第84話 二人でなら
眼前に広がる、この階層にいるはずのないモンスターの群れ。
異常なまでのその光景に、30層で起きたあのイレギュラーが脳裏をよぎる。
「そうか、この手口……薄々感づいてはいたけど、今までのイレギュラーはお前の仕業だったんだな!」
そもそも灯里ちゃんがこの階層へと強制転移させられたのも、十中八九、ダンジョンワンダラーの能力だ。
こいつは今まで、こうして世界中のダンジョンを渡り歩いて狩りをしてきたのだろう。
ますます逃げる理由がなくなった。この危険なモンスターは今ここで、確実に屠らなければならない。
(だけど、どうする……こう距離が近いと広範囲攻撃は灯里ちゃんを巻き込みかねない。なら、キューちゃんにバリアを……いや、強度はデーモンロードでしか検証してない)
かといって彼女から離れすぎると、今度は挑発の効果から逃れたモンスターが、灯里ちゃんに襲いかかってしまう。
「ケーケケケ!!」
そんな思考を遮るかのように、嘲笑うノイズが戦場に響き渡る。
それを合図に、飢えた魔物たちが一斉に地を蹴った。
獣たちの荒い鼻息と、土煙が勢いよく舞い上がる。
「くっ! 竜の衝撃波!」
拳を前に突き出し、発生した不可視の衝撃が迫る肉の波を大きく吹き飛ばしていく。だが、その直後――
「 ――っあぐぁ!?」
焼けるほどの熱さが、右太ももから全身に広がっていく。
思わず足を見ると、そこには意匠を凝らした不気味な短剣が深々と突き刺さっていた。
傷口から溢れる鮮血が足元の地面を濡らし、鉄の匂いが立ち込める。
激しい痛みに視界が歪む中、さらに追加の短剣が銀光を散らして飛んできた。
「くっ!」
回避は間に合わない。ギリギリまで引き付け、柄部分に狙いを定めて手刀ではたき落とす。
投げ放たれた方向を睨みつけると、空中に展開された魔法陣の中から、上半身だけを覗かせているダンジョンワンダラーを見つける。
いつの間に交換したのか、その手にはジャグリングクラブではなく、複数の短剣が握られていた。
「こんなもの! ……うぐっ!!」
脚に突き刺さっている短剣を引き抜くと同時に、背後からのモンスターに弾き飛ばされた。
踏ん張ることもできず、砂埃を噛みながら地面を無様に転がる。
「――やめて! もうやめてよっ!」
もはや防戦一方の俺に灯里ちゃんの悲痛な声が届く。
「ティアちゃん! 私はもういいから! ティアちゃんだけでも逃げて!!」
その声はもう全てを諦めているかのようで、自分一人が犠牲になろうとしている。
それだけは絶対に駄目だ。穴が空いた脚を天使の献身で塞ぎながら、背中越しに灯里ちゃんへと伝える。
「大丈夫だよあかりちゃん。ちょっと手間取ってるけど、こんな奴ら……私にかかればちょちょいのちょいだからね」
それに何より、こいつはここで確実に倒しておかないと、まずい気がする。
強がってみせるが、血を失いすぎたのだろう。視界がチカチカと明滅し始めていた。
四方を喚き散らかすモンスターに取り囲まれる中、気力で動き続ける。
(こ、ここまでなのか……? 自分のことを最強だなんて思ってたけど、こんな簡単に負けてしまうのか? せめて、せめて奴の攻撃さえ防げれば)
ふらふらと、いよいよ朦朧としてきた意識に、灯里ちゃんの澄んだ声がハッキリ鼓膜を叩いた。
「――ティアちゃん! 右に転がって!」
思考を介さず、反射が身体を突き動かした。
横に転がった刹那、気付かぬうちに迫っていたダンジョンワンダラーの短剣が、頬を冷たく掠めていった。
「……え?」
「立って! 次は後ろに一歩下がってから、しゃがんで!」
「っ!」
彼女の声に導かれるまま立ち上がって後ろに飛ぶと、短剣を握り締めた奴の腕が、地面から生えてきた。
ダンジョンワンダラーは、まさに今さっきまで俺が足を置いていた位置をめった刺しにしていく。
その光景を視界に収めながらしゃがみ込む。
――ブォン!!
と、重苦しい風切り音を鳴らしながら、今度は首のあった位置を死神の鎌が通り過ぎた。
背後を振り向けば、デスリーパーが鎌を横薙ぎに振り終わったところだった。
「あ、あかりちゃん!?」
デスリーパーの懐に掌底を叩き込みながら、先ほどから的確な指示を出し始めた灯里ちゃんに困惑の声を上げる。
彼女も混乱しているか、同じような反応が返ってくる。
「私もよく分からないの! けど、何となく分かるの! ――っ真上から短剣がくるよ!!」
前に転がり、死角からの投剣を避ける。
ストト……と、短剣が地面に深く突き刺さる音を背に受けながら立ち上がり、こちらに斧を振り上げていた正面の牛型モンスターの腹を蹴り飛ばした。
何がどうなっているのか分からない。
けれど、今が反旗を翻す時なのは分かる。
「……あかりちゃん! これから私のすること聞いてくれる!? 多分今までで一番危険だけど!」
返事なんて聞かなくても分かりきっている。
俺は包囲網を跳躍で抜け出し、灯里ちゃんの目の前で着地した。
「うん、何でも聞くよ。ティアちゃんと一緒なら絶対に大丈夫って言ったでしょ?」
目の前の女の子は涙を拭いながら、こちらをまっすぐに見ている。
さっきまで俺一人で逃げろと言っていた灯里ちゃんの瞳には、強い意志が戻っていた。
頷いた俺は、くるっと背中を灯里ちゃんの方に向けてしゃがむ。
「あかりちゃん、アレ……やるよ!」
「うん! 分かった!」
こちらの意図をすぐに理解した灯里ちゃんは、俺の首に腕を回した。
温かく柔らかな腕の感触を感じながら、彼女の全体重が俺の背中に預けられる。
「ふふ、まさかこんな時にまでティアちゃんの背中に乗るなんて思ってなかったよ」
「ホントだね。……でも、あかりちゃんの命は死んでも守るから、だからあかりちゃんは私の命を守ってね」
「――うん!!」
灯里ちゃんから離れられないなら、離れなければいい。
俺は彼女をおんぶしたまま、閃光のように戦場を駆け出した。
「列車のお通りだ! 撥ねちゃうぞ、モンスターどもめ!」
俺は一切止まらずに、ただひたすら正面に立ち塞がるモンスターを殴り抜き、蹴り払い、時には体当たりで強引に突破していく。
ふいに、灯里ちゃんの声が耳元で聞こえた。
「ティアちゃん! 10メートルくらい左から腕が出るよ!」
――その直後。彼女の言う通り、ダンジョンワンダラーの腕が魔法陣から出てきた。
待ち構えていた俺は、その腕が動き出すよりも速く距離を詰めて、魔法陣の中に自らの手を突っ込んだ。
「……捕まえたっ!!」
左手で奴の腕を掴み、全力で魔法陣から引きずり出した。
「ケヒ!?」
漆黒の仮面越しでも伝わるほど動揺している奴に向かって、俺の右拳はすでに限界まで引き絞られていた。
「爆発する拳!!」
全力で繰り出した拳は、奴の仮面に直撃と合わせて激しく爆発する。
「……ケヒャァッ!」
ダンジョンワンダラーは大きく仰け反りながらも、踏ん張り、耐え抜いた。
堪らず逃げるように魔法陣を開くが、刹那の内に距離を詰めていた俺は、奴がそこに入り込むより速く拳を放つ。
「お前の敗因は、あかりちゃんを狙ったことだ!」
右拳が奴の身体にめり込むと同時に、すでに左拳が打ち込まれている。
さらにコンマ数秒遅れてまた右拳が、かと思えばまた左拳が。右、左、右、左、右、左、右、左。
我武者羅に放たれた拳は、まるで無限の連撃が如く、終わることなく全身に叩き込まれる。
やがて遅れて発動した爆発する拳によって何重にも爆発し、鼓膜が破れそうなほどの轟音を撒き散らしながら、ダンジョンワンダラーは目にも留まらぬ速さで吹き飛んだ。
だが、これで終わらない。終わらせない。
「超速移動!」
踏みしめた足が爆炎を吐く。
吹き飛んでいる奴の軌道を追い越し、先回りした俺は、全神経を痛む右脚へと叩き込む。
「お前の敗因は、私を怒らせたことだ! 灼熱の脚!!」
「――ゲヒュ!?」
振り上げた脚がダンジョンワンダラーの背中を捉え、轟々と燃え盛る業火とともに、その身体を天へと打ち上げた。
「そしてお前の敗因は……私たちの前に現れたことだ!! 」
空中で背骨がくの字に折れ曲がる奴を見上げ、俺は最後の一撃を手のひらに収束させて、ダンジョンワンダラーに向ける。
「消え去れ! 怒りの咆哮!!」
その瞬間、極太の熱線が世界を真っ赤に塗り潰した。
血よりも紅く、どこまでも黒を孕んだ超高火力の獄炎が、触れてはならない熱線となり飛び出していく。
「……ケ………………」
俺の小さな手のひらから出たとは思えないほどの極太光線は、ただただ純粋な破壊の塊として、奴を飲み込んだ。
――ゴォォオオオ!!っと、爆音を上げながら、一向に収まる気配のない怒りの咆哮の中から、やがて真っ黒な魔石が落ちてきた。
「ティ、ティアちゃ〜ん……腕、もう限界……」
「――あ、ごめんね! 途中からあかりちゃんが乗ってることすっかり忘れてた!」
暴れ続ける怒りの咆哮を抑え込んだところで、俺の背中から灯里ちゃんがずり落ちてしまう。
「あかりちゃんはそのまま休んでて。今度こそ、もう大丈夫だからね」
「……うん!」
地面にぺたりと座り込んでしまった彼女の頭を一撫でして、ちょっと残りを片付けてくるよ。と告げた俺は、挑発効果が切れない範囲で残りのモンスターを掃討していった。
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いつも読んでくださっている皆さまには申し訳ありませんが、少しお時間をいただけますと幸いです。
落ち着き次第、また更新を再開していきますので、楽しみにお待ちいただければ嬉しいです!




