第12話 これからの方針と事後電話
――いま、俺は悩んでいる。
喫茶店のバイトを辞めて、本格的に探索者になるか否かを、だ。
正直、昨日の相模原ダンジョンは衝撃でいっぱいだった。
自分の身体が、まるでアニメやゲームのキャラクターのように、思い描いた通りの動きができたことに。
あの力を惜しみなく使えば、世界一の探索者になって億万長者になれるかもしれない。
実際、探索者は儲かる職業だと言われている。
毎日豪遊したり、趣味のゲーム開発だって、金に物を言わせて有名どころの人材を揃えれば、超一流のゲームも作りたい放題だろう。
……でも、本当に世界一の探索者なんてものになってしまったら、当然行動の制限もあるだろう。
そうなれば趣味の時間なんて取れないだろうし。
それに、今のバイトも楽しいんだよな。店長は優しいし、バイト仲間も良い子ばかりだし。
しかも来週からは、環境が変わって色々と大変になるだろうから、支えてあげたい。
朝からベッドの上でうんうんと唸り続けて1時間、ある答えを捻り出す。
「そうだよ。両方やればいいんだよ!」
俺が出した答えは、どちらも選ぶことだった。
桃谷天霧としての俺は、このままバイトを続けていつも通りの日常に居る。
そしてティア・ロゼッティとしての俺は、探索者として活動し金を稼ぐ。
別人になれるスキルを持つからこそ、選べる選択だ。
やりすぎないように自重はするつもりだけど。
「あ、でもゲーム制作は趣味だし、金に物を言わせるって考えだけは止めるか」
自分の力で自分が納得できるものを作るのが、趣味ってものだからな。
「うん。バイトも続けながら探索者として金稼ぎ。決まりだな!」
決めるや否や、忘れていた腹の虫が合唱を繰り広げる。時計を見ると11時、もうお昼だ。
適当になにか食べようと思ったが、冷蔵庫には何もないのでコンビニへ向かう。
自転車を走らせながら、ふと思い出す。
昨日の女の子は大丈夫だっただろうか。
結局、ギルドホールの救護スペースに送り届けたあとも、あの子は起きなかった。
外傷は無かったし、問題ないと思うんだけど……。
助けた以上、起きるところまで見届けてあげようと思っていたのだが、奇異の視線があまりにも気になってしまい、堪らず逃げるように出ていってしまった。
ギルド職員さんたちからも、あなた誰ですかって困惑の視線を向けられてしまったし……
そりゃダンジョンから受付もしてない魔法少女コスの女の子が、女の子をおんぶして出てきたら驚くよな。
まあ悪いことはしてないし大丈夫だろうと、雑な結論を出し、コンビニ弁当を適当に買って帰宅した。
★✫★✫
俺は唐揚げ弁当をつつきながら、バイトのグループレインを確認していく。
前回の反省を活かして、これからはこまめに確認しようと思う。
……あ、確かに三日前に店長が一週間の臨時休業を報告してた。
その他には、新コスメの使い心地とか、ドラマの主題歌が神曲とか、可愛い新人LD配信者を見つけたとかの雑談が大半を占めているな。
遡って見ていくと本当に雑談が多い。うちのバイト連中の絆の固さは、こういう所で培われているのかもしれない。
「とりあえず過去1週間分遡ってみたが、重要なのは臨時休業の件だけだったか」
俺は、気づけば空になっていた弁当を片付けようと席を立つ。
その時、スマホに意外な人物からの着信が入る。
「父さんから?」
珍しいな、いつもは俺からかけるか、母さんからかけてくるかのどちらかなのに。
『もしもし、父さん? どうしたの? 電話なんて珍しいね』
別に家族仲が悪いわけではないので、俺は普通に着信を取る。
『碧依がそっちにいくことになった……』
正月振りに聴いた父親の第一声が、死んだようなテンションでの事後報告だった。
うん、分からん。
『いやいや、よく分からないんだけど? 碧依がこっちくるってどうして? なにかイベントでもあるの?』
碧依というのは俺の妹だ。歳がひと回り以上離れているせいか、ケンカもしたことがない。
『そうじゃない。そっちに住むらしい……高校がお前の家から通えるからって……』
……寝耳に水どころかもはや噴水レベルだった。
確かに碧依は今年から高校に通うはずだが、地元である東京の高校に通うんじゃなかったのか?
『は? なんの話してるの? 正月に帰ったとき、地元の高校に進学するって碧依が言ってたじゃん』
『あの話は嘘だったようだ……正直に話したら俺が反対するからって……母さんもグルだった……』
父さんは碧依のこと溺愛してるからなぁ……
未だに碧依は目に入れても痛くない! とか平気で言う人だし。
うん。俺でも分かる。絶対反対するわ。
『でも正直に話してたら反対してたでしょ?』
『当たり前だ!!』
『そんな背景にドンッ!! って擬音が見えそうな言い方しなくても……ってちょっと待って? それ俺の部屋に碧依が住むってこと?』
『だから最初からそう言っているだろう。お前のところ1LDKなんだから、まだ部屋が余ってるだろ?』
いきなりそんな事言われても正直困る。
碧依が小学四年生の時に、俺が神奈川で一人暮らしを始めたから、今や年一ペースで正月の時に話すくらいの関係だぞ?
『ねえ父さん、俺にも一応プライベートというものがあってだよ?』
『なんだ天霧、彼女と同棲でもしているのか?』
うぐっ、彼女いない歴=年齢の男の痛い所を……
いや、この際乗ってしまうか?
『――うん、実はそうなんだ。まだ付き合って一ヶ月なんだけ『連れてきなさい』ど……』
凄い食い気味で入ってこられた……負けるな俺! 嘘を突き通せ!
『いやいやいや、何言ってるのさ。さっきも言ったけどまだ付き合って一ヶ月なんだってば。実家に呼ぶとか早いって』
『お前こそ何を言ってるんだ? もうあと2年で30歳だろう。まさかその歳で遊びの恋愛をしているなんて、巫山戯たことを言ってるわけじゃないだろう? その方の年齢は?』
『あ、えっと……2、25歳?』
俺は咄嗟に店長の顔を思い浮かべ、その年齢を口にしてしまった。ごめんなさい店長! 俺にとって一番年齢が近い女性の知り合いが、あなただけだったんです。
『なるほど、お相手方もその年齢で今から付き合うのならば、遊びのはずがない。付き合って一ヶ月で同棲しているのがその証拠だ。……そうかそうか、遂に孫の顔が見れるのか。長かったなような、短かったような』
『……ごめんなさい! 嘘です!!』
流石に無理だった。この嘘を貫き通す鋼の心を、俺は持ち合わせていなかった。
そんな感極まった声で孫の顔とか言われたら無理だよ……
『そうか、まあ分かっていたがな』
演技かい!! とんだ名役者だよ!
『それで、部屋が余ってるなら碧依1人くらい面倒見れるだろう? 当然碧依の生活費諸々は振り込むから、そこは安心してくれ』
そりゃ部屋は余ってるけど、もう正直に気まずいって話すか。
『いや、金はそこそこ蓄えてるからそれは大丈夫なんだけど、そうじゃなくて、俺が心配してるのは碧依と気まずくならないかなって……だってもう5年近くもまともに話してないんだよ?』
我ながら28歳にもなって、なんとも情けない告白だろうか……若干の気恥ずかしさを感じていると、父が軽く息を吐きながら口を開く。
『大丈夫だ。碧依はお前の妹だ。家族だ。お前はまともに話していないと言うが、それでも毎年ちゃんと顔を突き合わして話しているじゃないか。だから大丈夫だ』
『そうは言うけど、三が日だけ話すのと、毎日話すのとでは意味が違ってくると思うんだけど』
『だから大丈夫だと言っているだろう。大体俺よりお前のほうが明らかに懐かれているというのに……ぐぬぅ、俺の方が一緒にいる時間が長いのに、何故だぁ……』
なんか父さんが血涙を出してそうな声色で、後半なにかをボソボソ言っているのだが……声が小さすぎてよく聞き取れないな。
『ちょっと父さん? 何ボソボソ言ってるの? 怖いんだけど』
『コホン。とにかく大丈夫なものは大丈夫だ。それに、お前も気まずいだけで、嫌というわけではないのだろう? だったら高校3年間くらい一緒にいてやれ。碧依は5年間、お前のことを忘れてなかったぞ? 毎年お兄ちゃん、そろそろ帰ってくるかなぁ? って天使のような顔で私と母さんに聞いてくるんだぞ!』
今度は後半急にテンション高くなって怖いんだけど……
でもそうか、碧依は毎年俺を待ってくれてたのか。なんていうか、素直に嬉しいな。
そこまで言われちゃ、これ以上グダグダ言うのは情けないってもんだよな。
『うん。分かったよ。そういうことなら碧依一人くらい、兄として面倒見てあげるよ』
『そうか。お前なら最後にはそう言うと始めから分かっていたぞ。……いいか天霧、くれぐれも、くれっぐれも! 碧依に悪い虫が付かないように、目を光らせておくように』
親バカここに極まれり、だな。
高校生なんだから恋愛の一つもさせて上げたら良いのに。
いやでも、確かに変な男に引っ掛かって悲しむ碧依は見たくないな。
……父さんほどではないけど、俺なりに目を光らせておくか。
『うん、それも了解。それで結局碧依はいつごろ家に来るの?』
『明日だ』
『……え?』
1LDKの部屋に、乾いた俺の声が虚しく木霊した。
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