第53話 戦場からの帰還、そして新機能
「どうもありがとうございました」
「いえいえ。……はい、こちらがデータになります」
「本当に綺麗に撮れてるわぁ! さすが、プロの方は違いますねぇ。とても良い記念になります」
看板前で写真を撮り続けてどれくらい経ったのだろうか。
転送されたデータに顔をほころばせながら喜ぶ親子を最後に、ようやくカメラマンのジョブから解放された。
「お疲れ様だね、お兄ちゃん」
「お兄さん、お疲れ様でした。なんだか大変なことになってしまって、ごめんなさい」
疲れて軽く一息吐くと、こちらに寄ってきた二人が労ってくれる。
「いや、みんな喜んでくれたし良かったよ。むしろ俺のせいでごめんね。長い間付き合わせちゃって」
そもそも、俺が灯里ちゃんを強引に引き止めて撮影を始めたのが発端だ。謝るなら俺の方だろう。
だが、灯里ちゃんは春の陽光のような柔らかな笑みを返してくれた。
「ふふ、みんなお兄さんが真剣だったから、撮ってもらいたかったんだと思いますよ」
「そうだよ。みんな騎士のお兄さんに撮ってもらえたって喜んでたよ? 良かったね騎士のお兄ちゃん」
灯里ちゃんの温かな称賛とは対照的に、少し不機嫌を乗せた声色で、最近よく聞くワードが碧依の口から放たれた気がする。
「……いまなんて?」
だが気のせいかもしれない。きっとそうだろうという確認の意味も込めて恐る恐る聞き返した。
「しらな〜い」
やはりご機嫌斜めなようで、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「ふふ、碧依ちゃんはお兄さんが人気物になって嫉妬してるんですよ。――あ、待ってる間に私も騎士様の動画見ましたよ! 凄かったです!」
「し、嫉妬なんてしてないよ!? ほ、ほら、もう写真も撮り終わったんだし、早く帰ろ!」
少し顔が赤くなっている碧依が先導する形で、帰りのバス乗り場へと一人で歩いて向かう。
そんな様子を、灯里ちゃんと顔を見合わした俺たちは、お互いに微笑みながら碧依を追いかけた。
★✫★✫
「今日は俺の奢りだから、二人とも遠慮せずに食べてくれよ」
「あの、私まで一緒になっちゃって……ありがとうございます」
「プリンプリン〜! んん〜、美味しい〜!!」
今は入学式の打ち上げとして、スイーツが食べ放題なパラダイスに来ている。
灯里ちゃんに時間を確認したところ、まだ大丈夫とのことだったのでこうして一緒にテーブルを囲んでいる。
ちなみに、我が妹はプリン一つですっかり機嫌が治ったようで、ほっぺたを押さえながら幸せそうな声を漏らしている。
俺も碧依に倣い、プリンを一口掬って食べてみる。
「確かに、これは美味いな。俺好みだ」
舌に乗せた瞬間、濃厚な卵の甘みと、ほろ苦いカラメルが混ざり合って極上のハーモニーを奏でる。
注目すべきはスプーンを当てた時に分かる、この硬さ加減だろう。
柔らかくはない。さりとて、硬すぎるわけでもない。
歯や舌に当たる絶妙な抵抗感が、心地よい満足感を与えてくれる。
「えへへ、さすがお兄ちゃん。分かってるね!」
自分の好物を肯定されたのが嬉しいのか、碧依が弾けるような笑顔を見せてくれる。
「お兄さん、こちらのショートケーキも美味しいですよ?」
「いちごのショートケーキか、シンプルな分、味に差が出やすいんだよな」
自分のオススメも分かち合いたいのか、灯里ちゃんが俺の前にケーキの皿をそっと置いてくれた。
何を隠そう、実はかなりの甘党である俺はそれを喜んでいただくことにする。
「……うん、これも相当なレベルだな」
苺のショートケーキは、いわばケーキ界の顔役だ。この味次第で店の評価が決まると言っても過言ではない
――と、いうのはただの俺の勝手なポリシーだが、この一品は十分すぎるほどの合格点を叩き出しているだろう。
口へ運ぶ前に漂う上品で甘い香りが鼻腔をくすぐり、舌へ乗せた途端にとろけるクリーム。
その甘みはまるでくどくなく、しっとりとしたスポンジとの塩梅が完璧だ。
さらに苺を口に運べば、瑞々しい果汁とともに、甘さの中にもはっきりと主張する鮮やかな酸味が追いかけてくる。
ショートケーキの苺は甘さよりも僅かに酸味が勝っている方が個人的には好みだ。
「うん。この苺も美味しいよ。ありがとう赤羽さん」
「ふふ、お口に合ったようで良かったです」
パクパクと、凄い勢いでショートケーキを口へと運ぶ俺の様子を、灯里ちゃんは目を細めながら見てくれていた。
「このお店にして大正解だったな」
「だね〜! あたしプリンのおかわり取ってくる」
「はい。とっても美味しくて、うちのカフェの参考にしたいくらいです」
それぞれが好きなデザートを頬張り、時にシェアをする。そんな賑やかで甘い時間は、あっという間に過ぎていった。
「ふう……もう一生分のプリン食べたかも」
「すみません、お土産までいただいてしまって」
「気にしないで、俺たちだけ楽しむのも悪い気がしたから」
会計の際、店頭で販売されていたお土産用のスイーツが目に入り、来られなかった灯里ちゃんの両親の分も購入しておいた。
せめて楽しい気分だけでもお裾分けしないとな。
もちろん、隣でお腹を擦っている妹の分も別途確保してある。中身は言わずもがな、プリンだ。
「でも、確かに食べすぎたな……しばらくは甘いものを控えないと」
「私も、今日は体重計に乗るのが少し怖いです」
碧依の真似をしてお腹を擦っていると、灯里ちゃんも下を向きながら同意するように呟く。
灯里ちゃんの場合、栄養が全部一箇所に集中してそうだけど……
――て、セクハラ親父か俺は!!
突然降って湧いてきた煩悩を追い出すように、頭を振って切り替える。
「それじゃ帰ろうか。スーツ姿も少し窮屈になってきたし、早く着替えたいよ。……それに、スーツ姿ってどうにも慣れなくて」
窮屈になってきたのは恐らく、というより確実にただ食べ過ぎただけだろう。
とはいえ、正直に白状するとさっきまでは碧依の入学式のことで頭がいっぱいだったが、普段着用しないスーツ姿を晒している状況がどうにも恥ずかしく感じる。
俺はつい居心地が悪くなって襟元を指で弄った。
すると、そんな俺の様子を隣で見ていた灯里ちゃんが、こちらを覗き込んできた。
「そんなことないですよ、お兄さん。スーツ姿、とっても似合ってます! 格好いいです!」
俺の居心地の悪さを察してくれたのか、ふんすと両手を胸の前でぐっと握りしめて励ましてくれた。
「あ、ありがとう。今さらだけど、赤羽さんも制服姿がとっても似合ってるよ」
「――へ!? ……あ、ありがとうございますっ!」
お返しに制服姿を褒めると、彼女は予想していなかったのか、顔を赤らめて可愛らしく照れるような仕草を見せてくれた。
碧依の制服姿も褒めたし、灯里ちゃんも褒めないわけにはいかないだろう。
もちろん、似合っていると思うのも本心だが。
「……ねぇお兄ちゃん。今の、私の時より気持ちこもってない?」
一体何が気に触れたのか、碧依がかつてないほどのジト目でこちらを射抜いてきた。
「いや、そんなことないと思うけど……同じくらいだぞ?」
「ふ〜ん……?」
何も悪いことはしていないはずだが、無性に居た堪れなくなった俺は大きく咳払いを一つして、強引に歩き出すことにした。
「それじゃ今度こそ帰ろうか。赤羽さんも近くまで送っていくからね」
「はーい」
「ふふ、ありがとうございます。お兄さん、碧依ちゃんも」
空はすっかり濃紺に染まり、三人で会話の花を咲かせながら夜道を歩いていく。
ひんやりとした夜風が心地よく頬を撫で、街灯の灯りが静かに足元を照らしていた。
「この辺りで大丈夫です。ありがとうございました! 碧依ちゃん、また明日学校でね!」
カフェ【ラングザム】の近くまで来たところで、灯里ちゃんはくるっと振り返り、丁寧にお辞儀をした。
正確にはカフェの裏が自宅だそうだ。
「うん、それじゃまたね赤羽さん」
「灯里ちゃんも、またね〜!」
こうして戦場から始まった長い一日はようやく幕を閉じた。
無事に帰宅し、お互いあとは寝るだけとなったところで、碧依がもじもじとした様子でこちらへやってきた。
何かを言いたげな様子で視線を彷徨わせ、こちらを見ては視線を切り、またこちらを見てくる。
「……碧依? どうしたんだ」
なかなか言い出せないようで、俺から促してみると、彼女は目をキュッと瞑って深呼吸をする。
一拍置いたあと、カッと目を見開いて大きく息を吸った。
「あ、あたしも思ってたから! お兄ちゃんが朝から変なこと言うから、タイミング逃してただけだから!!」
それだけを弾丸のように言い残すと、碧依は凄まじい勢いで寝室へと駆けていった。
「……な、なんの話だったんだ? 朝からって、朝に何か変なこと言ったっけ?」
よく分からない妹の言葉に、朝の光景を思い出すように反芻していたのだが、俺の思考は探索者用スマホに届いた通知音に遮られた。
「なになに、LDカメラに新機能追加? ――こ、これはっ!」
LDカメラのアップデート内容に驚いた俺の頭からは、先ほどまでの疑問はどこかへ消えていってしまうのだった。
碧依「(ドアガチャ)あ、お兄ちゃん? ……一応念のために言っておくんだけど、今日の他の女の子のデータはちゃんと消しておかないとダメだよ?」
天霧「わ、分かってるから! 渡した時に削除してるから!!」
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