捕まった男①
いよいよ浅井を呼んでの事情聴取が始まった。
会議室に現れた浅井は、想像よりも小柄であった点を除けば、ほぼ証言にあった通り、尊大で利己的な人間であるように見えた。小柄だか筋肉質で、身体能力は高そうだ。
石井が浅井のことを「あさいさん」と呼ぶと、「俺の名前は『あさい』ではなく、『あざい』と発音するのだ」と言って、近江の戦国大名だった浅井氏の血を引く、由緒正しい家系であることを滔々と言い立てた。
浅井の家系自慢を延々と聞かされそうだったので、森は、「そこで先祖の仇の子孫であった蒲生あかりさんを殺害したのですか?」と嫌味な質問を投げかけた。
浅井が口を噤む。
「どうしました?」
「事件について何も知らない。蒲生さんとは親しくないし、ほとんど話をしたこともない」
と答えると、後は森の質問に、「ふん」と鼻を鳴らすばかりで、固く口を閉ざしたままだった。
事件当日のアリバイについては、浅井は「あの日は、会社から真っ直ぐ寮に戻った。寮にいた」と証言した。そして、「蒲生さんのマンションには行ったことがないし、何処に住んでいるのかも知らない」と主張した。
「あなたが蒲生さんの後をつけているのを見たという証言があるのですがね」
「後をつける? 俺が? 彼女の? 馬鹿な」
「あなた、バイク通勤ですよね。バイク通勤なのに、駅で電車に乗り込む姿が目撃されていますよ」
「飲み会がある時は、バイクで来ない。飲酒運転になるからな。当たり前だろう?」
「あなたに関して、不正の噂があります。あなた、それを蒲生さんに知られた。だから、口を塞いだのではありませんか?」
「不正なんてやっていない! 濡れ衣だ」
「あなた、煙草を吸いますか?」
「何だ。煙草を吸ってちゃあ、いけないのか? 法律で認められているぞ!」
結局、取り調べで、浅井から、これといった事件の核心に迫るような話は聞き出すことができなかった。
浅井の事情聴取を終えた。
容疑は濃厚だったが、「状況証拠ばかりですね。浅井の逮捕は無理でしょう」と森は冷静に言った。
「何とか物証を見つけなければなりませんね」
「そうですね~」
捜査は暗礁に乗り上げたかと思われたが、捜査員の執念と鑑識が浅井を追い詰めて行く。
あかりのマンションのベランダには、誰かが煙草を吸った跡が残っていた。そして、部屋のテーブルの下に、百円ライターが落ちていた。
あかりは煙草の煙を嫌っていたという証言があり、煙草は吸っていなかった。
ベランダであかりが帰宅するのを待伏せしていた犯人が、我慢できなくなって、煙草を吸ったのではないかと考えられた。
となると、あかりの部屋にあった百円ライターは、犯人が犯行時にもみ合った時に落としたものだと考えられる。鑑識で調べたところ、ライターから部分指紋が発見された。
吸い殻は犯人が持ち去った可能性が高かったが、鑑識官はマンションの前の道路を這い回るようにして吸い殻を集めて回った。犯人がベランダから吸い殻を投げ捨てた可能性があったからだ。
事件当日の浅井のアリバイを洗ってみた。
浅井は会社から真っ直ぐに寮に戻ったと証言しているが、事件当夜、寮に浅井がいたことを証言してくれる人間はいなかった。寮の夕食は事前登録制となっており、当日、浅井は寮の食事を予約していなかった。
食事を予約していなかっただけで、寮にいなかったとは言い切れない。食事は予約せずに、外で夕食を済ませて帰ったり、弁当を買って帰ったりする寮生がいる。だが、食堂で食事をしないと、寮にいて誰とも会わなかった可能性があった。
寮の管理人は、「さあ、浅井さんが寮に戻ったのは夜遅くだったような気がしますが、はっきりと覚えていません」と証言した。寮に防犯カメラは設置されておらず、浅井が何時、寮に戻ったのか不明のままだった。
ところが聞き込みを続けると、浅井のアリバイが否定する証言が現れた。浅井は中古で買った車を所有しており、寮の駐車場に駐車している。この車が事件当夜、駐車場に無かったことを覚えている人間がいたのだ。
「あの日、僕は寮に戻ってから、食事を予約していなかったので、車で近くのコンビニまで弁当を買い物に行きました。車で出かける時も帰って来た時も、隣に浅井さんの車はありませんでした」
浅井の駐車スペースの隣に車を停めているという寮生がそう証言したのだ。