。

 などと考える。

 みずきの部屋には本が疎らに詰まった本棚しか、パソコン以外の娯楽はなく、家庭用ゲームなどがしたい時は幼なじみの家にいく。

 裏の勝手口から出て、歴戦の傭兵のように気配を殺して、人の視線を避けながらならば日中だろうと行くことができる。

 しかし、今日はそのような選択ではなくみずきはネットゲームを始めた。




 その後、静止画を見るようにみずきはパソコン前から離れず、合間に乾いた洗濯物を取り込んでたたみ、夕食を食べ、風呂に入る、などを挟みつつ、ネットゲームを続けることとなる。


 今日も夜明けまで続けることとなりそうだった。



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