第20話 「崩れる信仰」
城外の緊張は、夜半まで続いた。
ルヴァン家の私兵は武装して集結したが、王都警備隊と説得隊の前で足を止めた。
決定打となったのは――聖女の姿だった。
ミレイユが城門前に立ち、私兵と民衆に向けて語ったのだ。
その結果、流血は避けられた。
だが。
翌朝、施療院前には別の列ができていた。
罵声と不安の列。
「本当に閉鎖しないのか」
「寄付金はどうなる」
「奇跡は続くのか」
信仰は、揺れていた。
ミレイユは正面玄関に立ち、ひとりひとりと向き合っていた。
「薬は減らないのですか」
子を抱いた母親が問う。
「必要な分は確保します」
震えない声で答える。
「ですが、無駄は削ります」
「聖女様までそんなことを」
落胆が混じる。
ミレイユは拳を握る。
「無駄があるままでは、続かないのです」
目に涙を浮かべる者もいる。
信仰が揺らぐ瞬間。
それを、正面から受け止める。
その様子を少し離れた場所から見て、リゼリアは小さく息を吐いた。
「強くなりましたね」
「強くならざるを得なかった」
隣に立つカイルが言う。
「光は、燃えるほどに脆い」
「ええ」
「だが今は、自ら燃え方を選んでいる」
ミレイユの声が風に乗る。
「奇跡は万能ではありません」
ざわめき。
「祈りだけでは足りません」
信仰の象徴が、自ら限界を認める。
衝撃。
だがそれは、成熟でもある。
「私は、監査に立ち会いました」
はっきりと言う。
「不正はありました」
群衆がざわつく。
「それを正します」
目を逸らさない。
「だから、どうか」
小さく息を吸う。
「信じる相手を、間違えないでください」
沈黙。
完全な支持は戻らない。
だが、完全な拒絶も起きない。
揺れながら、立っている。
それが今の信仰。
リゼリアは視線を移す。
「信仰が揺らぐと、王権も揺らぐ」
カイルが淡々と告げる。
「ええ」
「王太子は耐えられるか」
王城の上階を見上げる。
エドガーは、民の変化を理解しているはずだ。
だが。
理解と受容は別だ。
「彼は光を選んだ」
小さく呟く。
「今、光が揺れている」
その揺れを、どう受け止めるか。
その夜。
王太子執務室。
エドガーは窓辺に立っていた。
「支持率が急落しています」
側近が報告する。
「地方では反発が強い」
「施療院の閉鎖はしていない」
「ですが、削減は事実です」
拳を握る。
「……私は間違っていたのか」
誰にも聞こえない声。
その背後で、クラリスが静かに立つ。
「間違いではない」
「だが」
「未熟だった」
鋭い言葉。
振り返る。
「理想を急ぎすぎた」
静かな指摘。
「そして、彼女の警告を軽視した」
沈黙。
エドガーは目を閉じる。
広場の光景。
リゼリアが石を受けながら立っていた姿。
自分は上階から見ていた。
「……私は王だ」
「ええ」
「だが、前に立ったのは私ではない」
その事実が重い。
クラリスは視線を落とす。
「王であることと、前に立つことは別です」
「どう違う」
「責任の引き受け方です」
静寂。
「彼女は、嫌われる覚悟をした」
その言葉が、深く刺さる。
エドガーはゆっくりと息を吐いた。
「私は……守ろうとした」
「光を」
「そうだ」
「だが光は、自分で立った」
沈黙。
信仰が崩れるとき。
王もまた、揺らぐ。
一方、施療院前。
ミレイユは最後の一人を見送り、壁に寄りかかった。
「……大丈夫?」
リゼリアが近づく。
「はい」
少しだけ、笑う。
「怖かったです」
「私も」
二人で並ぶ。
「私は、あなたを怖いと思っていました」
唐突な告白。
「今も?」
「少しだけ」
素直な答え。
「でも」
視線を合わせる。
「逃げない人は、怖くても信じられます」
静かな言葉。
リゼリアはわずかに目を細めた。
「信仰は、揺れるものよ」
「はい」
「揺れながら、形を変える」
風が吹く。
白い衣が揺れる。
「光は、強くなくていい」
小さく言う。
「消えなければ」
ミレイユは頷いた。
その頃。
王城の奥で、重臣会議の招集が決まる。
議題は――王太子の責任。
崩れる信仰。
揺らぐ王権。
炎は、まだ小さい。
だが確実に、中心へ近づいていた。
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