第22話 「密談」
その夜、王城北棟の小応接室に灯りがともった。
呼び出したのはクラリスだった。
「非公式です」
扉が閉まる。
部屋には三人。
クラリス、リゼリア、そしてカイル。
「隣国の宰相が同席とは大胆ですね」
クラリスの視線は鋭い。
「本日は私人として」
カイルは穏やかに返す。
「内容次第では、宰相としても発言しますが」
牽制。
だが笑みは薄い。
「単刀直入に言います」
クラリスが机に書類を置く。
「退位勧告の動きが本格化しています」
沈黙。
「いつ」
「早ければ一か月以内」
想定より早い。
「理由は」
「支持率低下、財政不安、そして」
視線がリゼリアに向く。
「あなたの存在」
静かな重み。
「私が?」
「比較されている」
昼間の会議と同じ言葉。
「民は“責任を取る者”を見ている」
「王は責任を取っていないと?」
「そう見られている」
事実。
「私は退位を望んでいません」
リゼリアは言う。
「望まなくても、流れは動く」
「止められないのですか」
「止める理由が薄い」
冷徹な分析。
カイルが口を開く。
「退位後の構想は」
「摂政設置案が出ています」
「誰が」
「王弟殿下、もしくは――」
一瞬、間が空く。
「リゼリア嬢」
空気が凍る。
「あり得ません」
即答。
「形式上は可能です」
「私は外国の顧問です」
「だからこそ中立」
論理は通る。
「民の支持もある」
「支持は一時的です」
「だが象徴性は強い」
沈黙。
カイルの目が細まる。
「それは、彼女を矢面に立たせる案だ」
「理解しています」
クラリスは淡々と言う。
「だが王権安定には有効」
冷たい現実。
「私は王になりません」
リゼリアは静かに告げる。
「王妃も」
「なりません」
クラリスの眉がわずかに動く。
「理由は」
「制度を整える立場にいたいから」
「権力を握れば、早い」
「一時的には」
視線を逸らさない。
「ですが、個人の権力で変えた制度は、個人が去れば崩れる」
沈黙。
「私は、残る仕組みを作りたい」
静かな決意。
カイルが小さく頷く。
「合理的だ」
クラリスはじっと見つめる。
「あなたは、本当に王にならないのですね」
「なりません」
「後悔しませんか」
「しません」
迷いはない。
「……分かりました」
クラリスは書類を閉じる。
「では、別案を進めます」
「王弟殿下ですか」
「はい」
「殿下は受け入れるでしょうか」
「覚悟次第です」
静かな会話。
「一つ忠告を」
クラリスが続ける。
「退位が現実になれば、あなたは責められます」
「承知しています」
「“王を追い詰めた女”と」
「慣れています」
冷酷令嬢。
その名は、もう痛みではない。
扉の外で足音が止まる。
ノック。
「入れ」
現れたのはエドガーだった。
三人の視線が向く。
「……密談か」
皮肉の響き。
「国家の未来についてです」
クラリスが答える。
「私抜きで」
「非公式です」
沈黙。
エドガーはゆっくりと部屋に入る。
「退位の話だろう」
誰も否定しない。
「私はまだ退かない」
低い声。
「だが、選択肢は知っている」
視線がリゼリアに向く。
「君が摂政になる案もな」
「拒否しました」
即答。
エドガーの目が揺れる。
「なぜだ」
「王になるつもりはありません」
「私の代わりにも」
「誰の代わりにも」
沈黙。
「私は制度を整えるだけです」
エドガーは苦く笑う。
「君は最後まで、私の隣に立たないのだな」
痛みの滲む声。
「隣に立つには」
一瞬、言葉を選ぶ。
「同じ覚悟が必要です」
静寂。
「私は足りなかったか」
「今は」
嘘はつかない。
その言葉が、重い。
エドガーは目を伏せる。
「……時間をくれ」
「三年です」
即答。
空気が止まる。
だが彼は怒らない。
「三年後」
ゆっくりと言う。
「私は、胸を張って立てるだろうか」
「立てます」
静かな確信。
「立とうとすれば」
沈黙。
エドガーは小さく頷く。
「分かった」
振り返り、扉へ向かう。
「私は逃げない」
それだけ告げて去った。
部屋に残る三人。
「裂け目は広がった」
クラリスが呟く。
「だが完全には断たれていない」
カイルが応じる。
「まだだ」
リゼリアは窓の外を見る。
夜の王都。
静かだ。
だが水面下では、退位の波が広がっている。
「次は何が来る」
カイルが問う。
「証拠の追及」
短く答える。
「黒幕は一人ではない」
そしてその先にあるのは――。
王の退位か、再生か。
密談は終わった。
だが、決断の時は近い。
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