第17話 箱根ダンジョン解放初日……のバイト
碧依が家に来てから三日経ち、時刻は朝の6時55分。
俺はいま、箱根ダンジョンのギルドホールにあるバイト先の喫茶店にいる。
長いようで短かった一週間が過ぎ、ギルドホールに移設する工事は問題なく終わり、今日から箱根ダンジョンが一般開放される。
完成したギルドホールは相模原ダンジョンと同じようにとても大きく、朝早くだというのに関係者入り口から入る時には、すでに外には多くの行列があった。
一週間振りだからか、それとも外の熱気に当てられたのか、周囲のバイト仲間は少し緊張した面持ちを浮かべている。
「みなさん、いよいよ今日から箱根ダンジョンの開放日です。初日ということもあり、とても忙しくなると思われます。」
パンパンと店長が手を叩き、周囲の目線を集め開店前の挨拶をしてくれる。
店長は皆の緊張を解すように、落ち着いた声でゆっくりと言葉を続ける。
「計測の結果、箱根ダンジョンはAランク認定を受けています。それでもいつも通りの接客、いつも通りの調理、いつも通りの配膳を心がけて、慌てずに取り組んでくださいね」
先ほどの店長の言葉通り、箱根ダンジョンは計測の結果、五十層以上あることが分かったそうだ。
ダンジョンのランクは、そのダンジョンがどこまで続いているか――つまり最深部の階層数によって分けられている。
ダンジョン丁の基準では、こんな感じだ。
Fランク:1〜5階層
Eランク:6〜9階層
Dランク:10〜19階層
Cランク:20〜39階層
Bランク:40〜49階層
Aランク:50〜59階層
Sランク:60階層〜
ただし、現在の技術で正確に確認できるのは五十層までだ。
そのため箱根ダンジョンは、Aランク認定されたというわけだ。
もしかしたら六十階層を超えてSランクなんてこともあるかもしれないな。
「それにぶっちゃけちゃうと、一番忙しいのは上のフードコートとか、アパレル関係だと思います! フードコートは約1,000席、うちはなんと30席です。それに比べたら余裕ですね」
店長の自虐的なボケで空気が一気に和む。
皆の緊張が解けてきたのか、表情が柔らかくなる。
「それと、なにか問題があったら、私かバイトリーダーの桃谷くんにすぐ相談してくださいね。それでは今日も一日よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
店長の締めの言葉と同時に開放時刻となり、一気に人がなだれ込んでくる!!
――が、うちに入ってくるお客様は数名程度、元々の常連さんたちだ。
大勢の人が一体どこに行ったのかと見れば、殆どはダンジョン入場カウンターへ直行し、それ以外はエスカレーターやエレベーターに乗り、上の階へと一目散に目指していた。
店長のボケ通り、いや読み通りにアパレル雑貨やフードコートに向かったのだろう。
ギルドホールには世界的に有名なブランドや料理店が軒を連ねているからな。
その他にも映画館に、書店、ゲームセンターなんてものも一週間で建つ始末だ。
……なんて考えている余裕があったのも、お昼前までだった。
お昼時が近付くに連れ、一気にお客様が流れ込んできて満席の札を出すことになった。
どうやら1,000席のフードコートでも捌ききれなかったらしい。
俺はバイトリーダーとして、厨房にもホールにも顔を出し、人手が足りない所を優先して動いていく。
いまは厨房で店長と一緒に軽食を作っている。
「ももやんパイセーン、オーダーお願いしまーす」
「了解! あ、大貫さん、これ6番テーブルにお願いね」
「はーい。持っていきまーす」
俺のことを、ももやんパイセンと呼ぶこの子は、バイト仲間の大貫さんだ。女子大生で普段はお昼か夕方からシフトに入るのだが、今日は朝から来てくれている。
その大貫さんが、オーダー用紙をカウンター脇に置くのと同時に、出来上がった料理を配膳してもらう。
今度は会計が詰まり気味なのでそちらのサポートに向かう。
どうやら会計方法でトラブルらしい。
「増田さん、お客様のご対応変わります。」
「ああ、ごめんね桃谷くん。お願いしてもいいかしら、こちらのお客様がポイポイでのクレジットカード払いを希望しているんだけれど……」
増田さんは、うちの頼れる最年長パートさんだが、機械が苦手なのが玉に瑕だ。
画面を見ると残高不足と表示されていた。お客様に少し操作を直してもらい再度試すと、無事に会計が完了する。
支払い方法がポイントだったから残高不足と表示されただけだ。クレジットカードで支払う場合、残高不足とは表示されないからな。
「ありがとうね桃屋くん。私、支払いはいつも現金だからああいう時よく分からなくなるのよね」
「いえいえ、あとはお任せしますね。店長が大変そうなので俺は厨房に戻ります」
店長が目を回しながらオムライスを作っている姿が目に入り、すぐにサポートに入る。
結局、この忙しさは閉店時刻の21時まで続き、こうして喫茶【イブニング・ルー】史上初の忙しさを誇る一日が終わったのだった。
★✫★✫
「た、ただいまぁ……」
「お兄ちゃんお帰り〜って、大丈夫?」
疲労困憊で家に帰った俺は、碧依に出迎えられる。
「お兄ちゃん、お疲れだね。ご飯できてるけど食べる?」
「食べる! もうおなかペコペコで死にそうだったんだ」
碧依の美味しいご飯に舌鼓を打ち、元気を取り戻す。
帰ったら出迎えてくれる妹が居て、こうして美味しいご飯まで用意されている。
更には温かいお風呂まで用意されていて、疲れなんて簡単に吹き飛んでしまった。
そのまま碧依と他愛ない雑談をし、気づけばもう日付が変わろうとしている。
碧依は寝室に戻り、俺はリビングに布団を敷いて寝る準備を始める。
そのまま布団に入った途端、強烈な睡魔が襲ってきた。
気持ちの疲れは吹き飛んだが、やはり身体の疲れは誤魔化せなかったらしい。
「明日は土曜日だし、俺も箱根ダンジョンに、潜る……ぞ……」
俺は薄れ行く意識の中で、明日の楽しみを胸に眠るのだった。
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