第78話 急げ!
「――お、お兄ちゃん!?」
背後から響く碧依の狼狽した声を置き去りにして、俺は帰宅したばかりの玄関から踵を返した。
「くそ! 一体何が起きてるんだ! キャラクター選択!!」
人気のない路地裏に入ったところでティアに変身し、浮遊する身体で空高く飛んだ。
空中でスマホを取り出して灯里ちゃんの配信を確認する。
そこには、今日は一層で配信すると言っていたはずの灯里ちゃんが、どうしてか夜の森にいた。
「――ここは、20層……いや、違う。50層か!」
スマホに映し出されている配信には、50層帯のトレードマークである、三色の月が映っていた。
彼女のレベルでAランク帯の50層に行けるはずがない。
いや、そもそも約束を破って一層から上に出るような子じゃない。
間違いなくイレギュラーに巻き込まれたのだろう。
「……急げ! 急げ!!」
風を切り裂き、箱根ギルドへと一直線に急行する。
「ごめんなさい! 通ります!!」
ギルドに到着するや否や、入場ゲートを全力で駆け抜けた。
「え、あの! 受付を――」
受付嬢さんがゲートを素通りした俺に驚いているが、それどころではない。
雷のような速さでダンジョンへ踏み込み、間髪入れずに不思議な輪を使用し、50層へ移動した。
「はあ……はあ……灯里ちゃんは、どこだ!?」
森特有の濃密な匂いが立ち込めている中、灯里ちゃんを探して首を振る。
転移したはいいが、肝心の彼女がどこにいるのか分からない。スマホに映っている景色は、間違いなく50層帯の空だ。
けれど、50層から59層までのどこかが分からない。
「いや、敵モンスターを見れば分かるはずだ!」
階層ごとに出てくるモンスターには違いがある。
けれど、灯里ちゃんの周囲には敵モンスターの影はない。
画面にはリスナーからの指示コメントが飛び交い、彼女はその通りに動き、ゆっくりと隠れながら移動している。
見る限り【ですの】というモデレーターの指示に従っているようだ。
(この人、いつも灯里ちゃんの配信にいる人か……そのまま頼むぞ!)
このまま敵に見つからず、モンスターの姿をカメラ越しに捉えてくれるだけでいい。
「灯里ちゃーん!! いたら返事してー!!」
彼女がいたら気づいてもらうために、大声を上げながら50層をしらみ潰しに探していく。
「くそ、せめてLDカメラを持ってくるんだった!」
今は探索者用スマホと日常使いのスマホを、それぞれに攻略アプリ、灯里ちゃんの配信を表示させて進んでいる。
LDカメラがあればもっと動きやすいはずだったのに、完全に焦りすぎた。
『きゃあ!!』
「灯里ちゃん!?」
闇雲に走り回っていると、配信を映していたスマホから灯里ちゃんの悲鳴が聞こえてくる。
急いで視線を画面に落とすと、どうやら敵モンスターに見つかってしまったようだ。
だが、敵の姿さえ判明すればどの階層か分かる。
食い入るようにその影を見るが、画面のモンスターに覚えはなかった。
「な、なんだこいつは!? ここは50層とはまた別なのか!?」
そこに映っていたのは、霧がかかったように輪郭をゆらゆらさせるオオカミだった。
60層まで探索を済ませている俺が知らないモンスターということは、そこよりさらに深層の可能性がある。
思わぬ展開に焦りが視界を狭めるが、配信越しに表示された鑑定結果が俺の思考を繋ぎ止めた。
名称 :ミストウルフ
レベル:62
(ミストウルフ……レベルは62……なら、やっぱり50層帯であっているはず!)
表示されたレベルを見て確信する。このレベルなら60層以降の可能性はまずない。
間違いなく灯里ちゃんは、50層帯のどこかにいるはずだ。
『しゅ――縮地!』
「よし、いいぞ灯里ちゃん! そのまま逃げてくれ!」
画面の中の灯里ちゃんは霧のようなオオカミから、得意の縮地を使用して全力で逃げる。
リスナーも全力で逃げるようにコメントを出し続けている。とりわけモデレーターの人の指示が的確だ。
『今度は、タカ!? ――っ!』
霧のオオカミを振り切ったのも束の間。今度は月光に輝く鷹が、空から襲いかかってきた。
「くそ! また知らないモンスターだ! ……いや、待てよ、どこかで見た記憶が……」
配信越しに表示された【ムーンホーク】と言う名のタカには、少しだが覚えがある。いや、正確に言えば先ほどのオオカミも、記憶のどこかに引っかかっていた。
「くそ! なんでこんなにあやふやなんだ、俺の記憶は!」
画面の中の灯里ちゃんは、とにかく動き回り森を縫うように走っている。
その身体には、少しずつ鮮血が滲み始めていた。
「まずいまずいまずいまずい!――――ん?」
その鷹も、逃げることに全力を注いだ灯里ちゃんは、どうにか引き離すことに成功したが、その後に出くわしたモンスターに足を止めてしまう。
『デ、デーモンロード……?』
画面中央に鎮座する、圧倒的な巨躯。紫の肥大した筋肉に、ねじれた角。
灯里ちゃんの前に現れたのは、俺の記憶にもよく残っているデーモンロードだった。
「――59層かっ!!」
59層で何度も戦った奴の姿を見た瞬間、俺はすぐさま不思議な輪を使用し、目的地へと飛んだ。
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