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ひきこもり×お盆(番外編)

『ひきこもり×スーパー』


 よく晴れた日の夕方。

 水澤家からもっとも近い場所にあるスーパーマーケット。白を基調とした壁が夕陽でオレンジに染まっていた。

 入り口手前では、一組の男女が立ち止まっていた。

「かなちゃん、平気?」

 教室で腹が痛いのを言うことができない生徒のように、顔色悪く俯き加減の水澤かなたを、心配そうに相原なぎさはのぞき込むように見る。

 なぎさのファッションは今朝とは変わりミニスカートスタイルだ、そのまま雑誌のモデルとして載っててもおかしくないくらいの着こなしで似合っている。

「ああ、大丈夫だ。少し心の準備がいるだけだ」

 言って、かなたは息を整えるが膝はがくがくと震えている。

 一方かなたのファッションは、なぎさのチェックもあり、無難に落ち着いているといった印象だ。

 スーパーから出てくる客は、突っ立つ二人を一様に一瞥してくが、関心は無いに等しく皆家路につくことを優先する。

 なぎさは、落ち着かせるようにかなたの手を握り、

「震えてるね。ゴメンね無理強いしちゃって」

 本気で心配するように眉尻を下げた憂いじみた表情でなぎさは言った。

 かなたは深呼吸をし、僅かに微笑んでみせ、

「荷物持ちが要るんだろ?」

 と、軽い口調で言ってみせる。それでも体全体がバイブレーション(極小)のようになっている。

 なぎさにもその震えは伝わっていたが、止める真似はせずに、ニンマリと何か思い付いたいたずらっ子のような笑みを浮かべ、

「何を……」

 かなたは薄い反応だが、周りからの視線がビシビシと手裏剣のように刺さる。特に男から。

 なぎさは自分の右腕をかなたの左腕にからませつつ、密着してきたのである。どうにも柔らかな感覚と、仄かに漂う香りで、照れくさそうにかなたは頬を染める。

「こうしてさ、彼女のように振る舞えば大丈夫かなー、と思って」

「いや。逆に視線を集めてるようだから勘弁してくれ」

 周りには聞こえない声量で会話をし、なぎさは小さく一歩かなたから距離を取る。

「そっか。残念」

 冗談っぽくクスッと笑い、なぎさは駆け足でスーパーへと入っていく。かなたも周りを気にしつつも続いていく。恐怖は紛れ、震えは納まっていた。


 スーパーに入って正面には、お盆フェアと題し、線香や蝋燭などの墓参りに必要な物から、花火やバーベキュー用品など、レジャーや親戚が集うような家で楽しむのに必要な品々が揃っており、静と騒が混雑していた。

「……じゃがいも、人参……」

 なぎさは持参したメモを見ながら、影のように、傍らにいるかなたの持つカゴに野菜を入れていく。

 袋詰めされた野菜を鑑定士のように時間を掛けてなぎさは見て、一番良さそうな品を選ぶため、傍らで突っ立つかなたは自分が場違いのような居づらさを感じ、また震えがくる。

 スーパー内にはお盆とはいえ、主婦の割合が多く、特に人の噂や陰口を栄養に生きているような中年主婦はもっともかなたが苦手とする。そんな主婦が多く視界に入るここは、針の筵に立った感覚にとらわれる。

「かなちゃん平気? 次行くよ」

「……おう」

 まるで精気を吸い取られたようにボーッと立つかなたを見かねたように、なぎさはかなたの手を握り、子供の手を引く母親のように連れて行く。

 精肉コーナーで肉を買い、調味料のコーナーでカレー粉、スパイス幾つかを買い、レジへ。みずきの作るカレーは市販の固形のルーを使わない本格派である。

 上手く人の並んでないレジに入ることができ、会計を終え、袋詰めするための台に移動し、かなたもとりあえずは精神的疲労から解放されかけてきた時だった。

「あれ? なぎさじゃん。買い物?」

 じゃがいもを手に取ったかなたの手が止まった。ビデオの一時停止のようにピタリと。

「あ、アキ。久し振り〜。そっちも買い物?」

 人を見かけで判断してはいけないが、アキというなぎさの友人は、しっかり脱色されウェーブがかった髪に、メイクもバッチリと決め、ファッションも渋谷にいそうな若い娘といった感じで、見た目からかなたの苦手なタイプである。というより、かなたの苦手じゃないタイプはいるのか。

 賑やかに話す二人を見ないように黙々とかなたは品物を袋に詰める作業に集中する。必死にこっちに話しかけないでくれと念じつつ、気配を絶つように黙々と。

「で、そっちの人はなに? 彼氏?」

 テレビで観た知識の今時な若者らしくない“彼氏”の語尾を上げない発音に、かなたの中での多少アキのイメージが改善したが、彼氏じゃないと言わなければと、チラッと顔を上げてしまう。

 アキと目があった。カラーコンタクトでも入れてるらしき青い瞳であった。

「そう見えるかなー?」

 なぎさは、否定することもなく、照れと冗談が半々といった笑みを浮かべる。かなたは「いや、違う」と一言発したかったが、喉の奥がカラカラになったかのように声が出ない。

 アキは、んー、と二ヤッとした笑みを作りかなたを見つめ、

「まー。そう見えなくもないけど。違うの?」

「どうかな〜?」

 尚も、なぎさは否定も肯定もせずイタズラっぽい笑みを浮かべたままだ。

「ま、どっちでもいいけど。じゃ、またね」

 と、アキは照明でキラキラと光る鋭い爪がある指を二本、顔の横に上げてパチリとウィンクして去っていった。

 なぎさも手をひらひら振り、見送るとボーッとカレー粉の缶を持ったまま固まるかなたを心配そうな表情で見て、

「かなちゃん……大丈夫?」

 まるでかなたはメデューサに睨まれたように固まっていて、意識がどこかへと行ってしまっていた。


 帰り道にて。

「調子よくなった?」

「……ああ」

「はっきり彼氏だって事にしとけばよかったかな?」

「……普通に知り合いでいいだろ」

「それだと冷たい気もするからイヤかな」

「それ以外にないと思うが」

「じゃ、幼なじみ……はどうかな? 駄目?」

「まあ、なぎさがそれでいいなら」

「よかった! 今度はそうするね」

「……今度同じ機会があればな」




【ひきこもり×風呂】


『ひゃあっ! つめたっ……』

『アハハッ! お姉ちゃん色っぽーい』

 水澤家の台所から風呂へは、ドアを二つ挟んだ先にある。普段は他の雑音に紛れてよほどの大声じゃないかぎり声が届くことは少ないが、今はテレビの音もなく窓も閉め切っているため静かだった。

 聞こえる音といえば、台所に立つかなたが食器を泡立つスポンジで洗う、キュキュという小動物が可愛く鳴くような小さな音だけである。

 みずき手作りのカレーを平らげたあと、なぎさがみずきを風呂に誘って、かなたに後かたづけを命じて、先んじて入っていったのである。

「…………」

 かなたとて男である。風呂場から聞こえる水音に、入ってるのが幼なじみの姉妹で、姉とは何度も夜を共にした仲(徹夜でゲームという意味で)だろうと、気にはなる。特に普段出さないような高い声を聞かされては、異性だと再認識させられる。

 今もなぎさの楽しげな声が聞こえ、想像が膨らんだが、蛇口を回し、食器を濯ぐことで妄想を振り払う。


 そんなかなたの理性との葛藤を知ってか知らずか、相原姉妹は久し振りにいっしょのバスタイムを楽しんで(主に妹)でいた。

「相変わらず、お姉ちゃんの髪綺麗だよねー」

 みずきの長い髪を洗いながら、なぎさは感嘆の声をあげる。

「……別にそんなこと……なぎさの方が艶あると思う。私、何も手入れとかしてないし」

 なぎさに背を向けるみずきは、気恥ずかしそうに俯き加減になる。

「それなのに、こんないい艶なのが凄いんだよ。むぅ……羨ましい」

 なぎさは唇を尖らせ、多少乱暴に髪を泡立て始めた。途中、色々と髪で遊びながらも、洗髪終了と丁寧に洗い流した。

「はい、おしまい。じゃさ、次はアタシの番」

 ササッとなぎさは位置変更し、ルンルンと鼻歌混じりに待つ。鏡に映る実に楽しそうな笑顔の妹を見て、背後霊のようなみずきは、やれやれとシャンプーを手に取った。


「お姉ちゃん、きちんと食事取ってる? 前より細くなったんじゃない?」

 みずきの背中をゴシゴシしながら、なぎさは心配そうに聞いた。

「ん。大丈夫」

 ピカーンと頭上で電球が輝いたイメージで、なぎさは二ヤッと笑う。みずきからはその表情は見えず、

「ひゃっ!」

 と、不意打ちに高い声を発した。

「ほらー。折れちゃいそうなくらいだよー。肉もぜんぜん掴めないし」

 モミモミ。みずきの背中に密着して、なぎさは腕を回しガッチリとホールド。プロレスラーならそのままスープレックスを仕掛けられる体制で、なぎさはみずきの腹肉を掴もうとするが、僅かしか掴めない。

「なぎさ……やめっ……」

 歯を食いしばりみずきはこそばゆいのを我慢する。腹はなんともないが、わき腹に当たるなぎさの腕が少し動く度に、今にも吹き出しそうになる。

 悪ノリしてきたなぎさは、標準を腹より上へ定める。みずきを捕らえた腕の輪を上昇させていき、弾力のあるモノにあたる。

「うーむ。こっちはお腹と違って、しっかり揉めるね」

 なぎさは評論家のように呻り、みずきの胸をモミモミ。

「ん……」

 僅かに体を強ばらせ、みずきは小さく声を漏らす。ほんのりと肌がピンクに染まる。

「大きさはアタシの勝ちなのに……。お姉ちゃん細いから見た目はアタシと変わらない感じになるんだよね」

 泡の付いた滑りのよい手で胸を満遍なく洗い、ようやくホールド解除。

「……もう……」

 みずきは胸を守るように腕をクロスし、一息吐いた。そして、洗い流さぬまま、振り向いて、ニヤリと笑う。

「次、なぎさの番」


 少ししてなぎさの色っぽい声が台所まで響くこととなるのだが、生憎かなたは既にそこにはいなかった。


 水澤家の風呂場は、一度リフォームされ水はけのいいタイル床にシャワーが完備されたとはいえ、サイズは一般家庭と変わりはない。

 風呂に一度に入れる人数も、大人一人、幼い子供一人が限度である。そんな風呂に大人二人が入るためには、

「……足当たってる」

「仕方ないよー。こうしないと入れないんだからー」

「無理に入らなくても……。それか足畳めばいいでしょ」

「アタシは足伸ばして入りたいもん」

「だったら一人で入ったらよかったのに」

「イヤ。お姉ちゃんといっしょにも入りたいし」

「……もう」

「また、いっしょに入ろうね」

「……(小さく頷く)」

「今度はかなちゃんもいっしょに……とか」

「……(無言)」




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