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第55話 灯里ちゃんの秘密

 結局、あのあと55層まで探索を進めた俺は、陽が天頂へと届く頃に帰宅した。



「ただいまー。……あれ? 碧依はまだだったか」


 玄関を開けて中に入るが、碧依はまだ学校から帰ってきていないようで、俺の声が虚しく響く。


 いつも返ってくる、お帰りの声がないだけで少し淋しくなってきた。

 これほど部屋が広く、寂しく感じたのは初めてだ。

 玄関に掛けてある時計の音が、やけに耳に残ってしまう。



「……なんか、本当に碧依なしの生活が考えられないな」


 たった数時間。いつもの光景がないだけでこの体たらくだ。

 学校が始まったばかりだし、これからこういう日は増えるだろう。

 彼女も学校を卒業したら実家に帰るだろうし、今からこんな調子では先が思いやられる。


 気持ちを切り替えるように、頬をパンッと叩いて、誰も居ないリビングの中に足を踏み入れた。



「ふむふむ、箱根ダンジョンはやっと30層まで埋まった感じか……まだまだ50層の素材は売れなさそうだな」


 寂しさを紛らわせるために、今はこうして攻略アプリの進行状況をチェックしている。

 とはいえ、今日も帰る際に30層での金稼ぎは忘れずに行っている。



「へぇ……ついにアメリカが首都ダンジョンの69層まで到達したんだ。世界で初めて70層に王手だな」


 【ワシントンD.C.ダンジョン――ついに70層目前!】


 攻略アプリ内のトップニュース一覧に、目を引くタイトルの記事を見つけ、翻訳された内容に目を通していく。


 そもそも箱根や相模原といった一般ダンジョンは、マップの提出――というより販売は自由だが、首都ダンジョンとなると話が違ってくる。


 首都ダンジョンは各国に唯一存在する特別なダンジョンだ。

 10層ごとに強力なボスが君臨しており、倒せなければ次の階層へと進めない。

 その攻略度は、そのまま国力と技術力の証明になる。



 そもそもどうして下層を目指すのか、それは資源となる魔石の存在も勿論だが、宝箱というシステムが全てだろう。


 深層に行けば行くほど豪華なアイテムが出るそうで、有名どころはやはり"エリクサー"だろう。

 ひと度飲めば寿命が延び、現代医学でも治せない全ての病を吹き飛ばすそうだ。


 そんな様相のせいで、我先にと先の階層へ進むべく、日夜探索が進められている。



 こうした事情があり、国家の威信を懸けた特別な首都ダンジョンのみ、マップデータの提出は義務とされている。


 ちなみに、日本は現在65層だそうだ。……層だけに?


 (――て、アホか俺は!)


 こんな普段言わないダジャレを思わず考えてしまうのも、やはり寂しさから来ているのだろうか。

 ……いや、単純にオヤジ化が進んでいるだけかもしれない。



「70層のボス戦に国民の期待が広がる――か……ん?」


 記事を読み終わったところで、玄関から物音がする。

 カチャカチャと、鍵を差し込む音だ。


 ようやく碧依が帰ってきたようで、いつも出迎えてくれるお礼に、今日は俺が出迎えてやろうと立ち上がる。


 そのまま玄関前に向かったところでガチャッとドアが開くと、案の定碧依が姿を現した。



「お帰り、碧依」


「お兄ちゃんただいま〜! あ、入って入って〜」


 碧依は俺に挨拶を返すなり、何やら背後の誰かを招き入れるように促している。

 お客さんだろうか。そう思ったところで、入ってきたのは妹と同じ制服に身を包んだ女の子。



「お、お邪魔します。お兄さん」


 控えめながらも、透き通った声で姿を見せたのは、入学式以来の灯里ちゃんだった。



★✫★✫



「ていうことが、今日のオリエンテーションであったんだけどね、お兄ちゃん知ってた?」


「いや、知らなかったな……」


 灯里ちゃんを部屋に招き入れ、リビングで三人仲良く椅子に座っている。


 急な来客用に椅子を四脚まで用意している俺に抜かりはなかった……のだが、現在俺は視線を明後日へと逸らしている。


「一応入学式の保護者説明会であった話みたいだけど?」


 碧依がジト目を向けてくる。

 真っ直ぐに放たれるその眼圧は、そっぽを向いているはずの俺の頬をチリチリと射抜くほどだ。



「あの時は碧依を撮ることしか考えてなかった。悪い」


「……んもう」


「ふふ、碧依ちゃんもお兄さんも、本当に仲が良いんですね」


 観念して素直に頭を下げると、何故か今度は碧依が視線を逸らすように顔を背けた。

 そんな俺たちの様子を、灯里ちゃんがくすくすと鈴を転がすように微笑んでいる。



 どうしてこうなったのか。事の発端は、碧依たちの通うことになった清城せいじょう学園女子高等学校が、今年からとある取り組みをするという話から始まった。



 なんでも、試験的に探索者のカリキュラムを授業に取り入れることになったそうだ。


 ・これは探索者になるための教育ではありません。

 ・探索者が存在する社会で、自分と他人を守るための教育です。

 ・ダンジョン庁公認であり、探索者資格も学校のカリキュラムを通して安全に取得できます。


 渡された資料の文言を要約すると、そんな内容だった。



「でも、こんなことなら急いで探索者資格を取らなくても良かったかもな」


「でも授業で取るならまだまだ先だろうし……あたしは早く資格が欲しかったから、やっぱり取って正解だよ」



 対面の妹と笑い合っていると、ふと、灯里ちゃんは驚いたような、なんともいえない表情で、隣に座っている碧依を凝視していた。



「灯里ちゃん、どうしたの?」


 碧依もその視線に気づいたようで、灯里ちゃんの方を向いて不思議そうに小首を傾げた。


「あ、ううん……碧依ちゃんって探索者だったの?」

 

「そうだよ〜! ……ていっても、2週間くらい前になったばかりなんだけどね」


 頬を掻きながら、はにかむように話す碧依。

 その屈託のない様子とは対照的に、灯里ちゃんはおずおずとした仕草で確認するように身を乗り出した。


 

「碧依ちゃんは……その、両親に反対とかされなかったの?」


「もうすっごくされたよ〜! でも、最近はみんな取ってるし、それに……お、お兄ちゃんが説得してくれたおかげで許してもらえたんだよ」


 後半、碧依はこちらをチラリと盗み見て嬉しそうに話すが、それを聞いた灯里ちゃんは、ふっと視線を足元へ落としてしまった。



「どうしたの灯里ちゃん?」


 膝の上で小さな拳を握り、彼女は消え入りそうな声でポツポツと胸の内を明かし始める。


「私も一ヶ月くらい前に取ったの。でもお父さんに内緒で取ったから……もう資格を持ってるっていうことをなんて説明しようか悩んでて」


 その告白に、気になる部分を見つけてしまった俺はつい口を挟んでしまう。


「内緒にって、未成年の探索者資格は保護者の同意が必要だけど……あ、お母さんに保護者になってもらったんだね?」


 俺の言葉に灯里ちゃんは首をふるふると、弱々しく横に振る。


「お母さん――母はずっと病院なので……ダメ元で今度の学校の入学書類に混ぜて渡したら、サインしてくれたんです」


 楚々そそとしたイメージの強い灯里ちゃんの、その暴挙ともいえる大胆な行動に、俺と碧依は思わず顔を見合わせてしまった。


「それにお父さんは私にすごく過保護だから、探索者なんて認めてくれるか分からなくて――ごめんね、急に変な話しちゃって」


 沈みかけた空気を察してか、碧依がふんす! と鼻息荒く両手を握りしめた。

 元気を出して、と全身で訴えるようなポーズだ。



「で、でも! 結局はこうして授業でも資格を取ることになったんだから、ちゃんと謝れば大丈夫だよ!」


「うん……ありがとう碧依ちゃん」


 碧依が灯里ちゃんの細い手を、包み込むようにギュッと握る。


「暗い話しちゃうと気分も暗くなっちゃうから、楽しいお話で切り替えよ! ほら、例えば授業でクラスの皆をびっくりさせちゃうとか!」


「ふふ、できるかなぁ?」


「できるできる! 私たち、もう現役の探索者だもん! 尊敬とか集めちゃうかもだよ?」



 この地で出来た初めての友人の笑顔を取り戻そうとするべく、碧依は一生懸命に言葉を尽くしている。


 (うまく事が運んでくれればいいんだけど……)


 他所様の家庭事情に口を挟むわけにもいかず、俺は心の中で灯里ちゃんを応援しながら、二人の微笑ましい背中を温かな目で見守ることにした。


天霧「でも、最近の子の間ではダジャレブームが来てるってニュースで見たから……つまり俺は若返っている!?」

ティア「物理的にもね……」

天霧「――え!?」


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