第65話 死のリアルと切れる糸
「はぁ!!」
回転を加えた拳が目の前のモンスターにめり込み、凄まじい衝撃波と共に吹き飛んでいく。
ボウリングのピンのように後方の群れをなぎ倒しながら壁に衝突するが、休むまもなく次なる殺気が鼻先をかすめる。
「ギシャア!」
「グルア!」
「――っ当たるか!」
リビングアーマーの鈍く光る直剣と、カルムマンティスの鋭利な鎌をしゃがんで避ける。
「ふっ!」
鋭い風切り音を頭上に残したまま片足を水平に伸ばし、回るように足払いを仕掛け、二体の身体を浮かす。
「――ギ?」
「グア?」
そのまま逆立ちのように両手を地面に置き、反動をつけてそれぞれの足で吹き飛ばす。
「せいや!」
「ギシャアアアア!?」
「グルアアアアア!!」
(よし、このままいける!)
少しずつではあるが、攻撃の密度が減ってきている。
モンスターの数が確実に減ってきている証拠だ。
「す、すげぇ……」
「何が起こってるの」
「ティアちゃん……」
背後に残しているみんなの呟きが聞こえるが、ほとんど耳に入っていない。
視界は極限まで研ぎ澄まされ、敵の筋肉の収縮すらスローに見えている。
今はただ、目の前の敵に集中するのみだ。
「吹き飛べ!!」
眼前に迫る一撃を掌底でいなし、カウンターの衝撃でモンスターをぶち抜いた時だった。
――俺の視界の隅を、漆黒の影が滑るように抜けていった。
「っな!?」
挑発をすり抜けて背後へ一目散に向かうそのモンスターを、一拍遅れてLDカメラの鑑定機能がウィンドウとして浮かび上る。
名称 :デスリーパー
レベル:72
(レベル72!? Sランクモンスターか!!)
死神の鎌を携えた骸骨は重力を無視して宙を舞い、易々と灯里ちゃんたちの前に躍り出た。
「うおっ! なんだこいつ!!」
「きゃあ!!」
「――っえ」
一瞬の間のあとに、奴は大きな鎌を水平に構えた。
灯里ちゃんはその白刃の先を、魂を抜かれたようにただ見上げていた。
「間に合えっ!!」
心臓が口から飛び出しそうなほど強く脈打ち、俺は全神経を脚に叩き込んで地を蹴る。
だが、奴が構えた鎌を振るうほうが明らかに速かった。
――HPが0になっても気絶するだけで、死ぬわけではない。
けれど、それよりももっと大前提として、人の頭が身体から離れたら人は死ぬ。
そこにHPだのなんだのは関係ない。自然の摂理だ。
景色がスローになる。息が苦しい。全力で走っているはずなのに遅く感じる。
「――――あかりちゃん!!」
俺は灯里ちゃんに向けて手を伸ばし、灯里ちゃんも俺に向かって手を伸ばす。
だが、俺の悲痛な声などお構いなしに、奴の鎌が灯里ちゃんの首筋に触れる……その寸前。
――――カンッ!!
硬質の衝撃音が響き、死神の鎌が火花を散らして弾け飛んだ。
「……え?」
デスリーパーの正面。
灯里ちゃんたちを包み込むように、黄金の巨盾が出現していた。
「大丈夫か!!」
「ナイスやリーダー!」
「数を減らすわ! アイスバレット!」
遅れて聞き覚えのある声とともに、三人の探索者が反対側の通路からやってきた。
眼鏡を光らせた真面目そうな男性に、茶髪で関西弁の男性。
最後に入ってきたのは氷の礫を放つ凛とした女性。
「田中……さん?」
37層で出会った、田中さん率いるAランクパーティーだった。
「こりゃどういう状況や」
「怪我してる人はいない?」
「奥にいるのはティア君か!? ――む、守れ! フォトンフォートレス!!」
彼らは灯里ちゃんたちのもとへ到達すると同時に陣形を組み始める。
それとほぼ同時に、再度灯里ちゃんたちへ振るおうとしたデスリーパーの鎌を、またもや展開された光の大盾が防ぐ。
「――ァァァ」
デスリーパーは声と例えるには形容しがたい怨嗟の音を上げながら、盾を張った田中さんへ狙いを変更した。
「ぐっ!! 私の盾が、押し返される!?」
「なんやこいつは! レベル72ってそんなんおかしいやろ!」
デスリーパーのレベルはSランク基準だ。
展開された黄金の盾には、見る見るうちに蜘蛛の巣のような亀裂が走っていく。
……俺はその光景を、ただ呆然と見ていた。
俺の脳裏には、先ほどの映像が何度もフラッシュバックしている。
もし、田中さんたちが来なければ。もし、彼らがあと数秒遅れていたら。灯里ちゃんの命は、今ごろ床に転がっていたはずだ。
今も目の前でその鎌が彼らへと降り注いでいる。
……このまま何もしないで、ただこの光景を見ているのか?
目の前で、死神の鎌が一際強く振り上げられる。
――プツンと、俺の中で何かが切れる音がした。
「ぐっ! ダメだ、もう盾が持たない!!」
――パリンッ!!
甲高い音が鳴り響くと同時に光の盾は崩れ落ち、死神の鎌が田中さんの首を容赦なく捉える。
「――ァァァ」
「「リーダー!!」」
赤い鮮血が激しく飛び散った。
だが、それは田中さんのものではなく、俺の手のひらから溢れ出したものだ。
「ティ……ティアくん!」
「ティアちゃん、大丈夫かいな!?」
「今ヒールを……!」
奴の鎌が田中さんの喉元に届く寸前に、俺はその刃先を握り潰すようにして受け止めていた。
目立つ? 目立たない?
俺の個人的で打算的なわがままで、灯里ちゃんが――俺を信じると言ってくれた彼女が命を落とすところだった。
怒りで視界が白く染まり、殺意のようなものが体の内側からこみ上げてくる。
だが、不思議と冷静な気分だ。
(田中さんには感謝だな……けれど、そんなことより、いまはこのゴミどもを片付けよう)
「ティアちゃん……?」
灯里ちゃんが心配そうに見つめてくれている。
きっと今の俺は酷い顔をしているのだろう。俺はそれにただ精一杯の笑顔を作って返した。
「大丈夫だよあかりちゃん。すぐに終わらせるから」
正面の死神を射殺すように睨みつけながら、鎌を掴んだ右腕に全身全霊の力を込める。
バキバキと鈍い音を立てながら、死神の鎌は崩れ落ちた。
「――ァァ!?」
武器を破壊されて驚いたのか、それとも俺の気迫にでも押されたのか、死神は警戒するかのように大きく後ろに下がって距離を取る。
覚悟を決めた俺は、この戦いを終わらせるためのスキルワードを紡いだ。
「…………衣装選択」
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