第51話 さらばボーナスタイム、ようこそオムライス
「お、やっと階段だ」
ハイデーモンやリトルデーモンといったAランク帯の洗礼を受けたあとも、断続的に現れるモンスターたちを退けながら、月明かりが照らす夜の森を歩くこと数十分。
生活魔法のライトによって明るく照らされた俺の目の前に、ようやく下へと続く石造りの階段が現れた。
「でも、もしかしたら次の層で終わりかもしれないんだよな……」
一般ダンジョンの最深部には、必ず"コアルーム"と呼ばれる中枢が存在する。
ダンジョンという摩訶不思議な迷宮を維持しているいわば心臓であり、学術的には極めて重要な代物らしい。
だが、物理的な干渉を受け付けず取り外すこともできないため、現在の技術では研究もろくに進んでいないとか。
もっとも、探索者にとってはそれに触れることで入り口に戻ることが出来る便利なワープ装置である……くらいの認識があれば十分だろう。
「……ふぅ」
ここまで長かったなと目を閉じれば、これまでの思い出が次々とフラッシュバックした。
最初の鍾乳洞から始まり、10層の平原でワクワクして、20層の暗い森では灯里ちゃんとパワーレベリングもしたっけ。
途中、カラミティウルフなんてイレギュラーもあったな。
30層の遺跡は、厄介なモンスターこそ多かったが、まさに探検って言葉がぴったりだった。
――40層は……うん。40層なんてなかった……
思い出を反芻していると、最悪の記憶しかない砂漠ステージを思い出してしまったので、ここで脳内おふざけは終了する。
「とはいえ、下りる以外の選択肢はないんだけどな」
改めて目の前の階段を見据えて、独りごちる。
それにダンジョンはここだけじゃない。
他の一般ダンジョンだってあるし、それこそ首都ダンジョン――東京ダンジョンに行ってみるのもありかもしれない。
そんな将来の展望を胸に、一歩一歩確かな足取りで、暗い口を開けた階段をゆっくりと下りていった。
――箱根ダンジョン 地下51層
「まあ……普通に続いてますよねー」
階段を抜けた先に広がっていたのは、さらに深い、終わりの見えない夜の森だった。
「……ふふ」
そんな光景に、自分でも気づかない内に何故か笑顔が漏れていた。
一応当初の目的であった50層を無事に確認することができたので、少しばかり周囲を探索したあと、満足感とともにギルドへと帰還した。
★✫★✫
「お疲れ様でした。探索者カードの提示をお願いします」
「はい、どうぞ」
退場ゲートの受付嬢さんに、探索者カードを努めて冷静な手つきで差し出す。
いつも通りの退場手続き。だが、ポーカーフェイスを維持する俺の額には、薄っすらと冷や汗が浮いていた。
「……はい、確認いたしました。どうぞお通りください。次回の更新をお待ちしております」
「……どうもありがとうございます」
ゲートを抜け、受付嬢さんの視線から外れた瞬間に、俺は心の中で小さくガッツポーズを作った。
(駄目で元々な検証のつもりだったけど、成功してしまったようだな)
本来なら30層から51層への大更新のはずだが、どうやら俺はまだ、30層までしか到達していないことになっているらしい。
――らしいと言うか、そうなるように仕組んだのは他の誰でもなく、俺自身だ。
きっかけは、真・ブロックンJrの魔石に思わず鑑定を掛けた時に、モンスター以外でも鑑定効果が出ることに気付いたことだ。
そこで試しに自分を鑑定してみると、俺という個体のステータス――そこには到達階層までもが表示されていた。
もしやと思い、その状態のまま偽装魔法の百の仮面を使用してみたら……なんと到達階層の書き換えが出来てしまったという訳だ。
探索者カードは本人と連動している。
そう説明を受けた時からこの可能性は考えていたが、まさか本当に成功するとは思っていなかった。
だが、これで変に目立たず平穏な日常を過ごせるだろう。
少しだけ心苦しさもあるが、箱根ダンジョンの攻略マップが追いつくまで、しばらくは30層のままでいさせてもらおう。
「買い取りは……さすがにダメだよな」
買い取りカウンター前では行列ができており、探索者たちはみな笑顔にあふれていた。
まさか未到達階層のドロップ品を出すわけにもいかない俺は、未練を断ち切るようにカウンターから視線を切った。
(……さらば、俺のボーナスタイムよ)
それでも買取カウンターに向かおうとする足を必死に叩きながら、なんとかまっすぐにギルド入り口へと戻ることができた。
――今回の成果が、全てアイテムボックスの肥やしになることが決定した瞬間だった。
「しかし、結構長いこと潜っていたんだな……」
ギルド入り口手前でスマホを確認すれば、時刻は20時を回ろうとしていた。
考えてみたら今日だけで20階層以上の大躍進だ。
道中の40層はずっと空を飛んでいたから、なかったようなものだけど……
今日はもう帰ろうと、一歩踏み出した時だった。
「ん? あれは……」
前方から、袋を両手いっぱいに抱えた見覚えのある女性――バイト先の店長が歩いてくるのが見える。
その姿が見えるや否や、俺は迷わず声を掛けていた。
「店長ー! それ、持ちますよ!」
「――え? あの、ごめんなさい。 当店をご利用のお客様……でしょうか?」
正面から声を掛けた俺を見た途端、店長が小首を傾げながら聞き返してくる。
「へ…………あっ!!」
不思議そうな視線をこちらに向ける店長と目が合い、俺は心臓が跳ね上がるのを感じた。
(――しまった!! 今の俺は天霧じゃなくてティアだった!)
店長からしてみれば、知らない女の子に声を掛けられたんだから、困惑するのも当然だ。
俺は両手を前に出し、必死に弁明するように首を横に振る。
「す、すみません! 今のは勘違いと言いますか……えっと、ここの喫茶店で見かけたことがあるので、そうかも〜なんて……」
「ふふ、そうでしたか。それよりも、こんなに可愛らしいお客様のことを忘れてしまったのかと思って、少し焦ってしまいました」
微笑む店長に可愛らしいと言われ、俺は思わずえへへと後頭部をかく。
最近、こんな言葉を聞くと無性に笑顔になってしまうことが増えた気がするのは、気のせいだろうか。
ちなみに、魔法少女コスはしっかり解除済みで、服装は戻してある。
今の服装は、淡いイエローのブラウスに、白のシアーボリュームのティアードスカートだ。
細めのベルトでウエストをマークして、全体のシルエットを整えたコーデである。
灯里ちゃん曰く、ふんわりとふんわりが重なって最早言語化できないふんわり感が最高に可愛いと言っていた。
――要するに……うん、俺もよく分からない。
俺の言語力ではなんか凄くふわふわして甘そう……くらいが精一杯だった。
「あの、そのお荷物……重そうですし、本当に持ちますから!」
立ち話もなんだし、声を掛けてしまった以上は当初の目的通り荷物を持とうと声を掛け直すが、店長は穏やかに首を振る。
「大丈夫ですよ。中身は軽いものばかりですから」
そう言って笑うが、この人はこういう時に無理をするタイプなのを俺は知っている。
「いえ、こう見えても私は探索者ですから、力持ちなんですよ! はい、貸してください」
半ば強引にひったくるように荷物を受け取った――が、そこに想像していた重みはなかった。
「――あ、あれ、ホントに軽い?」
「ふふ、だから言ったじゃないですか。――それにしても、強引に荷物を取るなんて、見た目と違ってずいぶんとやんちゃなんですね」
天霧のノリで強引に荷物を奪うのはやり過ぎたのだろう。
いたずらっぽく目を細めてこちらを覗き込む店長の視線が、やけに鋭く感じる。
「あ、あの……ごめんなさい!」
「いいえ駄目です、許しません。……罰として、ついてきてくださいね?」
慌てて粗相を詫びるが、店長は聞く耳持たずのようで、俺はそのまま店長の後をついて歩き出した。
歩くこと数分、スタッフ専用のバックヤードを通って到着したのは、天霧としてのバイト先である、喫茶【イブニング・ルー】だった。
「はい、お疲れ様でした。ふふ、荷物を持ってくださってありがとうございます。荷物はそこに置いておいてくださいね」
「は、はい。それで……これはいったい……?」
ここに連れてこられた状況を飲み込めずにいると、店長は可愛らしくウィンクをしながらこちらを振り返った。
「ごめんなさい。荷物を持ってくれたのが嬉しかったから、お姉さん、感激してイタズラしちゃいました」
唖然としている俺の腕を引いて、店長はバックヤードを抜けて店内へと進んでいく。
「それじゃ持ってきてくれたお礼をしなきゃいけませんね」
そう言って店長は俺を席まで案内して、メニュー表を渡してきた。
時間が遅いせいか、客もほとんど入っていないようで、増田さんが一人で客を捌いている姿が目に入る。
「あの、私が勝手にやったことですし……こんなに良くしてもらう必要は――」
「さっきも言いましたけど、お姉さん感激しちゃいました。なので、そのお礼です。……ちなみにオススメはオムライスですよ?」
やはり席を立って帰ろうとするが、店長は俺に断る隙を与えない絶妙なタイミングで、お冷やのグラスをコトリと置いた。
そのまま流れるようにメニュー表を開き、オムライスのページを満面の笑みと共に押してくる。
(そういえば店長はこういう人でもあったっけ……)
店長の性格からして、受けた恩は必ず返す。そこに恩の大小は関係ない。
これは何か注文するまで帰してくれないと悟った俺は、結局、店長特製の絶品オムライスを堪能してから家に帰ったのだった。
碧依「あれ、今日のご飯……美味しくなかったかな……?」
天霧「い、いや!? 今日も美味しいぞ! ――ほら、おかわり! (うっぷ)」
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