第15話 「光の裏帳簿」
施療院本部の建物は、かつてよりも豪奢になっていた。
白い外壁。磨き上げられた床。寄付者の名が刻まれた銘板。
善意の象徴。
だが今日は、その裏を覗く。
「監査開始を宣言します」
リゼリアの声が、静かに響く。
隣にはクラリス、そして数名の監査官。
奥には、聖女ミレイユが立っている。
緊張が空気を満たす。
「全帳簿の提出を」
管理責任者が青ざめながら書類を差し出す。
机に積まれる帳簿の山。
リゼリアは最初の一冊を開く。
寄付金総額、支出内訳、物資購入費。
数字は整っている。
だが。
「第三支部、医薬品費が異常に高い」
指摘。
監査官が確認する。
「市場価格の一・八倍」
「仕入れ先は」
「……マルティーニ商会」
クラリスの目が細まる。
「その商会、貴族ルヴァン家と関係がある」
静かなざわめき。
ページをめくる。
人件費の項目。
「架空名義」
淡々と告げる。
「実在しない職員が三名」
管理責任者の額に汗が滲む。
「これは、事務的なミスで」
「三期連続で?」
冷たい問い。
沈黙。
ミレイユが一歩前に出る。
「……どういうことですか」
声は震えている。
責任者は視線を逸らす。
「聖女様のご活動を円滑に進めるため、多少の調整を」
「調整?」
ミレイユの瞳が揺れる。
「寄付金は、命を救うためのものです」
「もちろんでございます」
「ではなぜ、架空名義があるのですか」
答えは返らない。
リゼリアは淡々と帳簿を閉じる。
「横領と判断します」
その一言で、空気が凍る。
「全支部に監査を拡大」
「待ってください!」
責任者が声を上げる。
「今公表すれば、施療院への信頼が失われます!」
「既に失われています」
静かな返答。
「内部で腐敗が進んでいる」
ミレイユが息を呑む。
「……私の責任です」
「違います」
リゼリアは即座に否定する。
「制度の欠陥です」
彼女はまっすぐに聖女を見る。
「光が強いほど、影は濃くなる」
ミレイユの指先が震える。
「私は、何も知らなかった」
「知らないことは罪ではありません」
「では何が」
「知ろうとしないこと」
静かな指摘。
ミレイユは目を閉じる。
やがて、ゆっくりと開く。
「……すべて、公表してください」
室内がどよめく。
「聖女様!」
「隠せば、もっと多くの人が傷つく」
声は弱くない。
「私は光でいるだけでは足りない」
リゼリアはわずかに目を細めた。
成長の兆し。
クラリスが口を開く。
「公表には王太子の許可が必要だ」
「殿下には私から」
ミレイユが答える。
監査は続く。
数字は嘘をつかない。
だが人は嘘をつく。
帳簿の奥から、さらに不自然な流れが見つかる。
「寄付金の一部が、貴族連盟の口座へ」
監査官が告げる。
室内が凍りつく。
「……政治資金?」
クラリスの声が低くなる。
「施療院を隠れ蓑にした資金流用の可能性」
リゼリアは静かに息を吐く。
「想定より深い」
ミレイユの顔色が青ざめる。
「私の名が、そんなことに」
「利用された」
短く告げる。
「あなたの純粋さが」
沈黙。
責任者が膝をつく。
「お許しを!」
「許しは裁判所で」
冷たい声。
だが怒りはない。
ただ事実。
監査終了の宣言がなされる。
帳簿は封印され、証拠として保管。
外に出ると、空は曇っていた。
「……崩れますね」
クラリスが呟く。
「ええ」
リゼリアは頷く。
「だが、崩れた後でなければ直せない」
ミレイユが隣に立つ。
「怖いです」
正直な言葉。
「当然です」
リゼリアは静かに答える。
「でも、逃げません」
「逃げれば、光は嘘になる」
その決意に、わずかに微笑む。
「強くなりましたね」
「まだ弱いです」
「強い人間は、自分を弱いと言えます」
短い会話。
だが確かな連帯。
遠くで鐘が鳴る。
監査結果の公表は、嵐を呼ぶ。
善意の象徴が、腐敗を抱えていた。
民は怒るだろう。
信頼は揺らぐ。
そして。
冷酷令嬢の名は、再び囁かれる。
リゼリアは空を見上げた。
曇天。
だが雨はまだ降らない。
「嵐は、これから」
静かに告げる。
光の裏帳簿は、ついに暴かれた。
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