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第72話 灯里ちゃんの願い

『はい、はい……そうです。今は妹と一緒にお風呂に入っていますよ』


『そうですか……本当に桃谷さんにはご迷惑をおかけしてしまいまして、なんとお詫びすればよいのか』



 スマホの向こうからひどく掠れた声が聞こえてくる。


 突然やってきた灯里ちゃんを部屋に上げたあと、ひとまず事情を聞けば、人生で初めての親子喧嘩をしたそうだ。

 持ち込まれたキャリーケースにはお泊まりセットと、高校の制服まで詰め込まれていた。


 脱衣所の方からは、碧依と灯里ちゃんがじゃれ合う賑やかな水音が聞こえてくる。そんな平和な音を背に、俺は彼女の父親であるマスター……赤羽 正一あかばねまさかずさんに、現状を説明していた。



『それで赤羽さんから――いえ、灯里さんから聞きましたが、なんでも探索者資格を取り上げて、転校なさると』


『ええ。まさか、あの子の高校に探索者養成のカリキュラムがあるだなんて、思いもしなかったものですから……それに、隠れて探索者カードまで作っていたことに驚いて、つい、怒鳴ってしまいました』


 親子喧嘩の原因は、間違いなくこの騒ぎだろう。

 他人である俺が踏み込むべきではない領域なのは分かっている。だが、彼女は俺にとっても碧依にとっても、すでに大事な存在になっている。



『他所様の家庭事情に口を出すべきではないのは承知の上で申し上げるのですが、灯里さんは、妹にとって大切な友人になっています。もちろん私にとっても可愛い妹のように接しています。どうか考え直していただくことはできないのでしょうか』


 俺の言葉に、マスターは重い沈黙を挟んだあと、意外な胸中を明かしてくれる。



『その、ここまで言っておいてどうかと思いますが……私も、心の中では灯里の探索者としての活動を認めてやりたいとは思っているのです』


 ではどうして認めてあげられないのかと、そう口を挟もうとしたところで、マスターは言葉を重ねる。



『しかし、妻に続いて、今度は灯里まで失ってしまうのかと考えてしまうと……それがどうしても恐ろしくて、許してやれないのです』


『灯里さんまで? あの、失礼ながら、灯里さんからお母さんは病院にいらっしゃると、そうお聞きしたのですが……』


 マスターの話に違和感を覚えた俺は、すぐに事実確認をするように問いただした。

 電話口の向こうで、少し息を呑むような気配を感じる。


 そうして数秒の沈黙のあと、マスターの語るような声が聞こえてきた。



『そうですか、灯里はそこまで話していたんですね……確かに妻は病院にいます。――もう10年間、一度も目を開けぬままに』


『10年……それってまさか!?』


『はい。10年前のスタンピードで、ドレインバグを患ってしまいました』



 脳裏に、当時の惨状がフラッシュバックする。

 十年前、東京で発生したインスタントダンジョンからモンスターが溢れ出し、街中を蹂躙した。


 世界で初めて出現したインスタントダンジョンの性質など解明されておらず、誰もモンスターが街に侵攻してくるなど露ほどにも思っていなかった。


 当時の日本にはSランク探索者もまだおらず、各地のAランク探索者を筆頭に、全勢力総出で対処した。

 その際に最も猛威を振るっていたのが、あのデーモンロードだ。



 その騒動も探索者の奮闘で何とか収まったのだが、その時から、巻き込まれた一部の人間の間で、HPとMPが常に0になってしまうという奇病が蔓延し始めた。

 政府は原因不明の奇病を【ドレインバグ】と名付けた。


 知っての通り、HPを失えば気絶する。そしてそれはMPも同じだ。

 HP回復ポーションやMP回復ポーションを与えても、数秒も経たずに0になってしまう。


 ドレインバグとは、そんな恐ろしい病だった。



『そうでしたか。灯里さんが探索者を目指した理由がよく分かりました』


『ええ、あの子は妻にベタベタでしたから』


 ドレインバグは不治の病とされているが、唯一それを捻じ曲げることができるアイテムがある。


 それがエリクサーの存在だ。灯里ちゃんはそれをどうにか手に入れようともがいているのだろう。

 それこそ、父親を騙してサインをさせるほどに。



『せっかく危険な東京から安全な場所に引っ越したのですが、まさか箱根にもダンジョンが出来てしまうなんて』


 同じ東京にいた俺たち家族はたまたま難を逃れた身だが、そんな俺が、この人になんて応えればよいのだろうか……



『桃谷さん。私の方こそ、厚かましいお願いなのは承知の上ですが、どうかしばらく灯里を預かっていただけませんか? 私も、その間に心の整理をしたいのです』


 掛ける言葉を探していると、マスターの方からこちらに予想だにしない提案をしてきた。



『それは、妹も喜ぶでしょうし、もちろん構いませんが……よろしいのですか?』


 大事な一人娘を、一応は若い独身男性がいる家に預けてもいいのかと言外に聞くと、マスターは穏やかに話し出す。



『ふふ、あの子は私と同じで、人を見る目はある方なんです。真っ先に桃谷さんを頼ったということは、それだけ桃谷さんご兄妹を信頼している証拠でしょう』


『――分かりました。責任を持って、娘さんを大切に預からせていただきます』



 そうしてしばらく言葉を交わし合った頃、通話を終了させる。

 そのタイミングと同時に、脱衣所の方で扉が開いた音が聞こえた。ようやく二人がお風呂から上がったようだ。


 石鹸の清潔な香りと共に、湯上りの火照った肌をピンク色に染めた二人がリビングに現れる。



「あ、お兄ちゃん。ちょうど電話終わった感じ?」


「お兄さん……その、どうでしたか?」


 不安げに潤んだ瞳で俺を見つめる灯里ちゃんに、しばらく灯里ちゃんを預かる許可が下りたことを本人に説明すると、ホッと一息ついて嬉しそうにお辞儀をしてきた。



 そんな彼女を家に迎え入れた翌日の日曜日。

 俺はティアの姿となり、前回のイレギュラーの報告をするために、先に箱根ギルド前で待っていた灯里ちゃんと合流していた。

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