捕まった男②
浅井が事情聴取の為に赤羽署に呼ばれた。
「俺は蒲生さんを殺してなんかいない」と浅井は再度、主張したが、「無実を証明したいのであれば是非、ご協力を――」と説得され、指紋とDNAが採取された。
先ずライターの部分指紋が浅井のものと一致した。あかりの部屋で発見された百円ライターは浅井のものだった。
更に、あかりのマンションのベランダの前の道端から沢山の吸殻が採取されていた。その吸殻のひとつから採取されたDNAが浅井のDNAと一致したのだ。浅井はあかりのマンションに行ったことがないと証言したが、これであかりのマンションを訪れたことは明白になった。
浅井が緊急逮捕された。
事情聴取が始まった。事情聴取を任されたのは、勿論、文豪コンビだ。
「さて、浅井さん。何故、捕まったか、お分かりでしょう?」と森が口火を切る。
「知らないよ。何故だ? 俺が何をしたって言うんだ」
「蒲生あかりさんを殺害しましたね?」
「蒲生さんを。冗談じゃない。何故、あいつを殺さなきゃあならないんだ⁉」
「それをお聞きしたいのですがね~」
「言っただろう。俺は、あいつの家になんか行ったことがない」
「蒲生さんの部屋からライターが見つかりました。指紋が残っていて、照合したところ、あなたのものと一致しましたよ」
「俺は知らない! ライター? 何時だったか会社で無くしたものだ。百円ライターなので、盗まれても気にしなかっただけだ」
「盗まれた? 誰かに盗まれたのですか?」
「無くしたライターが現場で見つかったのなら、盗まれたに決まっている」
「蒲生あかりさんのマンション前の道路から、煙草の吸殻が見つかりました。DNA鑑定を行ったとこと、あなたのDNAと一致しましたよ。あなた、蒲生さんのマンションに行ったことがありますね?」
「だから、行ったことないって言っているだろう!」
「あなた、会社での不正を追及され、蒲生さんとトラブルになった。不正が公に出る前に、口を塞いでしまおうと、あの日、会社を退社後、蒲生さんのマンションに向かった。屋上から最上階にある蒲生さんの部屋のベランダに侵入し、蒲生さんが帰宅するのを待伏せた。そして、戻って来た蒲生さんを殺害したのではありませんか?」
「ふ、不正⁉ 不正って何だ?」
「さあ、カラ出張のことでしょうか? 残業代の水増しの件? それとも、客先贈答用のパソコンを自宅に持ち帰ったことでしょうかね?」
「そ、そ、そんなこと。知らない!」
「事件があった夜、あなた、寮にいたと証言なさいましたが、車がなかったことを見ていた人がいました。あなた、寮にいませんでしたね」
「車・・・」
車のことにまで、気が回っていなかったようだ。
「一体、何処に出かけていたのですか?」
「やっていない。俺は、やっていないんだ・・・」
「やっていないでは、分かりませんよ。蒲生あかりさんを殺していないと主張するなら、それを証明して見せてください」
森の言葉に、浅井はがっくり、首を折ると、「アリバイがある」と口にした。
「アリバイがある? 事件の夜に、あなたが何処にいたのか、証明できると言うことですね?」
「あの夜、俺は彼女の家にいた」と浅井が消え入りそうな声で答えた。
「彼女ですか?」
浅井に彼女がいるという話は、何処からも聞いていなかった。
浅井の証言によれば、有谷花梨という名の恋人がいると言う。浅井は退社後、真っ直ぐに寮に戻ると、そこから車で有谷のアパートに向かった。そして有谷のアパートで三時間程過ごした後、車で寮に戻ったと言うのだ。
「あの日、急に会いたくなって連絡を取ったら、アパートに居ると言うので、会いに行ったんだ」と浅井が言う。
「アリバイがあるなら、何故、最初からそう言わないのです?」
「あいつのことは、まだ秘密なんだ。誰にも言っていない・・・」
浅井の言葉は歯切れが悪かったが、アリバイを確認する必要があった。森と石川は浅井からの事情聴取を切り上げ、有谷が住んでいるというアパートに向かった。
有谷はアパートで二人を迎えると、赤い唇を開いて、「うん、あの日、浅井さんはうちにいたよ」と答えた。
コンパニオンをしていると言うが、肉感的なところを除けばお世辞にも美人とは言えなかった。昼間からアパートで燻っていて、定職についているかどうか疑わしかった。




