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ひきこもり×読書

 乾いた落ち葉を舞い踊らせる秋風が吹き抜けた。

 夏の生温い風とは違い、やや冷たくなった風に、古めかしい家屋が並ぶ住宅街を歩く学生服の二人も温もりを共有するかのような繋いだ手を振って楽しそうである。

 いや、彼と彼女は春夏秋冬、心底楽しそうに登下校を繰り返すだろう。

 この学生カップルを、春夏秋冬カーテンが閉められた部屋でほとんどを過ごす、水澤かなたが見たらどう思うのであろうか。

 無かった青春に後悔の念が募るのか、或いは別世界の話だと割り切ってなんの感慨もなく、テレビの青春恋愛ドラマを観るように冷めた瞳で見送るのだろうか。

 しかし、窓の外も現実である。それから目を背けるためにカーテンをずっと閉めきっているかもしれない。




 秋晴れの太陽が放つ紫外線が遮られ、僅かな光だけがカーテンを越して薄ぼんやりと照らす部屋。

 年中、物の配置がほとんど変わらず季節感もマヒしてしまいそうな部屋の中、椅子に座りながら机に向かっていた。手には本を持ち、微かな明るさしかない中かなたの目は文字を追っていく。

 読んでるのは、髪の色がおかしな美少女表紙に描かれたライトノベルである。数年前に中古本として買ったものだ。

 かなたは漫画から、ライトノベルまで色々と読む。文学作品は難しくて敬遠しているが。

 本は暇つぶしとして最適だ。

 ゲームもいいが、RPGは一度クリアしたら飽きてしまい再度起動するのは億劫になるし、対戦ゲームも幼なじみで同じく青春をポイ捨てした、相原みずきがいなければすぐに飽きてしまう。

 本ならばのめり込めればあっという間に時間が経過するし、読みたいときに開けばすぐに読めるという手軽さがある。

 かなたはどうやら集中しているようで、かれこれ一時間は同じ姿勢で、ページを繰る指と黒目だけが動いていた。

「かなた」

 と、ベッドで壁を背もたれにしながら声を掛けたのはみずきである。闇に浮かぶ座敷童のように気配もなくそこに存在し、ゲーム○ーイアドバンスで遊んでいたが、それを傍らに置き、本を読む幼なじみの名を呼んだ。

 かなたは無言で振り向いた。

「それ、何回くらい読んだ?」

 いつもの眠いそうな瞳が、かなたの持つライトノベルを指し示し聞いた。あと少し暗さが増せばみずきの姿が紛れ、日の光が足りないのを如実に示す白い肌が露出した部分だけ闇に浮かびそうである。

 そんな部屋で、本の黒い印字が読めるのは、ひとえに暗さに馴れた結果だ。もっとも、それでも目を凝らさないと見えなかったりし、目に負担を強いる読み方だ。現にかなたの視力はかなり悪い。

 メガネやコンタクトが必要なくらいなのだが、持ってはいない。理由は金が掛かるからと、何よりは作るときに他人との接触が必要だからである。

 そのような精神的に苦しい場を介すくらいならならば、対象物により近寄ってハッキリと見る方がマシだという考えだ。

「……五、六回くらいか」

 この本を買ってから数年。半年に一、二回読み直してるから――と、振り返りかなたは答えた。

 興味なさげにみずきは身体を倒し、ベッドに寝転がる。量のある細い黒髪が顔を覆い隠し、呪いの代償として自らも身を滅ぼしたヒステリックな女性のなれの果てのようにも見える。

 ちなみにみずきの視力も悪い方で、メガネやコンタクトを常用していておかしくはないのだが、かなたほど悪くはない。視界を黒い線で区切る髪や、パソコンモニターと向き合い、徹夜でネトゲーをし、限界を迎えては睡眠を最低限とる生活リズムを続けたこともあったのだが、体質なのだろう。

「飽きない?」

 ど真ん中の棒球を投げるようなみずきの言葉に、かなたの心中の怒りが撫でられた気がした。

「たまにしか読まないし、飽きるまではいってないな」

「でも、先の展開とか覚えてるんじゃないの?」

 みずきの言うとおり、かなたは何となくではあるが先の展開は分かっている。

「推理物というわけじゃないし、覚えていても別に気にするほどでもないが」

「ん、そう」

 と、やる気のない部下のような反応をしてみずきは黙す。髪の毛が顔全体を隠し、寝てるかどうか伺いしれないが、かなたは言った。

「ネトゲーの方が飽きやすい気もするが。同じ事の繰り返しみたいだし」

 以前もネトゲには疎いかなたがそのような発言をして、みずきはやや気分を悪くしたが、今日のみずきは元々振り幅の少ない感情を極限まで抑えてるのか、反応は薄く、

「……最近は違うネトゲーしてるから」

 ボソボソとそれだけ答え、壁際に寝返りをうった。

「ネトゲのヒキ仲間もいっしょなのか?」

 かなたは以前、みずきのキャラを使用してネットゲームをした時、ネットのヒキ仲間数人とチャットをしたことがある。印象に残っていたため聞いてみた。

「うん。名前は変わったけど」

「ドラ○エの復活呪文じゃなくなったんか」

「マエケン、くりはら、そよぎ、くろだ、ながかわ、になってた」

「誰かの趣味が如実に出てる気がするな」

 また部屋は静かになり、かなたも机に向かい再度本を読み始める。少ししてみずきが、

「そういえば、かなた最近本買ってないよね」

 かなたは振り向かず、ページを繰りつつ、

「ゲーム優先してるしな……本まで金に余裕がない」

「中古だと安く買えるんじゃない?」

 かなたの読んでるライトノベルは近所の中古本を扱う店にて安く買った物だ。みずきも数年前かなたと一緒に観に行ったことがあった。

「あそこ潰れたからな……」

「そうなんだ」

 みずきは薄い反応を示す。知らなかった事実だがかれこれ数年前に行ったきり、その店がある周辺すら足を運んでないため、潰れたとしてもおかしくはないと思った。

 ちなみにその店が無くなったことで、本を定価+消費税で扱う店しかかなたの行動範囲内にはなくなった。

「定価だと、どうにも手がだしにくいしな。潰れてからは買ってない」

「図書館は?」

「無理」

 かなたは即答する。

「だよね」

 みずきもそう返ってくると読んでいた。

 図書館。

 そこにはありとあらゆるジャンルの書物が一堂に会し、足りない知識を補うことができ、なおかつ金も掛からないという本を読む者ならば素晴らしい施設であることは変わりないのだが……

 ひきこもりである二人にはそれを利用するには精神面の問題で大きな壁があった。

 図書館に足を運ぶまではさておいて、中に入ってからが苦行になる。

 幾多の書物の中から読むべきものを選ぶ。そこまでは、図書館の人の入りにもよるが、こなせるだろう。

 しかし、タダで読めるとはいえそのまま持って行っては窃盗になる。読書スペースを利用する手もあるが、絶えず他人に囲まれる環境に長時間居られる胆力があるならば、今の状態にはならない。

 だから、借りて家で読むしか選択肢がないわけだが、購入して無言で金を払って済むのとは違い、借りるには言葉を発しての手続きが必要だ。

 その時点で二人にとっては借りるのを断念する大きな理由になるのだが、仮にそこを乗り切ったとしよう。借りた金は返すのが当然のように、借りた本も返さなければならない。ただでさえ外出に対してのハードルがあるというのに、数日してまた外出し、さらには返却手続きもある。

 場所によっては返却ポストが設置されてたりするかもしれないし、パソコンを使用し無人で借りることもできるかもしれないが、そもそも、未体験である図書館というもの自体が足を竦ませてしまい、かなたは未だ本を借りたことはない。


「ほんと…色んな場所に行きづらくなってんな……」

 自虐的な枯れた笑い声をかなたは発した。

「ん、そだね」

 みずきは同意し少しして、そのまま小さく寝息を立てて、眠りにおちていく。

 かなたは幾度も読んだ本の続きを追った。


 部屋には秋の並木道のような、しんみりと、寂しげな空気が漂っていた。




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