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悪役令嬢は玉座を望まない ―溺愛宰相と築く、破綻寸前国家の再建録―  作者: 花菱エマ


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第26話 「退位勧告」

 退位勧告の文書は、静かに、しかし確実に形を成していった。


 王城西棟の小会議室。


 集まっているのは重臣六名。


 クラリスもいる。


「国家安定のため、王太子殿下に退位を勧告する」


 文面は簡潔だ。


 理由は三つ。


 財政混乱。支持率低下。王家内部対立の顕在化。


「時期尚早では」


 一人が言う。


「遅いくらいだ」


 別の声。


「民の不安は拡大している」


 理屈は整っている。


 だが誰も口にしない一文がある。


 ――比較対象。


 石を受けても立ち続けた令嬢の姿。


 責任を背負うと宣言した顧問。


 王は玉座にいた。


 その差が、目に見える形になった。


 会議室の外で、リゼリアは静かに立っていた。


「知っていたのか」


 カイルが問う。


「予測していました」


 感情は揺れていない。


 だが完全に無関係でもない。


「止めないのか」


「止められません」


「止めたくは」


 一瞬、沈黙。


「……彼が選ぶべきことです」


 正直な答え。


 扉が開く。


「殿下がお呼びです」


 玉座の間。


 エドガーは立っていた。


 手には、まだ署名されていない文書。


「退位勧告だ」


 静かな声。


「はい」


 否定しない。


「君はどう思う」


 真正面からの問い。


 重い。


 逃げられない。


「殿下が、どう在りたいかです」


「王で在りたい」


 即答。


「だが」


 言葉が続かない。


「国を守りたい」


「方法は一つではありません」


 静かに言う。


「退くことも、守ることです」


 沈黙。


「君は、私が退いた方が良いと思っているのか」


 嘘はつかない。


「今は」


 小さな、しかし決定的な言葉。


 エドガーの肩がわずかに落ちる。


「理由は」


「支持が揺らいでいるからではありません」


 視線を合わせる。


「選択を、他人に委ね始めているからです」


 鋭い。


 だが真実。


 広場での沈黙。


 監査の先送り。


 王弟派への対応の遅れ。


「私は迷っていた」


「ええ」


「迷いは罪か」


「王にとっては」


 残酷な現実。


 エドガーは目を閉じる。


 かつての庭園。


 並んで未来を語った日。


 彼女は変わらない。


 自分が、追いつけなかった。


「もし私が退けば」


 ゆっくりと言う。


「君は後悔するか」


「しません」


 即答。


 だが続ける。


「ですが、忘れません」


 沈黙。


「私は、殿下が努力していることを知っています」


「だが足りない」


「今は」


 冷酷。


 だが誠実。


 エドガーは小さく笑う。


「最後まで正直だな」


「契約ですから」


「契約?」


「嘘をつかないと決めた」


 静かな決意。


 エドガーは文書を見つめる。


 署名欄。


 インクはまだ乾いていない。


「王であることは、孤独だ」


「ええ」


「だが孤立してはいけない」


「その通りです」


 沈黙。


 やがて。


 ペンが紙に触れる。


 ゆっくりと、名前が記される。


 エドガー・アストレイア。


 署名が終わる。


 音は小さい。


 だが王朝の歴史を揺らす音。


「三年後」


 彼は顔を上げる。


「私は何者だろう」


「選び直せる人です」


 静かな返答。


「王でなくても」


 エドガーは文書をクラリスに渡す。


「手続きを進めろ」


「承知しました」


 重臣たちが動き出す。


 玉座の間が、急に広く感じられる。


「……君を恨むべきか」


 小さな声。


「ご自由に」


 だが微笑む。


「私は殿下を恨みません」


 沈黙。


「なぜだ」


「選んだからです」


 その言葉は、重い。


 自分で選んだ退位。


 押し出されたのではない。


 エドガーは小さく息を吐く。


「最後に一つだけ」


「はい」


「私は、間違いだったか」


 迷いなく答える。


「いいえ」


 静かな声。


「未熟だっただけです」


 沈黙。


 それは救いか、慰めか。


 どちらでもない。


 事実。


 玉座の間を出ると、カイルが待っていた。


「決まったか」


「ええ」


「王は退く」


 短く告げる。


 灰色の瞳が静かに揺れる。


「あなたは泣かないのか」


「泣きません」


「強いな」


「いいえ」


 小さく首を振る。


「冷たいだけです」


 だがその声は、わずかに震えていた。


 退位勧告は正式に発表される。


 王都は再び揺れる。


 だが今度は、暴動ではない。


 時代の転換。


 孤立した王は、自ら退いた。


 そして。


 冷酷令嬢は、制度を残すために立ち続ける。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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