裏方聖女は逃げ出した!~利用されるだけなので転職します!誰が仕事してたか今更気付いてももう遅い!
「ルネ、君は最近評判が良くない」
中央神殿の薬草園の巫女である私、ルネは、神官長に呼び出されました。
神官長は苦虫を噛み潰したような顔で私にお説教を始めました。
「君は皆に冷たく当たっているそうじゃないか」
「……は?」
私は思わず真顔で、神官長に問い返しました。
「冷たいって、どういうことですか?」
「君は非協力的で、空気を悪くしているだろう」
「彼女たちの仕事まで手伝う余力がありませんので、お手伝いの依頼をお断りしているだけです。自分の仕事はやっています」
私がそう答えると、神官長は不愉快そうに眉を歪めました。
「ルネ、君は聖女セラフィナ様に目を掛けられているからといって増長しているのではないかね」
「……」
私はたしかに、聖女セラフィナ様に目を掛けられている巫女でした。
それはそれは、とてもとても、目を掛けられていました。
聖女見習いだったセラフィナ様が、聖女となり、この中央神殿でお勤めすることが決まったとき。
私も一緒に行けるようにと手配しくださったほどに。
「傲慢と怠惰は、神に背く大罪だ」
……傲慢と怠惰……?
「誰のことですか?」
「ルネ、君のことだ」
「……」
私が……?
「態度を改める気がないなら、君には神殿を出て行ってもらうぞ。皆に迷惑をかけるんじゃない」
神官長は厳しい表情で言いました。
「君程度の光魔法の使い手は珍しくもない。代わりはいくらでもいる。君がこの中央神殿にいられるのは聖女セラフィナ様の温情あればこそだ。セラフィナ様のお優しさにいつまでも甘えていられると思わないことだ」
私が?
優しさに甘えていると……?
「ルネ、君がその調子ではセラフィナ様もいつか愛想をつかすことだろう。そうなる前に己の行いをふりかえり態度を改めなさい」
――プチン。
私の中で、今まで張りつめていた何かの糸が切れました。
「解りました。神殿を出ていきます」
私がそう言うと、神官長は少し面食らったような顔をしました。
「どういう意味だ?」
「巫女をやめて還俗するという意味です」
「光魔法しか取り柄がなく、人付き合いも満足にできない娘が、神殿を出て生きていけると思うのかね?」
神官長は私を見下すようにして言いました。
「世間は甘くはない。君のような世間知らずの娘が市井で一人で生きていくのは無理だ。私も神に仕える身だ。君の不幸を望んでいるわけではない。君が態度を改めるなら許すと、皆も言っている。反省して態度を改めなさい。そして皆の寛大さに感謝することだ」
「態度を改める気はないので、出て行きます」
私がそう言うと、神官長は不愉快そうに眉を歪めました。
「意地を張るのもいい加減にしなさい。君のためを思えばこそ言っているのだぞ」
神官長のその言葉が可笑しく思えて、少し笑ってしまいました。
「ろくに仕事ができず空気を悪くするばかりの私がここにいても、皆様にご迷惑をおかけすることしかできません。私がいなくなったほうが皆様の御為になることでしょう」
何かが吹っ切れてしまった私は、清々した気分で別れを告げました。
「神官長、今までありがとうございました。聖女セラフィナ様によろしくお伝えください。それでは、さようなら」
私はさっさとその場を後にしました。
そして自室に戻り、少ない荷物をまとめると神殿を出ました。
聖女セラフィナ様に別れの挨拶をする気はありません。
きっと引き留められて、面倒なことになるでしょうから。
だって、聖女セラフィナ様は……。
◆
「ルネ、すごいわ!」
私が聖女セラフィナ様と出会ったのは九年前です。
バンクス公爵領の孤児院で育った私は、七歳の洗礼式のときに光魔法の才能が発見されました。
そのため私は巫女として取り立てられて神殿へ送られました。
回復薬の原料となる薬草は光魔法を注がなければ育ちません。
そのため神殿は光魔法の才能のある娘たちを集め、巫女として登用して薬草の栽培をさせていました。
「ねえ、あなた、手伝ってちょうだい……」
七歳で薬草園の巫女となった私は、ある日、セラフィナ様に声を掛けられました。
セラフィナ様はバンクス公爵のご令嬢で、私より一歳年上の八歳でした。
光魔法の素質があったセラフィナ様は聖女見習いとして神殿に通っておられたのです。
光魔法の才能がある娘でも、貴族のご令嬢であれば、土にまみれる薬草園の巫女にはなりません。
光魔法の才能がある貴族のご令嬢は、聖女あるいは聖女見習いとして、神殿が管理する神器に光魔法を注ぐことが仕事でした。
「ルネ、ありがとう!」
私はセラフィナ様に見出されました。
いいえ、見出されたというより、目を付けられたと言ったほうが正確かもしれません。
「ルネ、お願い。この国のためよ」
「はい、セラフィナ様!」
聖女見習いだったセラフィナ様に頼まれて、私は神器に光魔法を注ぐというセラフィナ様のお仕事のお手伝いをしました。
「ルネのおかげよ!」
私がお手伝いをするとセラフィナ様は喜び、私に感謝してくれました。
お手伝いのお礼だといって、セラフィナ様は私にお菓子をくれたり、その他にも色々とプレゼントをしてくれました。
当時の私は、セラフィナ様のお手伝いをすることは嫌ではありませんでした。
むしろ進んでやっていました。
感謝されたりお礼の品を貰えたりすることも嬉しかったですが、その仕事は皆のためで、国のためで、とても良いことだと言われたからです。
皆のために働いて役に立つことは、とても気持ちの良いことでした。
それにセラフィナ様は私をとても頼りにしてくれていて、私にとても感謝をしてくれました。
孤児だった私は、私を気に掛けてくれるセラフィナ様のお手伝いをする日々に幸福を感じたのです。
私がセラフィナ様のお手伝いをしたら……。
セラフィナ様は光魔法の天才としてその名を轟かせるようになりました。
天才と呼ばれたセラフィナ様は、弱冠十歳にして見習いから正式な聖女となり、十四歳になると王都の中央神殿に配属が決まりました。
「ルネ、これからも私を手伝って欲しいの」
「はい、セラフィナ様。喜んでお手伝いいたします」
セラフィナ様のご実家バンクス公爵家の推薦で、私は中央神殿の薬草園の巫女となり、中央神殿の聖女となったセラフィナ様のお手伝いを続けました。
そしてセラフィナ様は十五歳の若さで筆頭聖女にまで上り詰め、王子様と婚約しました。
「ルネ、お願い、ちょっと手伝って」
領地の薬草園の巫女たちは平民でしたが。
中央神殿の薬草園には貴族令嬢の巫女が何人もいました。
中央神殿は王都にあり、貴族が多く集まっていたからでしょうか。
貴族令嬢の巫女たちは薬草に光魔法を注ぐだけの仕事で、土いじりは地方と同じく平民の巫女が行っていました。
薬草園の巫女にはそれぞれに担当する畑が割り当てられていて、巫女たちは自分が担当する畑に光魔法を注いでいました。
しかし……。
「私もう魔力が足りないの。だから手伝って?」
「ルネ、お願いね」
貴族令嬢の巫女たちに頼まれて、私は彼女たちの畑にも光魔法を注ぐようになりました。
やがて。
私は疲労が溜まるようになりました。
自分の担当する薬草畑の世話をしながら、聖女セラフィナ様のお手伝いもしていたので、領地にいるときよりも魔力消費量が増えたからです。
さらに貴族令嬢の頼みは断り難く、つい引き受けてしまったので、ろくに休みがとれなくなりました。
彼女たちの気分を害して空気を悪くしてしまうことが怖くて、私はお手伝いの依頼を断ることができませんでした。
「ルネ、ありがとう」
私がみんなにお手伝いを頼まれて光魔法を注いだ中央神殿の薬草園は、収穫量が倍増し、ポーションの効果も倍増しました。
世間は私が裏方をやっていることは知りません。
だから世間は、聖女セラフィナ様が神器の威力を倍増させ、薬草園の巫女たちがポーションの質と量を倍増させたと思っていました。
世間は、当代聖女と巫女たちをこう呼びました。
――黄金世代、と。
裏方として、聖女セラフィナ様や薬草園の巫女たちのお手伝いをして黄金世代を支えていた私はといえば……。
常に魔力の使いすぎで疲労をためこみ、肌は荒れ、髪の艶もなくなり、目の下のくまも消えなくなっていました。
私がお手伝いしている聖女セラフィナ様はいつでも美しく髪も艶やかで、私に手伝いを頼みに来る貴族令嬢たちも健康的で溌剌としていたというのに。
そんなある日……。
「ルネ、あの不完全な神器は君の仕業だったらしいな」
私は神官長に呼び出され、叱責されました。
神器に注いだ魔力が足りず、事故が起きてしまった件についてでした。
「セラフィナ様が言っていた。あれは君がやった仕事だと」
「……!」
聖女セラフィナ様のお手伝いで、私は神器に光魔法を注いでいましたが。
最近は疲労のため以前のようにたっぷりの魔力を注ぐことができなくなっていました。
魔力が足りず、神器には七割ほどしか魔力を注げなかった、と、セラフィナ様には伝えたのですが。
セラフィナ様は不完全なままの神器を処理済みとして送ってしまったのです。
そのせいで魔獣退治の現場で事故が起きてしまったそうです。
「たしかに私は魔力が足りず、神器を魔力で満たすことはできませんでした。ですが私はそのことはセラフィナ様に伝えました」
神器に光魔法を注ぐ仕事は、本来セラフィナ様の仕事です。
最終チェックも責任もセラフィナ様にあるはずです。
それに私は、神器を満たせるほどの魔力が注げなかったため、その神器がまだ完成していないことをセラフィナ様に伝えました。
セラフィナ様がそれを忘れてしまったことが事故原因です。
「言い訳はやめなさい。聖女セラフィナ様は全て知った上で、君を許すと言っている。素直に謝ったらどうなのだ」
「……セラフィナ様がおっしゃったのですか? 私のせいだと?」
「私は神官長だ。聖女セラフィナ様が事件のあらましを私に報告するのは当然のことだろう」
「……」
セラフィナ様は、自分の失態を私になすりつけたのです。
この時からです。
私がそれまで信じきっていたセラフィナ様に対して疑惑を持ち始めたのは。
一度それに気付いてしまうと。
今までずっと搾取されていたように思えてきました。
そして、さらに……。
「君は自分の畑を半分も枯らしてしまったそうだな」
「それは……、セラフィナ様のお手伝いをしていたからで……」
私はセラフィナ様のお手伝いのため、数日間、薬草畑に魔力を注ぐことができませんでした。
私が畑の世話ができない間は、私の代わりに魔力を注いでおいて欲しいと、他の巫女たちにお願いしていました。
私はいつも彼女たちのお願いを聞いて、彼女たちの畑に魔力を注いでいましたから、こちらのお願いも当然聞いてもらえるものと思っていました。
ほんの数日のことで、私が今まで彼女たちの畑に注いだ魔力に比べたら微々たるものでしたから。
でも彼女たちは、私の畑の手伝いはおざなりにしていました。
そのせいで私の畑は半分枯れてしまったのです。
「君はどうして自分の失敗を他人になすりつけようとするのだ」
神官長は私にお説教をはじめました。
「……」
聖女セラフィナ様の成功は聖女セラフィナ様のもので、聖女セラフィナ様の失敗は私のせい。
私が手伝った他の巫女たちの畑の豊作は他の巫女たちの功績で、他の巫女たちが手伝わなかったせいで枯れた私の畑は私の失敗。
どうして私ばかりが、損を引き受けなければいけないのでしょうか。
私はこの日から、他人の畑の手伝いをやめました。
すると。
他人の仕事を引き受けなくなった私は、冷たいと言われ、私が神官長に叱られました。
聖女セラフィナ様の優しさに甘えるなと。
私に甘えているのは彼女たちです。
だから私は神殿を出ることにしたのです。
裏方の仕事を押し付けられて搾取されるのも、失敗をなすりつけられるのも、嫌になったのです。
◆
私が神殿を出た後。
魔獣被害で国が乱れました。
(そりゃあ、そうよ……)
それまで魔獣退治に必要な結界や神器を作っていた筆頭聖女セラフィナ様の力が急に衰えた、と世間は言いました。
(セラフィナ様のお手伝いをしていた裏方の私がいなくなったものね)
そして。
中央神殿が作っていた回復薬も質と量が落ちました。
薬草園の収穫は半分に落ち込み、ただでさえ薬草が少なくなったうえに、生成されるポーションの質も落ちて効果が薄くなりました。
薬草園の巫女たちの力が衰えた、と世間は言いました。
(あの人たちの薬草畑に魔力を注いでいた裏方の私がいなくなったものね)
黄金世代と呼ばれていた優れた聖女と優れた巫女たちが、急に力を失ったことについて、世間は疑問視をするようになりました。
「チヤホヤされて仕事をさぼっているんじゃないか?」
「聖女セラフィナ様は婚約者の王子と夜会で遊んでいるらしいからな」
突然仕事ができなくなった筆頭聖女セラフィナは、堕落が疑われるようになりました。
セラフィナ様が今でも夜会に出席しているかどうかは解りません。
ですが、私が裏方をしていたころは、セラフィナ様は婚約者の王子にエスコートされて貴族の夜会によく出席していました。
公爵家のご令嬢にして筆頭聖女であるセラフィナ様でしたので、たくさんの招待状が届いていたものです。
夜会に出席していた事実はあるので、セラフィナ様が夜会で遊んでいるイメージが出来上がっているのかもしれません。
私が裏方をしていて聖女の仕事に問題がなかったころは、セラフィナ様を非難する者はいませんでした。
まあ、失敗があっても、失敗は全部私になすりつけていたら、そりゃあ完全無欠の完璧聖女になれますよね。
しかしろくに仕事ができていない現在の状態に、夜会で遊んでいるイメージが付加されたら、批判されるのは当然の流れです。
「王子と婚約して、王子に感化されて堕落したんじゃないか?」
「王子が遊び人なのかもな」
聖女セラフィナの評判が落ちたため、婚約した王子の評判も下がり始めました。
「黄金世代だと持ち上げられていた貴族の巫女たちは、皆、格上の家の息子と婚約できたらしいからな。最初から何か裏があったのかもしれん」
「自分の功績を作るために、裏方で平民を使い潰していたとか?」
「ありそうな話だ」
「そういえば中央神殿の薬草園の巫女は、平民は入れ替わりが激しいと聞く」
黄金世代が力を失ったことで、神殿の影響力も下がり始めました。
それまで中央神殿には多くの寄付が集まっていましたが、寄付はどんどん減っているようです。
魔獣退治をするために、貴族たちは領地の軍備を整える必要が生じましたから、何の力もない神殿にくれてやる無駄金は無いということでしょう。
以前の神官長は、王家にも意見できる政治力を持っていましたが、それも失われたようです。
「王子が聖女セラフィナと婚約破棄したんだって。本当かね」
「ただの噂だ」
「聖女セラフィナは公爵家の娘だから、王子と結婚するだろうよ」
「しかし彼女はただの公爵令嬢じゃない。堕落した聖女だ。そんな女が王妃になれるのかね」
「黄金世代の貴族巫女たちの何人かは、堕落を理由に婚約解消されたそうだ。これは聖女ももしかすると……」
「仮に裏方がいたとしても、結婚するまでは偽装を続けていれば良かったものを。どうして急に止めたのだろうな。……裏方など存在せず、本当に、真の原因は本物の堕落なのか?」
「チヤホヤされて舞い上がって堕落したせいで、女神の力を失ったに違いない」
「裏方で仕事してた平民たちがみんな逃げただけさ」
「だが裏方がいなくなったことが問題なら、裏方を新しく雇えば良いだけだろう。不自然すぎる」
黄金世代と呼ばれた聖女と巫女たちが力を失った事件について、様々な噂が活発に囁かれました。
もともと知名度のあった黄金世代の噂話だったので、話題は沸騰しました。
特に彼女たちが力を失った原因について、様々な憶測が飛び交いました。
裏方を知っている私には、当然の結果にしか見えませんけれど。
聖女様や巫女たちの力が失われたのではありません。
元に戻っただけです。
私が裏方でお手伝いをする以前の状態に戻ったのです。
「貴族の手下っぽい奴らが下町でルネって女を探してた」
「それ神殿の奴じゃないか? 神殿の救貧施設に来てたぞ」
「そのルネって娘が、実は裏方で黄金世代の仕事をしていたとか?」
「裏方の一人というのは有り得るかもな」
「以前の黄金世代の仕事は一人二人の平民にできる仕事じゃないからな」
「もしや……何十人もの平民巫女が神殿の地下に囚われていて……それが流行り病で一斉に……」
「おいおい物騒だな……」
セラフィナ様は、私を連れ戻そうとするだろうなとは予想していました。
だから私は隠れました。
裏方の仕事は二度とやりたくありませんからね。
◆
神殿を出た後、それなりに色々ありましたが。
その一年後の現在、私はなんと、裏通りでカフェハウスを経営しています。
「いらっしゃいませ!」
「ルネさん、今日も元気ですね。いつものカフェを頼みます」
「はい!」
裏通りの小さなカフェハウスですが。
美貌の第二騎士団長エリオット様や、若き宮廷魔術師リロイ様など、王宮で地位のある方々が密かに常連となっています。
彼らが私のカフェハウスに通っているのは、カフェ以外に目的があるからです。
「ルネさん、例のもの、また頼めるかな?」
カウンターの席に座った美貌の若者が、小声で私にそう言います。
市井の青年に変装しているつもりのこの美貌の若者こそ、第二騎士団の団長エリオット様です。
「はい。どのくらい必要ですか」
「回復薬と上級回復薬、あるだけ全部売って欲しい」
「あるだけって……。そんなに必要なんですか?」
「多いほど嬉しい。厄介な魔獣が出るようになってね……」
そう、彼らは、ポーションが目当てでここに通っています。
聖女の力が衰え、神器の威力が落ちた現在。
魔獣の脅威から民たちを守っているのは、騎士団や魔術師たちです。
そのためポーションの需要が高まりました。
しかし神殿の薬草園は質と量が落ちているため、ポーションの供給が足りていないのです。
騎士や魔術師たちは、市井の薬屋を回りポーションを求めるようになりました。
と、いうわけで。
神殿を出奔した私は、早々に商売の好機に恵まれました。
私は薬草を育てる光魔法の才を持ち、製薬も出来ます。
ポーションが良い値で飛ぶように売れているこの時に、ポーションを作って売らない手はないでしょう。
小娘の私がこうしてカフェハウスを開業できたのも、需要が高いポーションを売ってがっつり稼いだからです。
私は今、カフェハウスを経営しながら、副業でポーション作りもしています。
神殿で裏方の仕事をしていた頃に比べたらラクな仕事です。
自分のペースで出来ますからね。
それに。
神殿での私は、裏方として他人のために働き、私の功績は全て奪われ、他人の失敗を押し付けられていました。
ですが今の私は自分のために働いています。
自分の失敗は自分のせいですが、自分の成功も自分のものです。
清々しい気分です。
神殿を出奔して、裏方をやめて、私は心も体も健康になった気がします。
私の目の下のくまは消え、荒れていた肌は潤いを取り戻し、パサパサだった髪もつやつやになりました。
「ルネさん、恩に着ます」
秘密のポーション販売の商談が終わるとエリオット様ははにかむような微笑みを浮かべました。
エリオット様は美貌の騎士様ですから、笑顔にくらっとしてしまいます。
「それで、ええと、あの……」
エリオット様はモジモジしながら言いました。
「ルネさん、その、お礼といっては何ですが、こ、今度、食事でもどうですか?」
「ここではできない商談ですか。ポーションの独占契約を狙っていたり?」
「そういう話ではなく……」
エリオット様はがっくりとしたように下を向きました。
ですが意を決したように再び顔を上げると、私に言いました。
「ルネさん、け、結婚を前提に、お付き合いしてください!」
「えっ?!」
神殿の裏方のお仕事を辞めたら。
商売で成功して、美人になって、イケメンの彼氏ができました。
神殿の裏方のお仕事を辞めて本当に良かったです。
私はもう二度と、誰かの裏方の仕事はやりません。
自分のために働いて、自分のために生きます。
――完――
2025/12/21:
読み返してみたら聖女のその後のざまぁ成分が足りなかったので、神殿のその後を噂話の形で少し加筆しました。
作者の頭の中には神殿の面々がざまぁされている姿があるんですが、書かなきゃ解らないですよね。
2025/12/26:
ざまぁされた神殿側やら何やかやを書きたくなったので連載版を始めました。
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