表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は玉座を望まない ―溺愛宰相と築く、破綻寸前国家の再建録―  作者: 花菱エマ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/20

第3話 「聖女と祝福の光」

 午後の王城は、祝祭の匂いに包まれていた。


 中庭には白い天幕が張られ、花で飾られた簡易の壇が設えられている。城下から集まった民衆が波のように押し寄せ、期待に満ちたざわめきが絶えない。


 リゼリアは二階回廊から、その様子を見下ろしていた。


「……随分な人出ね」


「ええ。施療院で治療を受けた者たちも多く招かれているようです」


 隣に控えるアンネリーゼが淡々と答える。


 壇上に、王太子エドガーが姿を現した。


 歓声が上がる。


 続いて、純白の衣を纏った聖女ミレイユが現れると、歓声はさらに大きくなった。


 陽光を受けて淡く輝く金の髪。透き通るような白い肌。薄桃色の唇が柔らかく微笑む。


 ――祝福の光。


 誰かがそう呼んだのを、リゼリアは思い出す。


 ミレイユが小さな子どもの手を取り、優しく膝を折る。


「もう大丈夫ですよ」


 穏やかな声が広場に響く。


 その瞬間、空気が変わる。


 民衆の表情が、救われたように緩む。


 リゼリアは目を細めた。


 あの声は、確かに力を持っている。


 数字にはない力。


「……お嬢様」


「分かっているわ」


 アンネリーゼが何を言おうとしたのか、察している。


 嫉妬ではない。


 羨望でもない。


 ただ、事実だ。


 民は彼女を求めている。


 王太子はその中心に立っている。


 リゼリアは、そこにいない。


 壇上でエドガーが語り始める。


「我が国は今、新たな時代を迎えようとしている!」


 拍手。


「聖女ミレイユの奇跡は、多くの命を救った!」


 歓声。


「私は、この光をさらに広げたい!」


 熱狂。


 リゼリアは静かに息を吐く。


 予算案を思い浮かべる。


 施療院の増設。治療師の育成。地方派遣。


 善意は、拡大する。


 同時に、支出も。


 壇上でミレイユが一歩前に出た。


「皆さまのおかげです」


 控えめに頭を下げる。


「私は、ただ祈っただけ」


 その言葉に、涙ぐむ者もいる。


 リゼリアは、胸の奥に小さな違和感を覚えた。


 ただ祈っただけ。


 その“だけ”の裏で、どれほどの金が動いているか。


 どれほどの帳簿が赤く染まっているか。


 ミレイユは、それを知らないのだろう。


 あるいは――知ろうとしていない。


 ふと、聖女の視線が上がった。


 二階回廊。


 リゼリアと目が合う。


 一瞬、驚いたように瞬きをし。


 次いで、ほんの僅かに怯えが浮かぶ。


 ――冷酷令嬢。


 その噂を、彼女も聞いているのだろう。


 リゼリアは、ゆっくりと微笑んだ。


 敵意ではない。


 ただの礼儀として。


 だが、ミレイユは小さく肩を震わせた。


 すぐにエドガーが隣に立ち、彼女を気遣うように声をかける。


 その様子に、再び歓声が上がる。


「お嬢様」


「……ええ」


 リゼリアは視線を逸らした。


 胸の奥が、わずかに軋む。


 あの場所に立てた未来は、確かにあった。


 幼い頃。


 庭園で転んだエドガーが泣きそうになりながら言った。


『君がそばにいてくれれば、安心だ』


 小さな手を握られた記憶。


 あの時、彼の隣に立つ未来を疑わなかった。


 だが今。


 彼の隣にいるのは、光を纏う聖女。


 自分は、影だ。


「……無意味ね」


 過去を思い返しても、数字は変わらない。


 壇上でエドガーが声を張り上げる。


「本日、皆に新たな希望を告げる!」


 ざわめきが広がる。


 リゼリアの背筋に、冷たいものが走った。


 まだ内容は聞いていない。


 だが直感が告げる。


 これは、転機だ。


 エドガーはミレイユの手を取り、掲げた。


「我が国は――」


 その言葉の続きを、リゼリアは聞かなかった。


「アンネリーゼ、戻るわ」


「よろしいのですか」


「ええ」


 踵を返す。


 歓声が背後で大きくなる。


 祝福の声。


 希望の叫び。


 階段を降りながら、リゼリアは小さく呟いた。


「人は、真実より物語を愛する」


 そして今日。


 この国は、ひとつの物語を選ぼうとしている。


 その物語に、彼女の居場所はない。


 だが。


 物語が破綻したとき、残るのは数字だ。


 そのときまで。


 彼女は、帳簿を握り続ける。


 冷たいと呼ばれても。


 悪役と囁かれても。


 王城の廊下を、静かに歩いていく。


 背後の歓声は、やがて扉に遮られた。


 静寂が戻る。


 リゼリアは立ち止まり、目を閉じる。


 ――もし。


 ほんの少しだけ、違う道を選べたなら。


 その問いは、すぐに切り捨てる。


 必要なのは感傷ではない。


 必要なのは計算だ。


 彼女は再び歩き出す。


 やがて訪れる嵐を、まだ知らぬまま。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ