第10話 赤羽灯里(前編)
「ふぅ……」
私、赤羽 灯里は、少しだけ緊張を含んだ息を吐く。
ベッドから起き、部屋の明かりを点ける。
もう何度もしたけど、もう一度だけ装備品のチェックをしておこう。
「武器よし、盾よし、ジャージとプロテクターよし、リュックよし、ポーチよし、LDカメラよし、探索者カードも……うん、大丈夫」
こうして何度も確認して気持ちを落ち着かせる。
明日は初めてのダンジョンなんだ。いい加減そろそろ寝ないと。
ベッドに戻り、部屋の明かりを消す。
「ふぅ……頑張れ、わたし」
自分で自分を鼓舞し、無理やり目を閉じる。
私の意識はやがて途切れた。
★✫★✫
朝、目が覚めた私は直ぐにお風呂に入り、気分をリフレッシュさせる。
昨日の緊張感が消えたわけじゃないけど、少し気持ちが楽になった気がする。
お風呂から上がった私は、朝ごはんを食べ、適当にお気に入りの服を着て、昨日チェックした荷物を全てリュックに詰め込んで家を出る。
向かう先は、家から一番近い相模原ダンジョンだ。
電車とバスに揺られ、相模原ギルドに到着した私は、スマホを取り出し時間を見る。
時刻は10時30分だ。待ち合わせまであと30分ある。
少し早く着いてしまったけど、着替えの時間を入れれば丁度良いと思う。
「えっと、更衣室、更衣室……あった」
殆どの探索者は、ダンジョンに入る前に装備を整えるべく、ギルドに設置された更衣室を利用する。
女子更衣室であることをしっかりと確認してから中に入り、空いているロッカーに向かう。
「へぇー、シャワーもあるんだ」
更衣室にはシャワーも併設されているようだ。ダンジョン帰りに浴びていこうかな?
私はそんなことを考えながらジャージに着替え、盾を腕に、剣とポーチを腰に装備する。
「プロテクターも付けたし、変じゃないよね?」
最後にプロテクターを装着して、鏡の前で少し体を左右に捻り、確認する。
ジャージにプロテクターという時点で、正直初心者丸出し装備だから、変とか気にするのが変かもだけど。
私だって女の子なんだから、出来るなら可愛い装備で身を包みたい。
でも今はお金だ、とにかくお金が必要なんだから、まずは探索者としてやっていけるかを見極めないと。
着替え終わった私は、女子更衣室を出て時間を見る。
「待ち合わせまであと15分、そろそろ連絡しようかな」
私はスマホから探索者マッチングアプリを起動する。
これは民間が配信しているアプリで、探索者たちの間では必須アプリだと、ダンジョン講座の時に習ってインストールした。
探索者ランクや、ダンジョンに入った回数、頻度、使用武器や戦闘スタイル。
そういった様々な自分のプロフィール情報を記入して、誰かが募集しているパーティに入ったり、自分でメンバーを募集したりできる便利アプリだ。
今回は初心者限定という条件を設定して検索したら、全員女性の初心者パーティを見つけたので、私もそこに参加した。
パーティメンバーは私を含めて四人。初心者だけでも四人いればダンジョン1〜2層程度なら大丈夫、とダンジョン講座で言われたから問題はないはず。
「あれ? メッセージがきてる、みんなもう着いたのかな?」
まだ15分前だけど、 みんな気合が入っているのか、それとも私みたいに緊張して早く来ちゃったのかな?
とにかく頼もしいと思いながら、私はメッセージを開く。
「……え?」
メッセージには、直前になって怖くなったからやっぱりやめる。という内容が三人からきていた。
「どうしよう…………」
ここまで来て今更帰るわけにもいかず、途方に暮れていると、背後からの声が掛かった。
「ねぇ、君どうしたの? さっきから困ってるみたいだけど」
「困りごとなら、俺たち力になるよ」
「うんうん、君、格好からして初心者でしょ」
後ろを振り返ると、いかにも探索者然とした装備に身を包んだ若い男性の三人組がいた。
「あ、えっと、私……パーティ組んでたんですけど、みんな直前でキャンセルしちゃって」
男性は少し苦手だけど、無視するわけにもいかないから、私は素直に答える。
「あー、あるよね。ドタキャン」
「俺も初心者だったころされたわ〜」
「じゃあ君、いまフリーってわけなんだ? それなら俺たちと一緒に入ればいいじゃん」
三人組の男が、私をパーティに入れてくれると提案するが、会ったばかりの男性しかいないパーティに入るのは絶対に無理だ。
それに、さっきから三人とも視線がいやらしい気がする。
「あの、私――」
私は、嫌な予感がするので断ろうとすると、その気配を察したのか三人組が私の言葉を遮って喋ってくる。
「いいじゃん、別に、まさかソロで潜るわけじゃないでしょ? ほら行こうよ」
「そうそう、ソロは危ないよ〜。ダンジョン講座で言われたでしょ? ダンジョンは四人パーティが基本って」
「君可愛いからさ、俺らマジ全力で守るよ。今日は6層まで下りる予定だからさ、先輩探索者の動きとか勉強になると思うよ」
凄い勢いで気圧されそうになったけど、ちゃんとしっかりと断らなきゃ駄目だ。
「あの! 結構です。私、もう帰りますから」
私は勇気を出してハッキリと断り、そのまま踵を返す。
「え、ちょっ!」
「おい! せっかく手を貸してやるって言ってんだぞ!?」
「こんなチャンスもうないぞ!?」
後ろから追ってくる気配を感じたので、私はそのままギルドの更衣室に戻る。
流石に女子更衣室にまではついてこれなかったようで、5分ほどで気配は消えた。
「ふう……怖かった」
最初は経験者がいるパーティを探していたんだけど、足を引っ張ったりするのが怖くて。
だったら全員が初心者ならそんな心配もないって、そう考えたのが駄目だったのかな……。
それにさっきは、つい方便で帰ると断ったが、このまま帰るつもりはない。
ソロが危険なのは百も承知だけど、それでもダンジョンでお金を稼がないと駄目なんだ。
私は更衣室を出て、入場カウンターまで向かう。
「え? なんでまだいるの……」
そこには先ほどの三人組の男たちが、入場ゲートの近くにいた。
「まさか、私を探しているの?」
おそらくそうなのだろう。怖い顔で入場ゲートに近づく人を見ている。
あんな断り方をしたから逆恨みでもされてしまったのかもしれない。
「はやくどこかに行ってよ……」
男たちは長い間粘り、かなりの時間が経過した後、漸く諦めたのかその場を離れた。
私はほっとし、軽く息を吐きながらスマホで時間を確認する。
朝早くから家を出たというのに、結局夕方近い時間になってしまった。
少し予定は狂ってしまったけど、元々一時間程度を予定していたし、今から入っても晩御飯までには帰れる。
「よし、行こう!」
気を取り直して、私は入場カウンターで受付を済まし、ダンジョンに入った。
「この辺りでいいかな? よいしょっと、LDカメラ起動……配信開始」
早速、ダンジョン入り口近くの場所で、私は配信を開始する。
私の言葉に反応してLDカメラが起動し浮き上がる。
そのまま私の前で止まり、配信が開始される。
「あー、あー、チェックチェック。ちゃんと配信できてるかな……?」
配信できているか確認のためにマイクテストをしていたら、私の視界右下隅辺りにあるコメントウィンドウに反応がある。
ウィンドウを見ると、早速リスナーさんがやってきて、「問題ないよ」「聞こえてるよ」とコメントをしてくれたようだ。
「あ、ありがとうございます! ちゃんとできてるみたいで安心しました」
私は一つ深呼吸して、カメラに向かい話しかける。
「こんあか〜! 皆さん初めまして、あかりちゃんねるの新人LDライバーことあきゃりで…………あ、あかりです! よろしくお願いします!」
自己紹介から噛んでしまった! は、恥ずかしい……。
「今日は、相模原ダンジョンにきています。初めてのダンジョンで緊張してるけど、頑張るから観ててくださいね! それじゃ、しゅっぱ〜つ!」
自己紹介も程々に、私は歩みを進める。
まだ配信したばかりだけど、同接、いわゆるリスナーが20人もいる。
人気配信者の同接は万単位が普通だから、私なんてまだまだって分かっているけど、無名な私を見に来てくれているんだ。そう考えると、凄く嬉しくなる。
暫く探索していると、コメント欄に流れてきた文字が目に入る。
「か、可愛い、ですか? ありがとうございます。えっと、パーティメンバーはいないんですか? うん。本当は四人の予定だったんだけどね、ちょっと事情があってソロで潜ることになったの」
探索中は、こうしてリスナー達と雑談をしたりもする。こういった時間もLD配信の醍醐味だ。
最初は緊張して私も敬語だったけど、だんだん慣れてきて口調も砕けてきた。
「ソロが危険なのは私もよく知ってるよ〜。ダンジョン講座のおじさんに口を酸っぱくして言われたもん。でも――ねぇ、いま向こうから音が聞こえなかった?」
雑談中に、奥の通路からジャリっと物音がした。
コメント欄も少しざわつき、緊張が走る。人かモンスターか……。
私は少し腰を落とし、剣を構える。モンスターならあのモンスターのはずだ。
数秒後、ツノウサギが姿を現した。
「ツノウサギ……別名初心者殺し、だよね。初めての実戦、みんな応援しててね」
ツノウサギの特徴は、強靭な脚力から放たれる鋭い角を使った突進攻撃。
でも対処法さえ知っていれば、実は大した相手じゃないとも言われている。
私はツノウサギを見続け、攻撃の機会を持つ。
私が攻撃しないからか、ツノウサギの方から動き出した。
グッと踏み込む動作を見せ、そのまま私に向かって跳ねてくる。
「この瞬間を待っていたよ!」
ツノウサギの突進に合わせ、私は一歩横に移動する。
さっきまで私が居た位置にツノウサギがやってきたので、私はそのまま剣を振り下ろす。
空中にいるツノウサギは、私の攻撃に為す術もなく、そのまま無防備な背中を一刀両断にされる。
「ふう……やりました! ブイ!!」
ツノウサギを問題なく倒した私は、カメラに向かって笑顔でポーズを決めた。
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