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嫌われた男①

 引き続きリンケン・グループでの事情聴取が行われた。証人が列を成す状況で、人目を気にしながら、社員が入れ代わり立ち代わり会議室にやって来ては、声を潜めて証言した。

 次に会議室にやって来た鈴木という人物だった。開口一番、「僕は浅井さんが蒲生さんの後を点けて行くところを見ました」と証言した。

 詳しく話を聞くと、退社後にあかりの跡をつけて駅に向かう浅井の姿を見たというものだった。独身の浅井が仕事を終えて駅周辺の居酒屋に向かっていただけで、たまたま浅井の前をあかりが歩いていただけかもしれない。浅井があかりをストーキングしていた証拠とは言えなかった。

 社内で浅井が怪しいという噂でも広がっているのだろう。浅井に関する情報ばかりだった。

 うかつに信じる訳には行かなかったが、次に会議室に現れた三田村という女子社員の証言は少々、違っていた。

 あかりと同期だと言う三田村は、女性には気の毒なほど細い目をしばたかせながら言った。

「給湯室で、あかりと浅井さんが言い争っているところを見たことがあります」そう三田村は言った。

「二人が言い争っていたのですか? 一体、何を言い争っていたのです?」

「あかりが入社して暫く経った頃でした。二人が何事か言い争いをしているようでしたので、流石に中に入り辛くて、詳しい話の内容までは分かりませんでした。給湯室の入口の脇で、偶然、聞こえただけなのですが・・・」と言い訳しながら、三田村は、「二人は声を押し殺すようにして何か話をしていました。会話の内容までは分かりませんでしたが、『金』と言う言葉が、何度か会話に出て来たのは分かりました。どうやらお金のことで揉めているようでした。最後に浅井さんが、『ふざけるな!』とあかりに怒鳴っている声が聞こえました」と証言した。

 あかりと浅井は金銭トラブルを抱えていたようだ。

 その後、二人は距離を置いていたので、二人が言い争う姿はずっと見ていなかったが、最近になって、また給湯室で言い争う二人の姿を三田村は目撃したと言う。どうやら三田村は二人が給湯室にいるのに気が付いて、好奇心を押さえられず、二人の様子を伺いに飛んで行ったようだ。

「やっぱり、二人が何を話していたのか、聞き取れませんでしたが、浅井さんが、『もう無理だ』と声を荒げているのが聞こえました。その日、浅井さん、退社後に何処かで喧嘩したみたいで、翌日、顔を晴らして出社しました。きっとあかりに何か言われて、ムシャクシャしていたんだと思います」三田村は顔をしかめながら言った。

 会議室から三田村を見送った。

「喧嘩ですか」と石川が呟くと、「浅井さんはボクシング経験者です。喧嘩はないと思いますけどね」と森が言った。

「ボクシング経験者の拳は凶器と同じですからね」

「ジムに通っているのかもしれませんね」

 三田村の後には海藤と言う名の男性社員が会議室に現れた。

 海藤は浅井の同期だと言う。学生時代、柔道をやっていたと言うことで、見るからに体格が良い。他人に対して常に威圧的な浅井も海藤には一目置いているところがあって、社内で浮いた存在の浅井と、「一番、話をするのは僕でしょう」と言うことだった。

 海藤も浅井に関する情報を持って来ていた。

 浅井とあかりの関係について問われると、「浅井の祖父は滋賀県大津市の出身だそうで、自分は織田信長に滅ぼされた浅井一族の血を引いていると言っていました。蒲生あかりが入社して来た時、蒲生という姓を聞いて、『憎き蒲生の末裔が入社して来た』なんて訳の分からないことを言っていました」と答えた。

「おやおや。呉王とは関係なかったようですね」

 北近江一帯を支配した戦国大名、浅井長政のことは石川も知っていた。長政は信長の妹、お市の方を妻とし、信長と同盟し、浅井氏の全盛期を演出した。だが、古くからの盟友、朝倉氏を信長が攻めたことより、浅井・織田の同盟は解消となり、長政は信長に滅ぼされてしまう。

 浅井は信長に滅ぼされた浅井一族の血を引いていると言っているらしい。

 信長が長政を滅ぼした「小谷城の戦い」には、織田方の武将であった蒲生氏郷が従軍し、武功を挙げている。蒲生という姓は東京都には比較的多く、あかりが蒲生氏郷の末裔であるかどうかは定かではない。だが、浅井は蒲生と言う姓から、あかりのことを仇一族の末裔と言うような穿った見方をしていたと言うのだ。

「時代錯誤も甚だしいでしょう」と言って海藤は笑った。

「ご先祖の話は分かりましたけど、浅井さんに関して、どういった情報をお持ちなのですか?」と森が海藤に話を促した。

 海藤は「すみません」と謝ってから、「あいつ、ああ見えて金にセコくて、残業時間を誤魔化したりしていました」と得意そうに言った。

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