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覚え書き1207 異世界でまったりBL同人ライフをやっています

「学ばずともくよくよせず」とはエムオウの座右の銘である。


 エムオウは「婚約破棄」から5分もたたずに立ち直った。このポジティブな性格は長所でもあり短所でもあり、本人の精神衛生にはいいが他人へは悪影響を及ぼし、やがて自身に跳ね返ってくる。学ばないので失敗を乗り越えられず、失敗し続けている原因が良くわからないというタチの悪さがある。


 親の勧めでユリアヌスの姉ユリア(24)がエムオウと付き合うことになる2週間前、エムオウはプロシア王国の40過ぎの公女との婚約が破棄されたばかりだった。婚約破棄されてもすぐにユリアヌスの父であるダキア県知事ファッダ男爵の持ち込んだ縁談に飛びついたという節操の無さもユリアがエムオウの評価を下げる一因となった。


 総督に就任して6年間、実に平均1年に2回の割合で婚約破棄されている。大抵の縁談は孤児院出身という出自は「卑しい」とはいえ総督という属州トラキアの最高権力者との関係強化のために帝国内外の侯爵家や伯爵家などから「売れ残り」が持ち込まれる。他家との婚約話が進んでいる中でも並行して縁談話を受けるという不誠実なことを何度も平気でやるという悪い癖がエムオウにある。


 エムオウは結婚して家庭を持ちたいとの願望はあるようなので婚約の話が進むが、ほぼ話が決まったところでエムオウは相手の領地内での農奴制の廃止や人身売買の禁止という本人の主観からは「当たり前」の要求をする。当然むこうとしては在庫処分の処理費としては高すぎるので婚約破棄となってしまう。



 エムオウはラガド研究所を後にする前に施設内にあるキュロン植物園によった。ここには大陸各地から集められた植物の種子や苗を繁殖させ属州トラキアでも栽培できる有用植物を見出そうとしていた。


 植物園は一年中温暖だが雨量の少ない地域にあるので温室はなく、庭のようなところで棚や地面に植え付けられていた。ただ環境が大きく異なる地域の植物だとそのまま植えるだけではうまく育たず実をつけるまでに枯れてしまうものは、栽培方法の確立をめざして付属の試験農場でさまざまな条件下で栽培がおこなわれていた。

 

 植物園では採取された植物の品種の整理と栽培過程の記録のために植物の生態を正確に写生するための工房が設けられていた。そこでは異世界(地球)から転生した二人の元BL同人作家の女性キタダさんとサカシマさんがタネの形から発芽し茎が伸び、つぼみができ花が咲き実をつけるまでの過程を正確に描く役目をエムオウ肝いりで任されていた。


 属州トラキアを含むヴルガータ帝国では絵画といえば平面的な宗教画しかなく遠近法は発展段階なので向こうの世界で商業誌にまで作品を出していた二人は「絵画のチート能力」を持つものとして総督政府から特別待遇を受けていた。

 

 しかし二人とも好きな漫画家の絵をまねて絵の描き方を習得したのでデッサンとかの理論的なことは詳しくない。どうしても正確さより漫画のような、ややデフォルメされた絵を描いてしまうのでエムオウを苛立たせ、しかも二人そろってサボり癖があり花を描く作業が間に合わず枯れると勝手に想像で描いているのがバレこれもエムオウの怒りを買っていた。


「キタダさん。作業は順調ですか。出勤簿によるとサカシマさんは規定以上の期間、在宅勤務をしているようだ。彼女の家にはトラキアビワの木が生えているのかな?」


 エムオウがノック無しに工房の部屋に入ってくるとキタダさんは慌てて描きかけの植物画の掛けられたディーゼルの前に座って絵筆を持ち作業をしているふりをした。


「いえ、あの……、彼女は3階の部屋住まいだから無理だと思います」

「わかっています。あれほど頼んでおいた仕事をほっぽり出して休んで何をしているのだか。実に薬効のあるトラキアビワと毒性のあるトラキアビワモドキは葉っぱも実もそっくりだから見分けるのは花の微妙な違いしかないからきちんと花の絵を描いておいてと頼んだのにどうしてやってくれないのかな。トラキアビワは三日くらいしか花を咲かさない、さっき見たら殆ど枯れかけていましたよ」


 そういいつつエムオウはキタダさんの仕事机の絵筆の穂先を触った


「絵筆が乾いていますよ。あなたもサボっていましたね」


 そう言ってベッドのような幅の作業机の上にのっかっている空の画板を持ち上げると、鉛筆で描かれた「薄い本」の下書き原稿が出てきた。


「なにを描いているのですか。王ピースですか?」

「ドラゴン〇です」


 エムオウはつまらなそうに原稿をめくった

「なんで君の描くドラゴン〇の登場人物は手足がゴムのように伸びて宙を舞い空中で殴り合うのかな?そして毎回殴り合った後にオチがBLになるのかわからない。サカシマさんに本物のドラゴン〇はBL要素皆無と聞いたぞ。君のは、タダのパクリでしょ。」

「パクリではなくオマージュです。」


 もとの世界の漫画やアニメの外道イケメンキャラが大好きなキタダさんやサカシマさんは作業台の周りの壁に最近彼女らでブームの全裸の「レ〇ルス・コ〇ニアス」や「パ〇テマス・シ〇ッコ」の彼女らが描いたイラストが何枚も張られてあった。彼女らはこの二人が「つがい」の薄い本をともに描いている。


 帝国の国教であるヴルガータ正教において同性愛は禁忌とされ弾圧の対象になった。属州トラキアもヴルガータ正教を信仰するものが多いので同性愛は嫌悪感を持たれ差別が根強くある。エムオウが総督になる前は同性愛者であると公言するものやそう認められるものは大学へ入学できず官吏登用も阻まれていた。

 

 エムオウが総督になってからは彼と法務長官が中心となり改革が行われた。法務長官ゾナス男爵はダキア県知事の次男と同性愛の関係であることは「公然の秘密」であり、大学や官吏登用での不利な取り扱いは世論の反対を押し切り撤回された。ただ制度を変えればそのうち人も変わると考えるエムオウは世間に根強くある同性愛者差別を無くすことにはあまり熱意がなかった。


「異世界人は勤勉で真面目と聞いていたのにどうしてこっちの世界に転生すると同化して堕落するのかな。せっかくプラントハンターたちの掻き集めた貴重な植物が花を咲かせたのに描かれずに枯れていく。きちんと仕事をしてくれないとあなたたちの「コ〇ケ」とやらをここで開催する支援はしませんよ。そもそもここまでBLに寛容な職場は他にないですよ」


 仕事にとりかかろうとするキタダさんを尻目にエムオウは彼女の担当する描き切る前に枯れたトラキアタケの花の鉢を見つめながらつぶやいた。


「チューリップ 一度萎めば もう開かない」

「多分来年も花が咲くと思いますよ」

「……竹の花はめったに咲かない。あれだけ(あれもこれも)最優先してといったのに。まあ大体はかけているようだからあとは想像で補ってでも完成させてください。今年中にある程度植物画をためて図鑑という形で世に出さないと議会に税金の無駄遣いと言われる。サカシマさんにもそのことはよく言っておいてください」


 エムオウはキタダが絵筆に絵の具をつけ仕事を始めるのを見てようやく植物園を出た


去年こぞの雪、今いずこ、今いずこにありし。どうして植物は花という余計な工程をするのかな。年中、実だけつけてくれれば助かるのに」


 心底惜しそうな表情で言った。蝶のさなぎを最近まで蝶の産んだ卵だと思っていたエムオウは受粉から実になる仕組みやおしべめしべの役割などをどの程度理解しているのか不安である。


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