第23話 「証拠」
監査資料の再精査は、深夜まで続いた。
王城南棟の臨時監査室。
机の上には封印された帳簿と、押収された書簡の束。
クラリスが淡々とページをめくる。
「ルヴァン家単独ではない」
低い声。
「資金の流れが複雑すぎる」
リゼリアは別の資料を広げる。
「寄付金の一部が、地方貴族の共同基金を経由している」
「名目は?」
「“治療拡充支援費”」
皮肉な名称。
カイルが腕を組む。
「隠れ蓑だな」
「ええ」
リゼリアは数字を指でなぞる。
「問題はここ」
ある日付を示す。
「監査発表の前日に、大量の資金移動」
クラリスが目を細める。
「証拠隠滅」
「あるいは責任転嫁」
沈黙。
扉が叩かれる。
「失礼いたします」
入ってきたのは若い監査官。
「追加資料です」
差し出された封筒。
中には、密書の写し。
クラリスが目を通し、わずかに眉を動かす。
「……王都外への武装招集命令」
「私兵の件と繋がる?」
「可能性は高い」
リゼリアは書簡を受け取る。
署名欄。
そこにある紋章を見て、静かに息を吐いた。
「ルヴァン家ではない」
「誰だ」
カイルが問う。
「王弟派の一部」
空気が凍る。
「摂政案を推している派閥か」
「ええ」
つまり。
混乱を拡大させ、退位を加速させる意図。
「……内側から崩すつもりか」
クラリスの声が低くなる。
「王権の空白を作る」
リゼリアは静かに言う。
「そして“安定”を掲げて乗り込む」
沈黙。
「殿下は知っているか」
「まだ」
「知らせるべきだ」
「ええ」
だが、その前に。
「証拠を固める」
リゼリアは即答する。
「不確定な情報で動けば、逆に利用される」
合理的判断。
カイルがわずかに頷く。
「あなたは冷静だ」
「感情で動くと、相手の思う壺」
ペンを取り、関連図を描く。
施療院横領。
貴族連盟。
王弟派。
私兵集結。
線が一本に収束する。
「目的は王太子失脚」
「そして政権掌握」
クラリスが言う。
「あなたを担ぐ可能性もある」
「拒否します」
「拒否しても、利用はされる」
沈黙。
「……先手を打つ」
リゼリアは決断する。
「どうする」
「公開監査の第二弾」
「今度は何を」
「資金の流れ全体を」
大胆な案。
「王弟派も含めて?」
「ええ」
室内が静まる。
「それは王家の内部対立を露呈させる」
「既に亀裂はある」
冷静な声。
「隠しても、広がるだけ」
カイルが一歩近づく。
「あなたは今、王権の中心に刃を向けようとしている」
「刃ではない」
顔を上げる。
「鏡です」
静かな宣言。
「映すだけ」
沈黙。
クラリスがゆっくりと頷く。
「覚悟はあるか」
「あります」
迷いはない。
その時、扉が勢いよく開いた。
「殿下が!」
侍従が駆け込む。
「王弟殿下が重臣を集め、緊急会議を」
全員の視線が交わる。
「早い」
カイルが呟く。
「動いたな」
クラリスが立ち上がる。
「証拠はまだ不十分」
「時間がない」
リゼリアは資料をまとめる。
「殿下に会います」
「単独は危険だ」
「分かっています」
だが、今は躊躇できない。
廊下を急ぐ。
王城の空気が変わっている。
ざわめき。
不安。
重臣たちが集まる広間の前。
扉の向こうから声が漏れる。
「国家安定のために、責任を明確にすべきだ」
王弟の声。
冷静で、力強い。
リゼリアは足を止める。
深く息を吸う。
証拠はまだ完全ではない。
だが流れは動き始めた。
退位の波。
派閥の思惑。
王権の揺らぎ。
「間に合うか」
カイルの低い声。
「間に合わせる」
短く答える。
扉に手をかける。
鏡を、突きつけるために。
次の一手を誤れば、王は倒れる。
正しく打てば、制度は残る。
証拠は、刃にも盾にもなる。
冷酷令嬢は、静かに扉を押し開けた。
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