第18話 「広場の炎」
広場は、完全には鎮まっていなかった。
演説の後、群衆の半数は帰った。
だが残った者たちは、不安と怒りを抱えたまま、火種のようにくすぶっている。
「数字で腹は満たされない!」
誰かが叫ぶ。
「三年後の話より、明日の薬だ!」
正論だ。
リゼリアは階段の上で立ち止まった。
ミレイユが隣にいる。
衛兵が警戒を強める。
その時。
広場の端で、揉み合いが起きた。
石が飛ぶ。
今度は衛兵に当たる。
「抑えろ!」
剣が半分抜かれる。
「抜かないで!」
リゼリアが叫んだ。
空気が凍る。
「武器を見せれば、火は燃え上がる」
衛兵が迷う。
その一瞬の隙に、若い男が前に出てきた。
粗末な衣。憤った目。
「俺の妹は施療院で助かった!」
拳を震わせる。
「閉鎖されたら、どうなる!」
声は怒りよりも恐怖に近い。
リゼリアは彼をまっすぐ見る。
「閉鎖はしない」
「削ると言った!」
「削るのは無駄です」
はっきりと。
「不正で奪われた分を」
ざわめき。
「あなたの妹の薬代は、不正のせいで高くなっていた」
青年の顔が強張る。
「嘘だ」
「本当です」
数字を示す。
「仕入れ価格の不当な上乗せ。架空人件費」
広場の空気が変わる。
「奪っていたのは、私ではない」
沈黙。
青年は唇を噛む。
「……なら、誰が」
「監査で明らかにします」
その時、広場の反対側から怒号が上がった。
「貴族を吊るせ!」
別の集団が旗を振る。
過激な言葉。
空気が再び不穏に傾く。
リゼリアは息を吸い込む。
「暴力で解決すれば、次に吊るされるのはあなた方です」
声を張る。
「怒りは理解します」
だが、と続ける。
「怒りに任せれば、制度は変わらない」
ミレイユが一歩前へ出る。
「私は、祈るだけではありません」
白い衣が風に揺れる。
「監査に立ち会い、結果を公表します」
広場が揺れる。
「隠しません」
その宣言は重い。
青年が膝をつく。
「……なら、待つ」
周囲にも迷いが広がる。
完全な鎮火ではない。
だが、爆発は避けられた。
衛兵が徐々に隊列を緩める。
群衆は小さな塊に分かれ、散り始める。
広場に残るのは、疲労と緊張。
リゼリアはようやく息を吐いた。
肩がわずかに震える。
「大丈夫ですか」
ミレイユが小声で問う。
「ええ」
「怖くなかったのですか」
少しだけ笑う。
「怖かった」
「それでも立てるのですね」
「立つしかないから」
短い答え。
遠くから拍手が一つ。
振り向くと、クラリスが静かに見ていた。
その視線には、僅かな評価。
「感情を抑えたな」
近づいてきて言う。
「抑えていません」
「では何だ」
「選んだだけです」
怒りも恐怖もある。
だがそれをどう使うか。
選ぶ。
「……悪くない」
クラリスが小さく呟く。
王城の上階。
エドガーは広場の様子を見下ろしていた。
ミレイユが並び、リゼリアが前に立つ。
自分は遠くから見ている。
「私は王だ」
低く呟く。
だが。
あの場に立ったのは、自分ではない。
拳を強く握る。
その夜。
城内の会議室。
「暴動は一時的に収束」
報告が上がる。
「だが不満は残る」
当然だ。
リゼリアは机に向かい、再建計画の修正を加える。
「広報戦略も必要です」
クラリスが言う。
「数字を噛み砕け」
「承知」
ペンを走らせる。
その横で、カイルが黙って見ている。
「命を懸ける必要はあったか」
「懸けていません」
「石が当たった」
「軽傷」
彼の目が細くなる。
「あなたは、もっと自分を守るべきだ」
「守られている」
アンネリーゼ、ミレイユ、そして――。
灰色の瞳と視線が交わる。
「信用の盾は、厚い」
小さく言う。
カイルは息を吐いた。
「次はもっと大きな火だ」
「ええ」
監査結果の全面公表。
黒幕貴族の名。
それは広場の炎よりも強い。
夜が深まる。
王都は静かだ。
だが地下では、怒りと恐怖が渦巻いている。
削るという罪を背負いながら。
冷酷令嬢は、次の一手を考えていた。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
明日からは1日1話の投稿予定です。
ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




