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忌まわしい過去③

 あかりがリンケン・グループに入社して来た時、浅井はあかりが魔灯だと言うことに気がつかなかった。町で会った時と、あまりにイメージが違い過ぎたからだ。あかりを見て、「美人だな」と思っただけだと言う。

 暫くして会社の廊下で、あかりから、「あなた、私のこと覚えていないの?」とすれ違いざまに声をかけられた。

「えっ?」と浅井が振り向いた時には、あかりの後姿は遠くになっていた。

 浅井は必至に記憶を弄った。だが、記憶の中の少女とあかりは一致しなかった。

 給湯室で二人っきりになった時、あかりは、「浅井さん、あの時、私、幾つだったか知っていますか? まだ十五歳でした」と唐突に話しかけて来た。

 浅井はやっと一夜限りの少女の面影が目の前の女に重なった。

「お前は、あの時の・・・」

「私が、『浅井さんは十五の少女を犯したロリコン野郎だ』って会社で言って回ったら、どうなると思います?」

 あかりはそう言うと、さも可笑しそうに「くっ、くっ」と笑った。

「ふざけるな、止めろ!」

「黙っている代わりに――」と、あかりは浅井に口止め料を要求した。

 一度にまとまった金を支払うのではなく、毎月、定額をあかりの指定する銀行口座に振り込むことを要求された。

「あの悪魔は、管理部に居るものだから、俺の給料額を把握していた。だから、あいつの要求して来る金額は、俺が払うことができるぎりぎりの金額だった」

 金に困った浅井は、残業代を誤魔化したり、カラ出張をしたりして、遊ぶ金を捻出していた。だが、あかりにはバレていたようで、「今月は残業代が多かったでしょう? お給料、楽しみにしているわ」と書類を届けに来た時に、耳元で、小声で囁かれたりした。

 贈答品として用意され、顧客が受け取りを拒否したパソコンも、「じゃあ、私に頂戴」とあかりに言われ、浅井はあかりのマンションに車で送り届けた。

 浅井はその時、あかりのマンションの場所を知った。

 あかりの脅迫に苛まれ続けた浅井は、徐々に精神を蝕まれて行った。

 そして、数日前、給湯室であかりから、「来月から毎月の上納金を増額するから――」と突然、言われた。「そんなの無理だ!」と浅井が色を成すと、あかりは「仕事が終わったら、地下駐車場で来て」と言われた。

 人気の無い地下駐車場の隅に呼び出された浅井は、あかりから、「あんたに断る権利なんて無いんだよ!」と怒鳴られ、「このクズが!」と殴られた。

「女の拳なんて痛くも痒くもないはずよ!」

 あかりは浅井の頬を力任せに殴りつけた。何度も、何度も、執拗に殴り続けた。非力な女性のパンチと雖も、痛くないはずは無い。浅井が思わず防御しようと手を上げると、「あんたなんか生きている価値がないのよ!」と、あかりは浅井の腹に蹴りを入れた。

 こうしてあかりの暴行は小半時も続いた。

 かろうじて均衡を保っていた浅井の精神が崩壊した。

 浅井は馴染みの有谷にアリバイ工作を頼むと犯行を決行した。

 有谷には、「誰にも見つからないように寮に行って、駐車場から車を持ち出してくれ。前にお前のアパートの近くの駐車場に車を停めて、しこたま文句を言われたことがあったよな? 車はあそこに停めておいてくれ」と頼んでおいた。

 ホームセンターで購入しておいたロープをリュックに入れて出社し、仕事を終えると、あかりのマンションへ直行した。苦労したが非常階段からマンションの屋根に出ると、屋根から最上階のあかりの部屋のベランダに降りることができた。

 浅井はベランダの物陰で身を潜めた。

 あかりが部屋に戻って来るまで、浅井はベランダの陰で息を殺していた。途中、緊張に耐え切れなくなって二度ほど煙草を吸っている。煙草は跡を残さないように気を付けながら、ベランダで踏み消して、吸い殻を外に投げ捨てた。

 やがて部屋の電気が点き、あかりが部屋に戻って来た。


――来た!


 浅井は体中の血が沸騰するかのような興奮を感じた。あかりは部屋に戻ると、真っ先に洗濯物を取り込む為にベランダのガラス戸を開けた。

 浅井はロープを持って、あかりに襲い掛かった。部屋に引きずり込んで、力任せにロープで首を絞めた。抵抗はあったが、不意を突かれたあかりは、思いのほかに呆気なく力尽きた。あかりともみ合った際に、ポケットから百円ライターが落ちたことに、浅井は気がつかなかった。

 浅井はベランダの手摺からあかりの遺体を吊るすと、悠々とマンションを後にした。

 森の見立て通り、アリバイを用意してあったので、遺体の発見が遅れて、死亡推定時刻が曖昧になるのが嫌だった。だから、浅井は、あかりの遺体をベランダから吊るした。

「何を血迷ったのか、犯行を終えて、あいつの部屋に向かう時、つい、今から行くと電話をかけてしまった」と有谷に電話をしたことを後悔していた。

 その一本の電話がアリバイを崩壊させてしまうとは、思わなかっただろう。

 入念に練り上げた計画だったが、浅井には自分が考える以上に人望がなかった。有谷のアリバイは浅井にとって、最後の手段だった。あかりとの関係は誰も知らないはずで、会社では、むしろ疎遠に見えていたはずだ。自分に辿りつくことはあるまいと高を括っていた。ところが、会社で自分が犯人だと証言する人間が後を絶たず、警察はあっさりと浅井に辿り着いてしまった。

 浅井の供述を取り終えた二人は取調室を後にした。

「お疲れ様でした」

「色々、考えさせられた事件でしたね~」と森が言う。

「本当、集団心理は恐ろしいものですね。結局、真犯人をあぶり出してしまいました」

「無実の人間が陥れられるようなことが無いと良いのですがね」

「おっしゃる通りです。集団心理に駆られると、誰もが嘘をついてしまいます」

「怖いのは、嘘をついている意識が無いことかもしれませんね」

 森の言葉に、「本当に」と石川が深々と頷いた。


                                          了

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