第79話 赤羽灯里の独白。そしてプロローグへ……
実を言うと、私は昔から男性が苦手だ。
幸い実家が接客業だから、顔に出さない術を身につけることはできたけれど、苦手なものは苦手だ。
どうしてこうなったのか。
今現在に至るまでずっと女子校育ちで、男性という生き物との接点が極端に少なかったから――。
それも理由の一つだろうけれど、決定的な要因は別にある。
それは、成長とともに膨らみ始めたこの胸に、無遠慮な視線が突き刺さるようになってからだ。
女子校といっても、当然男性職員はいる。
顔ではなくて、ことあるごとに胸を見てくるそのねっとりとした視線に、どうにも気持ち悪いものを感じてしまう。
……私は顔もいい方なので、顔もよく見られるのだけど。
もちろん私だって年頃の女の子だし、可愛くなるために色々と研究や努力を重ねている。
だけど、胸だけは私の意思とは関係なく、勝手に成長してしまう。
そんな時、ひょんなことから知り合ったお兄さんは、私の顔を見て話してくれた。
……たまに、胸に視線が向くのを感じるけど、すぐに逸らしてくれるし、何よりねっとりとしたような嫌な感じは一度もなかった。
別に、これはお兄さんが特別というわけでもない。
お兄さん以外にも優しい男性がいるのは知っている。
胸を見ずに、顔を見て話してくれる男性がいるのを知っている。
けれど、それでもお兄さんは何かが違うのだ。
私の大好きな女の子。私の命を救ってくれた女の子。
なぜか分からないけど、お兄さんからはその子と全く同じ温かさを感じてしまう。
だから、苗字じゃなくて名前で呼んで欲しいと思ってしまった。
お兄さんはまだ名前で呼ぶのを慣れていないのか、たまに苗字に戻ってしまう。
そんなお兄さんから、距離を置かれているように感じるのが堪らなく嫌だった。
優しいお兄さんに甘えて、居候の身で、朝にあんな失礼な態度を取ってしまった罰かもしれない。
けれど、それでも……私は、お母さんを助けるまでは死ねないんだ!!
★✫★✫
――箱根ダンジョン 地下59F
「邪魔っ!!」
闇を切り裂き、夜の森にティアの怒声が響いた。
暗闇の隙間から飛びかかってきたミストウルフを殴り飛ばす。
(間違いない! このオオカミはさっきの配信にいた奴だ!)
倒したモンスターが魔石を落とすが、目もくれず緩めていた走りを再開した。
ひらひらと靡いているスカートから探索者用のスマホを取り出し、灯里ちゃんの配信を確認する。
配信に映っていた三つの月、そして出現するモンスター。なにより、今灯里ちゃんの目の前に立ちふさがっている奴は、この階層で間違いないはずだ。
彼女はこの階層のどこかにいる。どこだ……どこにいるんだ。
頭を右へ左へ忙しなく向けながら地面を高速で駆けていると、今度は月光の輝きを放つ複数のタカが、空から襲って来た。
「だから邪魔だって言ってるだろ! 竜の衝撃波!」
突き上げた拳から、大気を震わせるほど高威力の衝撃波が広がり、全てのモンスターを吹き飛ばす。
十数匹いたモンスターは断末魔を上げ、魔石の雨が降った。
それすらも気に留めずに、全力で道を進んでいく。
先ほどのタカも配信で見た奴だ。
やはりこの階層だと改めて確信した俺は、更にスピードのギアを上げた。
不意に、彼女の声が聞こえた。
風が鼓膜を叩く中、吹けば消えそうなほど小さな悲鳴だったが、ティアの耳はその声を正確に拾う。
「今のは――上かっ!!」
声が聞こえてきた方角の壁を見据え、首を上に向けると、崖になっていた。
「浮遊する身体!」
俺の身体は浮き上がり、五十メートルはあろうかという崖を一瞬で飛び越える。
そして崖を越えた先にいたのは……ずっと探し求めていた女の子。
「あかりちゃん!!」
「え!? ティアちゃん! どうして、駄目! 逃げて!」
今まさにデーモンロードに襲いかかられている最中だというのに、俺の心配をする優しい女の子。
彼女に奴の鋭い爪が降りかかる。死を覚悟し、ギュッと目を閉じる灯里ちゃん。
(――死なせない。死なせてなるものか!)
「囚える瞳!」
アイドル魔法の一つである挑発魔法を使用すると、暗い夜の森に、どこからともなく眩い光源が俺へと降り注ぐ。
この囚える瞳は、暗所限定ではあるが、同じ挑発魔法の注目の的よりも遥かに効果が高い。
目の前の獲物に攻撃を仕掛けていたデーモンロードが攻撃を中断し、光に照らされた俺に剥き出しの敵意をぶつけてくる。
(それでいい。俺だけを見ろ!)
奴の注意が俺に移ったことで、少しだけ余裕を取り戻した俺は、改めて灯里ちゃんに視線を向ける。
その姿は致命傷こそないものの、これまでの逃走中に付けられた無数の傷が見える。
可愛いと喜んでいた探索用装備もボロボロで、身体中の至る所に血が付いており、見るからに満身創痍だった。
「よくも……よくもやってくれたな……」
その光景を前にした途端、心の中で激しい怒りの炎が灯った。
空中で静止していた身体を、静かに、重々しく地面に降ろし、眼前のモンスターを睨みつける。
紫色の筋肉質な巨躯に、太く大きな手足からは鋭い爪が鈍く光っている。その最たるものは、頭部から生えたねじれた角。
このどうしようもなく憎い奴の名は【デーモンロード】……特Aランク指定を受けているモンスターだ。
だが問題ない。すでに何度も倒している相手だ。
「グルア!!」
睨み合いに痺れを切らしたのか、デーモンロードは一息の間に俺へと近づき、巨爪を袈裟斬りに振り下ろす。
だが、俺はそれを片手で容易く受け止めた。
「グルッ!?」
止められて驚いたのか、デーモンロードは目を見開きながらも、すぐにもう片方の腕で攻撃を仕掛けてくる。
だが、それも同じように空いた手で受け止めた。
「……覚悟しろよ」
俺は怒りのままに、指先に力を込める。
メキメキと骨が砕け、肉が潰れる嫌な音とともに、奴の腕を握り潰した。
「――グギアアアッ!?」
デーモンロードは酷く耳障りな悲鳴をあげ、堪らず後ろへ飛び退いた。
両腕を潰され、頭に浮かぶ血管の筋がハッキリと見えるほど怒り狂ったデーモンロードは、大きく口を開ける。
「グルアアアアアアアア!!」
激しい怒号とともに、口から大火力の火球を飛ばしてきた。
だが、俺はそれを避けない。避ける必要もない。
着弾と同時に、俺の体を獄炎が這うように燃え広がっていく。
轟々と燃え盛る業火に包まれながら、俺は一歩も引かずに立ち続ける。
「グアラララ!!」
勝利を確信でもしているのだろうか。赤に染まる視界の先で、下品に嗤うデーモンロードの声が聞こえてきた。
「ティアちゃん!!」
灯里ちゃんの悲鳴が、炎を切り裂いて俺に届く。
「大丈夫だよ」
彼女を安心させるために、俺はただ腕を振り払う。
たったそれだけで、纏わりついていた炎が空に消えていった。
「……グルア!?」
嘲るような表情を浮かべていたデーモンロードは、無傷の俺を見て驚愕に目を見開く。
そんな間抜けな姿を晒している奴を終わらせるために、右拳を握り締めた。
「消え失せろ! 爆発する拳!」
俺の身体に灼熱に似た脈動が宿る。その熱の赴くまま、まっすぐにデーモンロードへと肉薄し、全力で拳を叩き込む。
「ギッ――」
ティアの小さな拳がデーモンロードの顔面に届いた瞬間、もはや悲鳴をあげる間もなく大爆発し、目で追えない速度で視界から消えていく。
激しく吹き飛んだその巨躯は、地面に着くこともなく、やがて黒い靄となり空中で絶命した。
俺は灯里ちゃんの方へと向き直り、安心させるように笑顔を見せる。
「あかりちゃん。もう大丈夫だよ」
「ティアちゃぁぁん!!」
相当怖かったのだろう。俺の胸に飛び込んできた灯里ちゃんは泣きじゃくってしまった。
そんな彼女をただ優しく抱きしめ、その頭を撫で続けた。
いつも読んでくださりありがとうございます!
長くなってしまいましたが、ようやくプロローグを回収することができました。
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