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第46話 ドタバタバイトと、報告の行方

「おはようございま……す?」


 朝の支度を終えて喫茶【イブニング・ルー】に出勤したのだが、バックヤードから抜けると店長や大貫さん、増田さんといった顔ぶれが一斉にこちらを見やった。


 その瞳は獲物を見つけた猛獣のように、あるいは待ち人来たると言わんばかりに輝いている。



「あの、3人とも……どうしたんですか?」


 三人から向けられる初めての反応に、扉前でたじろいでしまう。

 思わずスマホを見るが、まだ開店前で遅刻をしたわけではない。


 そんな俺を余所に、大貫さんが他の二人に目線を配らせたあと、まるで代表するかのようにこちらに近づいてきた。



「もーパイセーン、遅かったじゃないですかー。……それとも、騎士様って呼んだほうがいいですかー?」


「え、えええ!? なんでそのこと知って――」


「あー! やっぱり動画のあの騎士様って、ももやんパイセンだったんですねー! 驚きですー」


 俺が大貫さんの言葉に反応した途端、思った通りだったと言わんばかりに詰め寄られた。

 その瞳は興味津々といった風に輝いている。


 (――しまった! カマをかけられたのか)


 普段の俺の姿を知る人たちからすれば、あんな姿は想像できなかったのだろう。

 大貫さんを皮切りに、増田さんに店長までもがここぞとばかりに距離を詰め、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。



「あら〜、桃谷くんもやるわね〜! 抱っこしてた女の子はやっぱり彼女さんかしら?」


「も、桃谷くんって彼女さんいたの!? 私知らなかったよ!?」


「ちょ、ちょっと!? 3人とも近いですってば! あと彼女じゃなくて、妹です! 妹!」


 後輩系の金髪ギャルに、大人の魅力がムンムンな増田さん、極めつけはティアよりもさらに小さい店長と……

 それぞれタイプの違う美人に迫られて顔が真っ赤になりながらも、どうにか言葉を振り絞る。


「へー?」


「あら〜、妹さんだったのね? おばさんつまらないわ」


「……そ、そっか。 妹さんだったんだね!」


 俺の言葉を聞いた三人は、それぞれ三者三様の言葉を投げながら離れていく。


 (驚いた……今朝方碧依がバズってるとか言ってたけど、こんな身近な人たちにまで知られていたなんて思わなかった)


 その後もなぜあんな状況になったのか、そもそもいつから探索者をやっていたのかと執拗に問い質されたが、開店時間が迫っていることを盾にして何とかその追及を逃れることができた。



 ――因みに、このあとやってきた常連さんから「よう、騎士様じゃねぇか! 注文頼むよ」と散々イジられたのは語る必要もないだろう……



★✫★✫



「疲れた……」


「お兄ちゃん、お疲れだね。 大丈夫?」


 ある意味箱根ダンジョン開放初日のバイトより疲れた俺は、帰宅して早々テーブルに突っ伏してしまう。

 そんな泥のような俺を見かねた碧依が流れるように肩を揉んでくれる。


 やはり俺の妹は天使なのだろうか。

 その翌日、天使な妹パワーですっかり復活した俺は、箱根ダンジョンを更に攻略するために家を出た。



キャラクター選択(メイクアップ)……よし、今日も可愛いな」


 習慣とは恐ろしいもので、公園での変身もすっかり慣れたものだ。

 鏡の前で身体を左右に捻り、おかしなところがないか確認した俺は笑顔で公園を出た。



 ティアの姿でギルドへ向かって歩き出すと、ふと視界の端で、ふわふわと空へ浮かんでいく風船が目に入る。


 その下に視線をやると、小さな男の子が空に手を伸ばしながら叫んでいた。

 うっかり風船を手放してしまったのだろうか、その声は今にも泣き出しそうで、隣に立っている母親と思しき女性が慰めるように頭を撫でている。



「――はっ!」


 その光景を見るが早いか、走り出した俺は風船目掛けて全力でジャンプをする……

 が、届かないので少しズルをする。


「……浮遊する身体(エンジェルリフト)


 浮遊魔法を唱えた俺はぐんぐんと上昇を続ける風船に何とか追いつき、紐を捕まえたところでそのまま綺麗に着地した。



「うわー! お姉ちゃんすごーい!!」

「――あ、ありがとうございます!」


 泣きそうだった声はどこへいったのか、駆け寄ってきた男の子は興奮に満ちあふれた様子で跳びはねている。


 対する母親は、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情で見ていたが、すぐにハッとなりお礼の言葉を向けてくれた。



 そんな両極端の親子の様子に苦笑した俺は、男の子の目線に合わせて片膝を付いて風船を手渡した。


「もう離しちゃダメだよ?」


「うん! お姉ちゃんありがとう!」

「本当にありがとうございました。それじゃ帰ろうね」


 男の子を一撫でしたあと、離れていく親子に笑顔で手を振り続ける。

 そんな俺に背後からおばあさんの優しい声が掛けられる。

 

「あら、ティアちゃん。また人助けかい?」


「あ、いえ、これくらいは人助けと言うほどでもありませんよ」


 俺は胸の前で両手をパタパタと振り、謙遜するように首を横に振った。

 ――と、最近はこんな感じで色々と人助けのようなことをしているせいか、ティアのことを知っている人が増えてきている。



 そんなやり取りを挟みながらも、箱根ギルドへ到着した俺は気合十分に入場ゲートへと並ぶ。


「お待たせしました。探索者カードを提出してください」


「はい、どうぞ」


 いざ自分の番になり探索者カードを提出した途端、受付嬢が作業の手を止めこちらを見上げてきた。



「ティアさん……ですね。申し訳ありませんが、入場する前にギルドの応接室へとご案内させていただきます」


「――は、えっと?」


「すぐに係の者が参りますので、そのままお待ち下さい」


 受付嬢さんが何やらボタンを押したかと思えば、すぐさまスーツをバッチリ着こなした妙齢の女性が現れた。


「ティア様ですね? 重要なお話がありますので、どうぞこちらへ」


「は、はい」



 突然の事態を飲み込めずにいる内に、あれよあれよと、俺はその人に連れて行かれた。



「あ、あの……これは一体」


 ギルド職員専用のエレベーターに乗せられ、最上階手前で通されたのは静謐せいひつな空間だった。

 床に敷かれた厚手の絨毯や、壁に飾られたよく分からない置物は、恐らくどれも一級品であることを無言で主張している。


「急にお連れしてしまい、申し訳ございませんでした。どうか怯えずにお掛けください。……この度は、前回のティア様のご報告の件でお話がございます」



 どうやらカラミティウルフの件らしい。

 俺は促されるまま、目の前のソファーへ恐る恐る腰を下ろした。

 予想以上に深く沈み込む座り心地の良さに一瞬戸惑ったが、すぐに居住まいを正して話の続きを待つ。


 そんな俺の様子を見てスーツの女性は一つ頷き、俺の報告がギルド内でどう扱われたのかを説明し始めた。

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