第58話 60層の景色とコラボのお誘い
天竜に名付けてしまった可愛らしい名前も、本人が満足そうなら、まあ……いいか。
そう無理やり割り切った俺は、改めて正面の階段を見据える。
「60層からはついにSランク帯か」
そう考えると、下へ誘うように口を開けている階段が、いつもと違うように見えてきた。
「それに、この景色もこの階層でお別れか」
空を仰ぎ、幻想的な景色を見納める。
妖しくも美しい三つの月が輝く59層のこの空も、この階層が最後となるだろう。
だが、そんな見納めも十分と、階段へ向けて歩き出した。
「さて、次の階層はどんな楽しい景色を見せてくれるんだろうか」
それとも次こそコアルームだろうか。願わくばまだまだ終わらないでほしい。
すっかり探索者に染まってしまったのか、俺は新たなる景色を求めて自然と笑顔が溢れていた。
「お、階段の切れ目が見えてきたな」
噛み締めるようにゆっくりと階段を下りていた俺の目の前に、ついに階段の終わりが見えてきた。
次なる冒険を求め、俺は一気に走り出した。
「さあ、次の景色は――――」
階段を下りきった瞬間、肺の奥まで凍てつくような鋭利な冷気が肺腑を抉るように突き刺した。
さっきまでの笑顔は完全に凍りつき、なんなら物理的にも凍りつきかねない。
体感温度はマイナスなどという生易しいものではない。俺は突然の変化にも、辛うじて前方の景色を視界に収める。
「凍りの……国?」
一言で言えば、それは氷結都市だった。
町並みが、橋が、道が、全てが凍り、色を失った都市はまるで時間が止まっているかのようだ。
「寒い寒い寒い寒い寒いっ!! いや、寒すぎるだろ!!」
そこまで見たところで、寒さが限界を迎えた。
すでにまつ毛が凍りかけていて、本格的にまずいと判断した俺は、今下りてきたばかりの階段を猛烈に逆走し始めた。
――箱根ダンジョン 地下59F
「あ、危なかった……あのままでは美少女から美少女の氷像にジョブチェンジしていたかもしれない」
安全圏に戻り、思わずそんな軽口を叩けるくらいには回復したが、まだ身体の震えが止まらない。
「キュー?」
俺の頭の上に乗っているキューちゃんは先ほどの極寒にも動じていないようで、どこ吹く風といった様子で首を傾げていた。
俺はそんな相棒をひょいと胸へ抱き寄せる。
そのまま冷え切った顔を埋めると、とてもふわふわで、とても温かい。
「はあ〜、ぬくぬくだぁ……」
「キュ〜」
(あれがSランク帯の洗礼か……面白いじゃないか)
甘えるようにスリスリしてくるキューちゃんから温かさとパワーをもらった俺は、立ち上がって階段に向けてビシッと指を差した。
「――よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ!」
これは戦略的撤退であり、敗走ではない。
関西人が聞いたらずっこけるだろう捨て台詞を吐いて、俺は家へ帰ることにした。
★✫★✫
極寒の60層から無事に帰還し、玄関の扉を開ける。
ちなみに、事前にキューちゃんの召喚はしっかりと解除してある。
送還する際に寂しそうな顔をしていたが、さすがに龍を連れ回すわけにはいかない。
「ただいまー」
「お兄ちゃんお帰り〜! 遅かったね」
玄関を開けると、奥からパタパタと可愛らしく走って出迎えてくれる碧依。
昨日はなかったお帰りの声を聞けたことに、俺はどこか安堵していた。
時刻は当初の帰還予定から大幅に遅れ、夕方を過ぎてしまった。
「もう、言ってくれたらちゃんとお弁当作ってあげたのに……」
「ごめんごめん。お昼までには帰る予定だったんだけど、色々立て込んじゃって――ん?」
碧依は頬をぷくっと餅のように膨らませてしまう。
そんな妹の頭を苦笑しながら撫でていると、ポケットの中でスマホが震えた。
「あれ、お兄ちゃん。そのスマホ、いつもと違うやつだよね?」
「え……あ、ああ。探索者用とプライベート用を分けようと思ってな」
思わず取り出したが、碧依には2台持っていたことを話していなかったので突っ込まれてしまった。
「へ〜。なんだかプロみたいで格好いいね!」
「あはは……ありがとな」
とはいえ、専業探索者なら二台持ちも珍しくないというし、特段怪しまれずに済んだとはいえ冷や汗ものだ。
(俺の場合、探索者用というかティア用だから、下手に中を見られたら大変なことになりそうだな……)
人一倍細心の注意を払うことを念頭に入れつつ、スマホに入ったメールを見る。
そこには、また一緒にダンジョンへ潜りたいという、控えめながらも熱意が伝わってくる、灯里ちゃんからのお誘いメールだった。
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