第52話 俺のバズーカは200万です
「――よし、準備万端だ。ふふふ、今から楽しみだな……」
「お兄ちゃん、何してるの?」
ニヤリと怪しい笑みを浮かべながらパンパンに膨らんだバッグを閉じていると、碧依の不思議そうな声が背後から聞こえてくる。
「いや、なんでもないぞ! それよりほら、もうそろそろ行かないと、入学式初日から遅刻は恥ずかしいからな」
そう言って後ろを振り向くと、高校の制服に身を包んだ碧依が覗き込むように立っていた。
「ふ〜ん?……それよりほら、どう? おかしくない?」
そんな俺の様子より制服姿が嬉しいのか、碧依はその場でくるくる回って見せびらかすように制服姿を披露してくれる。
笑顔がとっても眩しく輝いており、これから始まる高校生活に胸を躍らせている様子だ。
「大丈夫、何もおかしくない。――いや、俺の眼の前にどうして天使が降臨しているのか、そう考えるとおかしいのかもしれない」
「――もう、またお父さんみたいなこと言って……」
至極真面目に返したつもりだが、呆れ顔で首を横に振られてしまった。
だが、そう言う碧依の頬が少し緩んで見えるのは気のせいだろうか。
口元を隠すようにして足早に玄関へと向かう彼女の背中は、どことなく弾んでいるように見えた。
箱根ダンジョン51層から帰ってから、もう1週間ほどが過ぎ、今日は碧依の高校入学式だ。
生憎と平日なので両親――特に父さんは来られないことに血涙を流していたらしいので、代わりに俺が保護者として出席することになっている。
碧依が制服姿のように、俺の姿も朝からスリーピーススーツ仕様となっていた。
「よし、行くか!」
これから始まる戦場を前に、心を躍らせながら碧依のあとを追って玄関を出た。
「……ねぇお兄ちゃん? そのパンパンに膨らんだバッグはなに? あとその杖みたいなのも」
いざ出発! と意気込みながら並んで歩こうとすると、碧依はジト目でこちらに訝しい視線を向けてくる。
「ん? ああ、気にするな。全て必要なものだから」
「ホントに!? ――ただの入学式にそんな荷物が本当に必要なの……?」
何食わぬ顔で答えると、碧依は驚きながらも時間が押していることもあり、渋々納得したように並んで歩き始める。
(無論、本当も本当だ。――俺にとってはな)
そうして俺たちはバスに乗り込み、碧依の通う学校――清城学園女子高等学校まで揺られるのだった。
★✫★✫
「よし、上手く撮れたんじゃないか?」
「見せて見せて! ……うん、バッチリだよ!」
学校に到着して早々、校門前に綺麗に彩られてある入学式の看板の前で、制服姿の碧依の写真を収めている。
もはや入学式の様式美だろう。俺たちが場所を空けると、すぐに他の親子が写真を撮っている。
「それじゃ、俺は先に体育館で待ってるからな」
「うん。あたしも行ってくるね、お兄ちゃん」
校門前で受付をしたあと、碧依のクラスを共に確認して俺たちはここで別れる。
碧依は自分のクラスへと、そして俺は入学式が始まる体育館へと移動する。
「……すごいな。さすが名門校だ」
移動した体育館の中はクラスごとに保護者席が区切られており、立て看板を添えて整然と椅子が並べられていた。
(さてと、戦いはすでに始まっているぞ。碧依は1組だったから、俺の席は……あそこか)
体育館に入ってすぐに、自分が座るべき場所を見つけて素早く乗り込む。
すでに何人か座っているので、しっかりと挨拶を交わしながら空いていた中央最後方へと座る。
(よし、ここなら他の保護者の邪魔にならないだろう)
場所を決めた俺は背中のバッグを下ろし、肩に掛けている杖――もとい、袋から一脚を取り出して設置する。
次にバッグから巨大なカメラと、まるで大砲のような望遠レンズ、最後に外部指向性マイクを取り出し、流れるような手つきで装着していく。
「あ、あの……プロの方ですか?」
そんな俺の様子が気になったのか、横に座る上品なお母様が尋ねるようにこちらを見てくる。
俺はそんなお母様を真っ直ぐに見据えて、一言だけ告げる。
「いいえ、ただの兄です」
「そ、そうですか……失礼しました」
まるで変な人の隣に座ってしまったと言わんばかりに、そそくさと身を引かれてしまった。
――俺の受け答えが何かおかしかったのだろうか?
そんなやり取りを挟みながら、碧依がやってくるのを待っていると、遂に入学式が始まった。
聞き覚えのある吹奏楽に合わせ、クラスごとに整列して入場してくる。
――その瞬間、俺は録画ボタンを押下し、全神経を集中させる。
ティアの補正分も含めて全力で解放されたステータスは、刹那の内に碧依を見つけ出し、正確にセンターへとロックされる。
そのまま撮っていると向こうもこちらに気づいたようで、ファインダー越しに目が重なり合う。
俺が手を振ると、不思議そうな表情でこちらを見ていた碧依はなにやらギョッとした顔を見せるが、すぐに天使の顔に戻る。
入学式は滞りなく進み、新入生呼名の時間がやってくる。
碧依の名前が呼ばれた瞬間、立ち上がり大きな返事をする……が、どこかその声は羞恥に震えているような印象を受けた。
(碧依のやつめ、さては緊張してるな? ……だがこれはこれで良い画が撮れたな)
そんなこんなで、碧依の普段は見れない様子が撮れたことにニマニマしながら俺はカメラを回し続けた。
★✫★✫
「……いい映像がたくさん撮れたな」
その後のホームルームを軽く見学したあと、校門前で戦果を確認しながら碧依が来るのを待っていると、校舎から真っ先に碧依が出てきた。
「――っと、きたきた」
だが、どうしたことだろう。碧依はなにやらすごい勢いでやってきた。
「ちょっとお兄ちゃん! あのバズーカはなに!? 聞いてないよ!?」
何を驚いているのか、合流した途端に顔を真っ赤にさせながら詰め寄ってきた。
「だから家を出る時に必要なものだって言ったろ?」
可愛い妹の入学式なのだから、あれくらいは至極当然のことだろうと伝えると、呆れられたのか諦めたのか、碧依は小さなため息を吐きながら、こちらを見てくる。
「あれ、いくらしたの……?」
「…………内緒だ」
この日のために、この1週間の間にせっせと30層で狩りまくった結晶がすべて機材に変わった。
……なんて言える訳もないので、軽く誤魔化すことにした。
「まったくもう……じゃあ帰ろっか、お兄ちゃん」
そんな様子に折れたのか、碧依は笑顔を見せながら校門から出る。
確かに今日の予定は全て終わりあとは帰るだけなのだが、まだやり残したことがある。
「ん? 何を言ってるんだ、看板前でもう一度撮るぞ。……今度はコイツでな」
そう言ってバッグからチラリと、俺のバズーカを見せる。
折角高い金出して買ったんだし、今日くらいは存分に使い倒してやらないとな。
「んもう、仕方ないなぁ……」
入学式が終わったばかりだからか、看板前はまだ空いている。
碧依は文句を垂れながらも、どこか嬉しそうにしながら看板前に立って天使のような表情でピースをしてくる。
「いいぞ! 最高だ!」
眼前の天使に次々とシャッターを切りまくっていると、後ろから俺に向けて、とても聞き覚えのある声が掛かった。
「あの、もしかしてあの時のお兄さんたちですか……?」
「――え、灯里ちゃん!?」
「やっぱり、この前のお兄さん!」
驚いて後ろを振り向くと、碧依と同じ制服に身を包んだ灯里ちゃんがそこに立っていた。
「あれ……? お兄さん、どうして私の名前を知ってるんですか?」
まさかこんな場所で彼女に声を掛けられるとは思っておらず、完全に素で返してしまった。
「あ、えっと……それは――」
きょとんとした表情でこちらを見ている灯里ちゃんに、説明する言葉が見つからず、俺はしどろもどろになってしまう。
(これじゃ店長の時と同じじゃないか! 俺のバカ!)
――だがここで、久々にフル回転した俺の灰色の頭脳が突破口を導き出す。
「――あ、ほらあの時! マスターが灯里って呼んでたから、それを覚えてたんだよ」
「ああ、そうでしたか。お兄さんすごい記憶力ですね! 私てっきり配信で――コホン。何でもないです」
灯里ちゃんは手をポンと打ち、俺の記憶力に感心した様子で微笑む。
言われてみれば、配信で知ったと白状してしまえば済む話だった。だが、なぜ彼女はそれを隠そうとしたのだろうか。
「お兄ちゃんどうしたの? その子知り合い……ってあの時の人だ」
写真を撮る手を止めて、すっかり灯里ちゃんと話し込んでしまったからだろう。
碧依が俺の後ろからひょこっと顔を出して、灯里ちゃんを見つける。
「あの時お兄さんと一緒にいた人ですね! ご挨拶が遅れました、私は赤羽灯里と言います」
「あ、えっと……あたし、桃谷碧依って言います! よろしくね……?」
どうやら灯里ちゃんも碧依を覚えていたようで、見事なお辞儀と、丁寧な自己紹介を流れるようにやってのける。
その動きは洗練されていて、流石に家業が接客業なだけはあるだろう。
同年代のそんな姿に我が妹は驚きながらも、何とか自己紹介を返した。
「――あ! ごめんなさい。家族の時間をお邪魔してしまって、それでは私はこれで失礼しますね」
灯里ちゃんは俺たちに再度お辞儀したあと、くるっと振り返るが、俺は少し気になることがあったので止めるように声を掛ける。
「赤羽さんちょっと待って……今日は、もしかしてご両親は来られなかったのかな?」
「えっと、はい。父は来たがっていましたけど、カフェがありますし。母も……その、来られなくて」
振り返る時に少し寂しそうな目をしていたが、やはりそうだったのか。
碧依に目を向けると、向こうもこちらを見ていて、お互いに頷き合う。
「碧依、ゴー!」
「はいはーい! 赤羽さん……灯里ちゃんでいいかな? とりあえずこっちこっち」
俺の意図を理解したように、碧依は帰ろうとする灯里ちゃんを手を引っ張って看板前に移動させる。
「え、え? あの、どうしたんですか? 桃谷さん」
「あたしのことも碧依で良いよ〜! それより、一人で来たってことは、写真撮ってないんでしょ? ほら、あっちはもう準備万端みたいだよ」
碧依が灯里ちゃんを移動させるまでの間に、自慢のバズーカをセットし直した俺は、サムズアップを向ける。
「赤羽さん、混む前にちゃちゃっと撮っちゃおう! ほらピースピース!」
「え、えっと……こ、こうですか?」
俺たちの意図を理解できたのか、灯里ちゃんは控えめな笑顔と共にポーズを見せてくれる。
……だが、まだ弱い。
「良いねー! 最高だよー! でももっと笑顔を引き出せるはずだ! 来られなかったお父さんやお母さんに、最高の笑顔を届けてあげよう!」
段々と慣れてきたのか、控えめな笑顔が良くなってきた。
――それでも、まだ弱い。
「次は碧依と一緒にいってみよう!」
「おっけーだよ! ほら灯里ちゃん、一緒にポーズとろ!」
「う、うん!」
碧依も碧依で、新天地で新しくできた友達と写真に写るのが楽しくて仕方ないようだ。
碧依の勢いに押されつつも、灯里ちゃんの笑顔はどんどん弾ける笑顔へと変わっていく。
次々にポーズを変えていった二人を撮り続けて数分後、遂に最高の笑顔の写真を収める瞬間がやってきた。
「――――完璧だ!」
俺がやりきった爽やかな笑顔とサムズアップを向けると、二人とも嬉しそうに手を取り合っている。
そんな微笑ましい様子を目を細めつつ眺めていると、後ろから、誰かに声を掛けられる。
「……あの、お兄さん、プロのカメラマンの方ですか? もしよろしければ、うちの娘も撮っていただいてもよろしいですか?」
「――はい?」
後ろを見やると、随分な数のギャラリーが出来上がっていて、一様に拍手を送ってくれていた。
「さっきの女の子たち、まるでモデルみたいだったわねぇ」
「コングラッチレィショ〜ンヌ!」
「いやぁ、機材も指導も異次元だぞ!」
「まさしくプロの熱意でしたね」
こんな状況になっているともつゆ知らず、目が点になりつつもとても断れる流れではないことを理解した俺は、カメラマンへとジョブチェンジするのだった。
父さん『天霧……例のブツは……?(小声)』
天霧『抜かりないよ……ほい、いま送ったよ。32Kカメラで撮った碧依のデータ』
父さん『ぬはー!!』
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