普通のスキルで異世界の商会が救われた話
店内は慌ただしさに包まれていた。
数日前に魔物が大量発生したせいで、素材を売りに来た冒険者で店内が溢れかえっている。忙しいがいつもなら普通にこなせる作業量。それなのにこなせていないのは、従業員の半分が別室で別の作業に取られているからだ。
「まったく……このタイミングで面倒な仕事押し付けてきやがって!」
三日前、商業ギルドから『過去五年間の売り上げ金額を報告しろ』って通知が来た。仕方なく従業員と徹夜で集計して終わったが、今度は『過去五年間の売買件数を報告しろ』って言ってきやがった。
何なんだこの報告依頼は。まさか仕事を回らなくさせてその隙に商業ギルドで素材を買い占めようとしてるのか?
現に今、待ちきれなくなった冒険者が店を出ていった。他の店にも報告依頼が来ていて同じ状況らしいし、普段と変わらない落ち着きで作業している商業ギルドに持ち込まれるんだろうな。それが分かってもどうにも出来ないが。
「商会長。ちょっといいですか」
素材買取りの窓口にいるメアリが声をかけてきた。
「どうした? 何年も働いてるのに分からない素材があるのか?」
「いえ、そうじゃなくてですね。あれ見てもらえませんか?」
メアリがそっと店の入り口を指差す。見たその方向には、違和感が立っていた。
冒険者でごった返す店の入り口前に、とんでもなく綺麗な服を着た女が一人、立ってキョロキョロ周りを見ている。
綺麗な服といっても別にドレスとかではない。フリルがふんだんにあしらわれている訳でも、長いスカートをヒラヒラさせてる訳でもないが、その綺麗な服からは華やかなドレスとは真逆、王国騎士団の鎧を思わせるような清廉さが漂っていた。
顔はいたって普通の女だが。
「なんだあの女は。何処かの国の要人か?」
「なんかヤバそうでしょ? 気付いたらあそこに一人で立ってたんです」
「……声かけてみるか。窓口頼むぞ」
「はい。あ、早く戻ってくださいね、今日も帰れるか分からないんですから」
メアリに手を振ってから、冒険者を掻き分けて店の入り口に向かう。
警護も付けないで一人でいるなら要人の線はないだろう。何処かの国の商会の視察か。周りから浮くぐらい目立つ服のスパイは流石にいないと思うが。
思い付くパターンを考えながら、まだ立ち尽くしている謎の女に近づいていった。
▼
「ウチの商会に何か御用でしょうか」
驚いてこっちを見る女と目が合った。うん、顔つきは普通だ。だが髪の艶がとんでもない。街中にこんな女はまずいない。こんな綺麗な髪、王族ぐらいじゃないか?
間近で見るこの服も意味が分からない。見たことない生地だし仕立ても綺麗なのに、貴族っぽいギラギラした感じがしない。
一体この女は何者なんだ?
……うん、やっぱり意味が分からない。『気付いたらここに居た』か。子供でももっとマシな言い訳をするだろうに。冗談はその髪と服だけにしてくれ。
放っておいていいのか判断に迷ったが、店に連れて行くことにした。今は忙しくて相手出来ないが、もし困っているなら店の中で待っててくれ、と。
うん、ここまでペコペコする人間は貴族でも商会のお偉いさんでもないか。自尊心の高いあいつらは絶対に頭なんて下げないからな。
女を店の応接室に連れて行く途中、別室の前を通りかかったついでに中の従業員に声をかけた。
「どうだ、どのぐらい終わった?」
「……商会長、明日の朝には終わると思います。今日も徹夜ですけど」
「悪いな、契約書の枚数を数えるだけとはいえ量が多いからな。食事はこっちで用意するから頑張ってくれ」
話終わって応接室に向かおうとしたとき、女に声をかけられた。
「ん? 何をしてるのかって? 書類の枚数を数えてるんだ。件数の報告を求められていてな」
部屋の入り口から中を見ていた女が手伝うと言ってきた。
あまり見られたくない書類だが、いつ相手が出来るかわからない。ここで従業員と話をさせれば何か聞けるかもしれない。そう考えて女の申し出を受けることにした。
女は机に近づくと契約書の束を裏返して持ち上げ、机に軽く叩きつけながら束をそろえた。両手で契約書の角を持ちクルクル回すと……
次の瞬間には左手で丸く均等に広がった紙の束を持っていた。
右手の指で五枚ずつ数えて、百枚まで数えた束を机に置くと別の紙の束を掴んでまた数え始める。
一枚ずつ手に取って数えていた従業員も、見ていたオレも、唖然とした。
初めて見る数え方とその速さに。
「………おい! オレともう一人残して他の従業員は窓口に戻れ! すみませんがこのまま作業を手伝ってもらってもいいですか?」
良かった、笑顔で頷いてくれた。この速さなら今日中、いや、夕方前には終わる。この女の素性が気になるがそれは後回しだ。今はこのムカつく作業の終わりが見えたことを喜ぼう。
▼
今日の仕事が終わった。意味の分からない報告作業も、窓口の買い取り作業も。
徹夜になると思っていた作業がなくなったことを従業員全員で喜んだ。今日突然現れた素性の分からない女に全員がお礼を言う。女は褒められることに慣れていないのか、はにかみながら照れていた。
そして、全員に請われて書類を数えるときにやっていた方法を教えてもらった。『二週間くらいやれば覚えられる』ってホントか? みんな指つりそうになってるぞ。
メアリに声をかけてこの女を一晩泊めるようにお願いした。明日以降は何処か住めそうなところを探してやろう。
▼
次の日、オレは従業員の男一人と女の三人で金を数えていた。
金貨・銀貨・銅貨を十枚ずつ数えて、混ざらないように百枚を革袋に入れていく。
すると、女に声をかけられた。要らない紙はあるかと。
「要らない紙はあるが、何にするんだ?」
女は一呼吸して落ち着くと銅貨五十枚を一山にして両手で持ち、紙の上に横向きに置いて転がした。紙で巻いたあと左右を折り込んで出来上がる、棒状のもの。
「……すごいな、こんなやり方があるなんて。ん? 字は書けないのか? じゃあオレが書くから貴女はこれをどんどん作ってくれ」
これじゃ種類が分からないと言ったら、書けば良いと言われた。
中身が見えないから書いても客が信じるか分からないと言ったら、女に言われた。
──この商会は客から信用してもらえていないのか、と。
ぶん殴られた気がした。まさかこんな若い女に教えられるとは。誇りと自信を持ってこの仕事をしてきたが、まだまだ勉強不足だった。
時間は掛かったが全部の金が数え終わった。そして、今まで金を置くために使っていた場所が半分以下になった。革袋に入れて嵩張っていたのがキッチリ置けるようになったからだ。
一緒に作業していた男も女の手つきに驚いていた。鮮やかな、熟練されたようなその手つきを褒めて、女と目が合うと赤くなっていた。
次の商会長はこの男にしようと思っている。結婚はまだ早いと言って仕事を教えてきたが……もしコイツがこの女を妻にしたら、この商会は安泰かも知れないな。
昨夜メアリが女から聞いた『キンユーキカンで働いていた』っていうのが何なのか分からないが、オレも後で聞いてみることにしよう。
▼
数年後、印刷技術が発達して紙幣が流通し始めると、その女は更に違う数え方を披露してまた度肝を抜かされることになるが、それは別のお話。
金融機関の窓口で働く女が異世界転移したお話でした。
いま異世界転移したらどうやって生き延びるかを考えました。持ってる特技を活かせるように世界を作ったので都合が良すぎますが。
模擬紙幣、懐かしいなぁ。




