結婚式の最中に兄が浮気相手と逃亡した後、色々とありました。
美しい花婿と花嫁が結婚式を挙げている。
大勢の参列者達に見守られながら、今、まさに神父様の前で誓の言葉が述べられようとしていた。
そこへドアが開け放たれて、一人の女性がそこで叫んだ。
「スティーブ様っ。お願いですから、結婚しないでっーーーー」
女性が大きな声で叫んだ。
やけに静かな教会の中でその声は響く。
花婿は振り向いて、その女性の元へ走りより、ぎゅっと抱き締めた。
「おおおっ。愛しのマリアンテ。私は間違っていた。君を捨ててまで、愛のない相手と結婚したくはない」
「嬉しいわ。私と一緒に、逃げましょう」
教会で結婚式を挙げている花婿は現れた女性と手に手を取りあって、走り去ってしまった。
残された花嫁も、参列していた人達も唖然として二人が去って行った方向を見つめていた。
花婿はスティーブ。
スティーブ・エルド公爵令息。
エルド公爵家の嫡男である。
そして、共に逃げて行ったのは、スティーブが熱を上げていたという、マリアンテというのは赤毛の平民の女。
参列していたディアーヌは恐る恐る両親の顔を見た。
ディアーヌはスティーブの妹だ。
父も母も真っ青な顔をしている。
それもそうだ。スティーブが平民の女と式の最中に逃げてしまったのだから。
国王陛下始め、王族も出席していた王都の中央の教会で行われていた結婚式。
兄スティーブは、ルリア王女と婚約をしていた。
スティーブも金髪碧眼、ルリア王女も同じく金髪碧眼で共に輝くような美しさ。
お似合いの二人と周りからも言われていた。
スティーブもルリア王女に気を使い会った時は楽しませるような話題を提供し、エルド公爵家からも色々と贈り物をしていて、ルリア王女も喜んで受け取り、二人の仲は良好に思えた。
エルド公爵家に王女を迎え入れるというこの婚約をエルド公爵夫妻も、ディアーヌも喜んでいたのだ。
ただ、一つ心配な事があった。
スティーブが酒場で働くマリアンテという女と親しくしているようなのだ。
興味本位で立ち寄った酒場で知り合ったらしい。
マリアンテはスティーブより年上で夫とは別れ、幼い一人娘を抱えて働く女性だ。
父エルド公爵はスティーブに向かって、
「お前はルリア王女様と婚約をしている。なのにあの酒場の女はなんだ?」
スティーブは、
「私としても公爵家の嫡男として王族であるルリア王女様と婚姻し、我がエルド公爵家に迎える重要性を理解しております。ですが、結婚するまで私だって自由にしていたっていいじゃありませんか。きちっとルリア王女様と婚約者としての交流もしているのですから」
「しかしだな」
「口出ししないで下さい。結婚したら、マリアンテとは会いませんから」
酒場の女はマリアンテと言うらしい。
父は兄スティーブの言葉を信じて、その事についてはそれ以上、注意しなかった。
その結果がこれだ。
兄スティーブはマリアンテという女性と共に、教会から姿をくらましたのだ。
ディアーヌも公爵夫妻も真っ青になった。
とんだ失態である。
ルリア王女は唖然としてその様子を見つめていた。
まずい。とてもまずい。ディアーヌは子供心にそう思った。
ディアーヌは12歳。兄スティーブは18歳。6歳違いの兄妹だ。
ディアーヌはルリア王女の元へ走り寄って、
「わたくしがルリア王女様と結婚しますっ。わたくしがルリア王女様を幸せにしますっ」
思わずそう叫んでしまった。
泣きそうなルリア王女の事が放っておけなかった。
真っ青になる両親の事を見ていられなかった。
ルリア王女は真っ白なウエディングドレスのまま微笑んで、
「有難う。ディアーヌ。貴方は優しいわね」
そしてルリア王女は皆に宣言したのだ。
「ご足労頂き有難うございます。花婿がいなければ式は続けられませんわ。今回の式は中止とします。誠に申し訳ございません」
深々と出席していた貴族達に頭を下げた。
出席していた国王陛下は王妃殿下と共に皆に宣言する。
「皆、騒がせてすまぬ。今回の式は中止という事で。詫びの品を改めて届けさせる故」
頭を下げるルリア王女の隣でディアーヌも頭を下げた。
本当に申し訳ない。
兄が、あの兄が……やらかしたせいで、ルリア王女に迷惑をかけてしまったのだ。
一生かけて、償っていこう。
幼心にディアーヌはそう思った。
エルド公爵夫妻はスティーブがやらかした事の後始末に追われて大変だった。
王家のルリア王女に恥をかかせたのだ。
王家に賠償金を支払った。
かなりの額になるが、仕方が無い。
ディアーヌは毎日、花束を持ってルリア王女に謝罪に訪れた。
「兄が申し訳ございませんっ」
頭を下げる。
ルリア王女は困ったように、
「毎日、来なくてもいいって言っているのに」
ディアーヌは花束を渡して、
「気が済みませんから」
なんだかんだと言ってルリア王女はディアーヌに会ってくれるのだ。
そして、美味しいお菓子と紅茶を出して、ディアーヌと話をしてくれる。
「わたくしは傷ついたけれども、貴方が会いに来てくれるから、心が癒されるわ」
そう言って微笑んでくれた。
少しの時間、一緒にお菓子を食べて話をする。
兄がやった事を許して欲しいとは言わない。
でも。ルリア王女様が少しでも笑って下さいますように。
ディアーヌは必死だった。
昔からルリア王女はディアーヌに対して優しかった。
こんな素敵な王女様が兄と結婚して義姉になるだなんて、ディアーヌは楽しみにしていたのだ。
それなのに。兄に対して怒りが湧いた。
そんなとある日、兄が汚い恰好をして戻って来たのだ。
両親に向かって兄は泣きながら、
「マリアンテに捨てられた。私が働けないからって。私に市井で暮らしていくのは無理だ。
どうか家に置いて欲しい。ここで暮らしたい」
父は困ったように、
「お前は王家に泥を塗ったのだ。賠償金も沢山払った。お前は既に除籍している。嫡男に戻す訳にはいかないんだ」
兄は食い下がった。
「でも、私は息子です。誰がこの家を継ぐのです?」
ディアーヌは、
「私が継ぎます。お兄様はルリア王女様を悲しませて、我が公爵家に恥をかかせました。ですから、もうこの家を継ぐ事は出来ませんっ」
言ってやった。きっぱりと。
勝手な事をした兄を許せなかった。
スティーブはがっくりして、
「嫡男に戻れなくてもいい。この家の端にでも置いてくれれば」
父は首を振って、
「そういう訳にはいかない。金をやるから外で暮らせ。月末に金を渡すから取りに来るがいい」
母も頷いて、
「貴方をここにおいておけないの。お金なら渡すから、達者で暮らして頂戴」
お金の袋を渡すと、兄は受け取ってふらふらと出て行った。
ルリア王女に、王家に恥をかかせたのだ。
家から追い出すしかない両親の選択は当然だと思った。
それからもディアーヌはルリア王女に会い続けた。ルリア王女が忙しい時は、時間が空くまで待っていることも多い。
そんな時、ハウエル第三王子殿下が話し相手になってくれた。
ディアーヌがルリア王女を待っていると、いそいそとやって来るのだ。
そして、ディアーヌが退屈しないように、色々と話をして楽しませてくれる。
ディアーヌはハウエル第三王子に、
「私に気を使って下さらなくてもいいです」
「私が。ディアーヌに会いたいから話したいからここに来ているんだ」
頬を染めるハウエル第三王子。
彼は王妃の息子である。ルリア王女は側妃の娘だ。
何故に王妃の息子であるハウエル第三王子が自分に興味を???
なんか困ってしまった。
そんなとある日、ハウエル第三王子と話をしていると、ルリア王女の侍女が呼びに来たので、王子と別れて、ルリア王女が休憩する時間に合わせて面会し、ちょっとの時間、いつものようにお茶を飲む。
ルリア王女が、
「もういいのよ。わたくしに気を使わなくても。貴方に会いに来てもらえるのは嬉しいけれども」
「でも、お兄様の事が申し訳なくて」
「ルリア。エルド公爵令嬢が会いに来ていると言う事を何故、私に黙っていた」
ドアが開いて一人の男性が入って来た。
ルリアの双子の弟のレンド第二王子殿下だ。
顔がルリアとそっくりで、金髪碧眼の美男である。
ちらりとディアーヌを見やり、
「姉に申し訳ないと思っているのならば、私とお前が婚約すればいい」
「え?」
ルリア王女が慌てたように、
「貴方には婚約者がいるじゃないの」
「リアド侯爵令嬢か?リアド侯爵家よりも、王国一の名門エルド公爵家と結ぶ方が利があるだろう。リアド侯爵令嬢と婚約解消し、私はこの小娘の家に婿入りする」
ルリア王女は必死に、
「それではリアド侯爵令嬢に失礼でしょう。貴方の事をあんなにも愛しているのに」
「愛だの恋だのくだらない。私達に必要なのはより強力な後ろ盾だ。私達の母は亡くなっており、母の実家の侯爵家も没落してしまった。姉上がエルド公爵家と縁づいたと聞いた時には、これは良い後ろ盾を得たと喜んだんだ。それなのに。あの屑男が。子持ちなんぞに騙されて。今頃は奴らの下で泣きながら暮らしているだろうよ」
ディアーヌは驚いた。
「兄をどうしたのです?」
兄は両親からお金を貰って平民が暮らす街で家を借りて過ごしているはずだ。
レンド第二王子は呆れたように、
「エルド公爵が金をスティーブに渡していたのは知っている。息子が可愛いと見える。姉上に、我が王家に恥をかかせた愚か者だというのに。だから、変…辺境騎士団に通報してやった。高位貴族の金髪碧眼の美男だ。奴らは喜んでさらっていった。奴を誑かした子持ちの女はしっかりと殺しておいた。当たり前だろう?姉上に恥をかかせたんだ。だから、ディアーヌ。お前が責任を取って私を婿に迎えろ。それがお前の生き方だ」
ルリア王女が目を見開いて、
「あの人を変…辺境騎士団へ?屑の美男を正義の教育をするといって、餌食にするという?」
「姉上に恥をかかせたのだから当然だろう」
ルリア王女は涙を流しながら、
「不幸になって欲しかった訳じゃない。わたくしはあの人を愛していたのよ。それなのに、貴方、あの人を変…辺境騎士団へ?許さないわ。絶対に。だから、ディアーヌと貴方が婚約するのをわたくしは反対致します。そもそも、リアド侯爵令嬢に失礼でしょう。リアド侯爵家との関係が悪化致します。わたくしから父上に言って、貴方のたくらみを阻止するわ」
そしてディアーヌを抱き締めて、
「もう、わたくしの所へ来ては駄目よ。貴方とレンドを婚約させることなんてわたくしは反対するわ。だから安心して。いいわね」
ディアーヌだって、レンド第二王子の態度が嫌で嫌で。
いくら酷い兄だからって、変…辺境騎士団に連れ去られた?
兄とかけおちした女は今頃殺されていることだろう。残された娘はどうなった?
あまりの怖さに震えが止まらなかった。
エルド公爵家に戻り、父に報告した。
父エルド公爵も、母エルド公爵夫人もがっくりしたように、
「スティーブが変…辺境騎士団へ……」
「ああ、なんて事っ」
父はため息をついて、
「変…辺境騎士団では連れ戻せないだろう」
母は父に縋って、
「せめて変…辺境騎士団に仕送りを。あの子が、寒くないように。あの子が美味しい物を食べられるように」
ディアーヌにとっては優しい所もある兄だった。ルリア王女を裏切ったどうしようもない兄だけれども。母の仕送りでせめて兄が少しでも慰められるように祈るしかなかった。
そしてレンド第二王子との婚約だけは嫌だと幼心に思った。
しかし、レンド第二王子はしつこかった。
リアド侯爵令嬢との婚約を解消し、ディアーヌに花束を持って会いに来たのだ。
絶対に会いたくない。そう思っていても、王家の第二王子が来れば会わない訳にもいかない。
どうしたらいい?ただ、目の前に座っているレンド第二王子がにこやかに話しかけてくるのを黙って聞いているしかない。
泣きたかった。
両親も彼を追い返す訳にもいかず、二人きりにして欲しいと言われれば、ディアーヌを客間にレンド第二王子と二人きりにするしかなくて。
レンド第二王子はにこやかに、
「さぁ紅茶が覚めてしまうよ。愛しいディアーヌ」
「い、いただきます」
「私と君は婚約をするのだから」
「国王陛下が了承したのですか?」
「ああ、父上は了承した。エルド公爵家と結ぶ事は利があるのみだからな。正式に父から話があるだろう」
困った。絶対に嫌。どうしたらいい?どうしたら。
その時、ルリア王女の訪問が告げられて、ルリア王女が客間に現れ、
「レンド。貴方、どういうつもり?嫌がっているじゃないの。さぁ帰るわよ」
「姉上に口出しされたくはない。そもそも、姉上が魅力がないから、捨てられたのでしょう」
「レンドっ。貴方」
ルリア王女がバシッとレンド第二王子の頬を叩いた。
ルリア王女の後ろからハウエル第三王子が駆け寄ってきて、
「大丈夫か?ディアーヌっ」
ディアーヌを気遣ってくれた。
レンド第二王子はハウエル第三王子に向かって、
「お前が出る幕ではない。この良縁は私が貰う」
ハウエル第三王子は、
「私だってディアーヌが好きです。義兄上はずるい。リアド侯爵令嬢と婚約解消してディアーヌと。私がもっと早く動いていればよかったんだっ」
騒ぎを聞きつけてドアを開けて入って来たエルド公爵夫妻。
ルリア王女はレンド第二王子の手を引いて、
「お騒がせ致しましたわ。わたくし達は帰ります」
ハウエル第三王子はディアーヌに向かって、
「私は……ディアーヌっ。ずっとずっと君の事が好きだ。私だって父上に頼んでみる。君との婚約を。どうかその時は考えて欲しいっ」
頭をぺこっと下げて、ハウエル第三王子も帰っていった。
ディアーヌは混乱した。
何がなんだかわからない。
ただ、レンド第二王子よりも、ハウエル第三王子に求婚された事が嬉しく思えた。
二日後、ルリア王女が自ら訪ねて来て、
「弟が申し訳なかったわね。貴方とレンドが婚約を結ぶ事はないわ。安心して」
そう言って抱き締めてくれた。
その優しさが嬉しくて嬉しくて。
ルリア王女はディアーヌに、
「ハウエルが貴方の事が好きみたいで、真剣に父に頼んでいたわ。貴方と婚約したいって。どうなの?ハウエルとよく王宮でお話しているわよね?」
ハウエル第三王子殿下の事は好き……話していて楽しい。
同い年だし、彼と一緒に居たい。そう思える。でも……
「ルリア王女様の為に私、出来る事をしたいと思っています」
「いいのよ。わたくしの事よりも貴方の幸せを考えなさい」
「でも、私っ」
「貴方が笑っていたら、わたくしも笑えると思うの。ね?ディアーヌ。ハウエルと婚約して幸せになるのよ」
ディアーヌはコクンと頷いた。
レンド第二王子はディアーヌに嘘を言っていたらしい。国王陛下はレンド第二王子が勝手にリアド侯爵令嬢と婚約を解消し、ディアーヌに婚約を申し込んでいたことを知らなかったのだ。
自分勝手の婚約解消に国王陛下は頭を抱え、厳重注意の上、離宮で反省するようにとレンド第二王子に命じた。
そうしたら変…辺境騎士団連中が、屑の美男だと言ってさらっていった。
「珍しく豊作だ」
「この王国の金髪碧眼はまた一段といい」
「触手がうねうねと喜んでいるよ」
「三日三晩の為に体力をつけておかねばな」
彼は変…辺境騎士団で今頃スティーブと再会していることだろう。
スティーブから手紙が届いた。
「ここは辛くて仕方が無い。お願いだから迎えに来て欲しい」
震える字でそう書かれていたが、息子に甘いエルド公爵夫妻も、
「あそこから連れ戻す事は無理だからな」
「そうね。それに、ディアーヌがハウエル第三王子殿下を迎えて、家を継ぐ事になっているから……スティーブが困らないように、食べ物とお金を送りましょう」
結局、迎えに行くことは無かった。
ルリア王女の婚約が決まった。
帝国の皇帝に側妃として嫁ぐ。
嫁ぐ日に、馬車までディアーヌはハウエル第三王子と共にルリア王女を見送った。
国王陛下、王妃殿下、王太子殿下夫妻も見送りに来ている。
ディアーヌの手をルリア王女は握り締めて、
「立派に帝国に行って、両国の懸け橋になるように、わたくし頑張って来るわ」
「ルリア王女様。わ、私……ルリア王女様の為に力になろうと…‥」
「貴方はこの王国で、しっかりと公爵家を継いで、ハウエルと共に盛り立てていって頂戴。それがわたくしの願い。有難う。わたくしを気遣ってくれて。貴方に会えた事がわたくしの幸せだわ」
額に優しくキスを落とすルリア王女。
涙が零れる。
ハウエル第三王子が慰めるように肩に手を置いて、
「義姉上。私がディアーヌを幸せにします」
「頼もしいわね。ディアーヌの事をしっかりと守って頂戴」
馬車に乗り込むルリア王女。
花嫁を乗せた馬車は帝国に向かって、ゆっくりと動き出した。
ルリア王女の側妃としての道は険しい。
王女の幸せをディアーヌは祈るしかなかった。
ハウエル第三王子との婚約が正式に結ばれた。
彼が婿入りする形になる。
いつも自分を気遣ってくれたハウエル。
「私はハウエル様の事が好きよ」
「私もディアーヌの事が好きだ」
額と額をくっつけて、そして顔を見合わせて笑った。
互いに12歳。まだまだ子供だ。
それでも二人は王国の未来をしっかりと見据えて、手を繋いで共に空を眺めれば、青く澄み渡った空。
降り注ぐ明るい日差しが二人の未来を祝福しているように降り注いでいた。




