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覚え書き1206 NTR婚約破棄で「ザマァ」されました

 属州トラキア総督エムオウは議会の周辺は州法廃止に反対するリベラルの抗議団体に取り囲まれているのでこっそりと議事堂の秘密の地下通路を抜けて議員会館の裏口から出ていった。


 ラガド研究所は属州トラキア総督直属の研究機関である。総督府領内唯一の大学、聖シモン大学の広大な敷地の外れにあり、いくつものレンガ造りの3階建ての研究棟やガラス張りの温室などがある。すでに錬金術こそ否定されているが研究者たちによって大陸各地から集められた鉱物を溶かしたり混ぜたりして有用な材料をつくるという割とまともな研究がされている。

 

 その一方でジャガイモの芋が木になるための接ぎ木の研究や「雷系魔法の刺激は生命に進化を促す」というエムオウも信奉する謎理論のもと、乳牛に電撃を与え乳の量を増やそうとし、年に一度の繁殖期にしか卵を産まないトラキアの地鶏にも電気ショックを与え一年中卵を産ませる研究など怪しげなことが行われていた。


 研究所の敷地の奥の木々に囲まれた一画に部屋のすべての壁に鉛の板が敷き詰められた小屋にエムオウはいた。そして小屋の中では全身を鉛の甲冑で覆った少年がテーブルのうえに金属の板に張り付けられた鶏の腿肉の肉片を置いた。白衣に着替えたエムオウが言った


「回復魔法は細胞の活性化を促すことで治癒能力を高め、傷を治すことができる。それを応用し僕の「生命光線」の魔力を最大限にして細胞に照射すれば血の通わない死んだ肉片をも命を吹き込むことができるのではないだろうか。いまからその実験を行う。」

鉛の甲冑の少年はテーブルに背を向け直接見ないように実験の様子が伺える鏡を手にして後ろの様子を眺めた。


「観察準備完了です」

「これより30秒間、鶏の肉片に生命光線を照射する。開始」


 エムオウの右手から青白い光が肉片に向けて放たれ、瞬時にとり肉の表面が焼きただれた。やがていくつもの腫瘍のようなものが表面にできると肉片は生き物のようにうねりだし、ついに飛び跳ねだして床に落ちた。


「照射終了」


 エムオウの右手から魔力の照射が無くなっても肉片はしばらく床を這うように痙攣していたがやがて動かなくなった。エムオウはナマコのように黒く変色し腫瘍だらけになった肉片をつまんで少年に見せた


「この一連の変化は一時的にせよ、この肉片に生命を宿させていると言えないだろうか」


 エムオウが力を加えると一瞬ビクッと痙攣したように肉片が動いた


 「エムオウ様、私にはただ魔法で肉をあぶっていたようにしか見えません。トウモロコシの実を火であぶってはじけさせ白く膨らませたことと変わりがないように思えます」


 後ろを向いたまま少年は鉛の甲冑の隙間から曇った声で言った。


「いやこの神秘の光は秘められた力を持っているはず」


エムオウが右手から照射される光を左手で遮ると壁に黒い手の骨の影がくっきりと映っていた


「この「生命光線」を医学か食肉の培養に応用したいのだが、私以外に使うと何故か皮膚がただれて破れ肉は黒ずんでしまう。適切な力加減が難しい」

「大変興味深い魔法だと思いますが、私には有害な光線にしか思えません。それに今のところこの魔法を使えるのはエムオウ様しかいません。魔王を倒した人しか扱えない代物では広く医療に役立てるのは難しいでしょう」


 少年の応用性に疑問を投げかける鋭い質問にエムオウは少し焦った


「それについては、まあなんだ、長くここにいては君の健康への影響が心配になる。実験はここで終了しよう」


 少年は鉛でできた扉を開けて外へ出た後、素早く扉を閉めた。扉の側には除虫菊で作られた線香から煙が出ていた。エムオウは扉付近に置かれた魔力を吸収する青い石に手を付けて体から魔力が抜けるのを待った。そして白衣を脱ぎ棄てると炎の魔法で白衣と実験で使った肉片を燃やしてくずかごに入れた後、素っ裸のまま鉛の扉を開け外に出た。入り口のすぐそばにあるかごの中のタオルを腰に巻き付けた。


 先に出ていた少年は「未知の悪い影響を防ぐため」の鉛の甲冑をすでに脱いでいた。鎧の下は簡素な半袖のシャツにズボンの平服だった。トラキア地方は季節の変化に乏しい一年中暖かい気候である。少年は手には魔力を測定する器具をもって近寄ってきた。そしてエムオウの全身をくまなく測定した後言った


「大丈夫です。完全に魔力が抜け切っているようです」


 そう言われてエムオウは彼なりの「流行りのおしゃれな若者の服装」に着替えた。


 エムオウの実験の助手を務める少年は浅黒い肌に金髪のユリアヌス・ファッダである。属州トラキアの西部に位置するダキア県知事のカルロス・ドン・ファッダ男爵の私生児で、父親はヴルガータ人だが母親はトラキア人の娼婦のハーフである。ファッダ男爵家は複雑な家庭で妾との末子であるユリアヌス以外に男爵の前妻との間に3人の兄、現役妻との間には姉が一人いる。


 エムオウが総督に就任するまでユリアヌスは父親に存在しないも同然に扱われていたが、就任後は父が総督と関係を築くために同じトラキア人の血を引くユリアヌスが送り込まれた。孤児院出身でトラキア人のエムオウは境遇の似たユリアヌスを実の弟のように接した。ユリアヌスは科学に関心があるとはいえ家畜や畑の農作物に改良と称しなんにでも雷系の魔法で電気ショック与えたりするようなエムオウのやり方には正直ついていけなかった。だが実家の意向で「お気に入り」の弟子を演じなければならなかった


「医学に役立つと言いますが、本当に役に立つのでしょうか」

「役に立つに決まっている。何もわからないで危ないから役に立たないというのは科学としてあるまじき態度だ。僕が異世界転生者から聞き出してほぼ再現できるようになった蘇生術も最初は死者を冒涜する暗黒魔法だと罵られた。今でもヴルガータ正教の坊主はそう言っているが、もはや習得しない冒険者・軍人はいないと言われるくらい普及している。人工呼吸は皆ができるが電気による心臓マッサージは単純な酸性の液体に金属の板を溶かす電池しかないからまだ雷系の初級魔法で代用しているがいずれ機械で出来るようになるさ。向こうの世界に比べこちらの世界が遅れているのは科学の進歩を神の領域を侵すとかわけのわからないことを言って科学の進歩を阻んできた反動貴族どものせいだ。貴族どもは科学の進歩で奴隷が知性を身つけて力を持つことを恐れているからだ。」


 ユリアヌスはエムオウと会話しているはずがいつのまにか一方的な「演説」を聞かされている気分になるとアタシによくこぼすが今がその時だろう。ユリアヌスの表情に気づかないのかエムオウは「演説」を続けた


「人類の歴史は人類と自然との闘いである。自然との闘いに勝利するためには科学の進歩が必要である。今こそ人類は人類と人類との闘いをやめて、自然とのみ闘う歴史へと進化するときである。それこそが平和な人類社会のあるべき姿である。人類は科学の進歩のみ、この過酷な世界において自然との闘いに勝ち生き抜くことができる。科学の進歩に貢献することは我々の明白な使命でありそれを阻んではならない。進歩を阻むものを待ち受けるのは落伍でしかない。落伍者は弱者となり強者に食われ続ける。トラキアの自由な民はいつも帝国の貴族どもに食われていた。最古の帝国パッラヴァにまず奴隷にされた、ペリシテ帝国の元でも奴隷だった、古代エトルリア帝国にも奴隷にされた、帝国崩壊後一時の自由ののち、またヴルガータ帝国に奴隷にさせられた。トラキアは文明の周辺で遅れていたために奴隷にされたのだ。だからトラキアの完全なる独立には帝国に対抗できる国力のため科学の進歩を加速させなければならない」


「……エムオウさん。その歴史認識は僕のとだいぶ違いますし、かなり歪んでいます。それよりも、かつて魔王は生きている動物にエムオウ様のような魔力を照射して、本来おとなしい動物を魔物へと化していたというのが僕の推測です。生命光線とやらで死んだ生き物がゾンビのように動き回るのはあってはならないことです。実際、魔王軍にはゾンビ部隊もあったそうではないですか」


「僕は生きている動物には使わない。ゾンビは暗黒魔法で生み出されるものだ。すくなくとも僕の「生命光線」は暗黒魔法ではない。一番大事なことは可能性の目を摘んではいけないことだ」


「うっかりとはいえ肉に付いたコバエのウジに光線を浴びせ人の頭ほどのハエが飛び回ってとんでもないことになったことをお忘れですか。よくない事の可能性は芽のうちに摘むべきでしょう」


 彼の言う「生命光線」は魔物のみ倒し周囲に影響の無い攻撃魔法の習得のため、断片的な伝承のみ伝わる失われた太古の魔法「終末の光」を再現しようとする最中に彼独自で見出した能力である。魔王を倒した後も、必要とあれば魔物の潜む山ごと吹き飛ばすエムオウの攻撃魔法の使用に属州内外から抗議の声があがったのが探求するきっかけであった。威力を強めると一瞬でダンジョンに潜む魔物の群れを建物や宝物を壊さずに一瞬で死滅させることができる。だが攻撃魔法で人を殺めたことはない、と公言するエムオウにとって攻撃魔法として使い勝手が悪いので威力を弱め、医療分野での活用を目指していた。ただ今一つ有用な成果はなく、巨大蠅が飛び回った騒動に関する覚書はエムオウ自ら必要ないと破棄している。


ユリアヌスの批判にエムオウはややむっとした表情をした


「なにやら僕の実験に批判的だね。それこそが、この光が進化をもたらす証拠だ。それにもしかしたら癌を治す効果があるかもしれないのに。まあいい、今日はこの程度にしよう。あと君のカエルの切断した足に雷魔法の魔力を流すと生命反応が起って、筋肉が動くと実験の論文を早くみたい」


 そこでふとエムオウは何か思い出したかのような表情をしたあと、じっとユリアヌスを見て言った。


「ところでお姉さまのご様子はどうですか。お身体の調子が良くならないからでご実家に戻られたとのことでしたが、最近まったく様子を話してくれないがまだ不調が続いていらっしゃるのか」


 その途端、ユリアヌスの表情はこわばった。姉ユリアとエムオウの間で二人の関係について「認識の違い」があることに気付いていたが言い出せなかったからである。


「ええ、まあ来られないと思います」


 エムオウは人の上に立つものとして見逃してはいけないユリアヌスの表情の変化を読み取れなかった。そしておもむろに懐から小さな小瓶を取り出した。


「そうか、実はお姉さまのためにこの香水を買ってきた。開拓事業失敗の責任追及で給料カットされてやり繰りが厳しい中で思い切って一番いいものを買った。カモミールの香りは病原菌を寄せ付けないらしい(エムオウの信じる似非科学の一つ)。お姉さまは必ず喜ばれるはずだ」


 エムオウは香水店の店員にすすめられた「総督ほどの方が恋人へ送るのにふさわしい」高価な香水を手紙と一緒に渡した。


「エムオウ様、申し訳ありませんが今後このようなものは受け取るわけにはいかなくなりました。お手紙もご遠慮いただきたいのですが」


 ユリアヌスの言葉の意味を理解できずけげんな表情をしていたが、やがてなにかを察したエムオウは不安の表情が浮かべながら尋ねた


「いったい、どうして、何があったというのですか」

「エムオウ様の名誉のためにも、ここは察して引き下がっていただきたいのですが」


 ユリアヌスはエムオウの服装をじっと見た。上半身裸に派手な色の皮のベストのみ着て、安っぽい金色の真鍮のネックレスとブレスレットを身に着け、半ズボンのようなだらしない腰巻にこれまた真鍮のバックルというチンピラが良く着る服装だった。これがエムオウの認識にとって最新の若者の恰好いい服装であった。


 ユリアヌスの姉ユリアが総督エムオウと付き合うように仕向けたのは父親のファッダ男爵の意向であった。どうやらシュッとしたボーイッシュな瞳のぱっちりとしたお姉さんタイプの女性が好みなエムオウはユリアに会うなり一目ぼれし男爵とエムオウの間では話がトントン拍子ですすみ仮の婚約まで結ばれた。そして結納金代わりに暴力事件と詐欺事件で有罪となり収監され檻の中で公職に20年は就けないことになった男爵の三男に総督の権限で恩赦が与えられた。


 男爵は結婚話をすすめると同時に帝都の貴族に「贈り物」をして伯爵以上の爵位を得て知事から領主にならんとし、総督政府に隠れて帝都の王侯貴族に話をつけた。だが結局、総督政府に感知されダキア県が属州トラキアから独立することを望まない総督エムオウやアンシェンバッハ伯が妨害工作をしたので話が流れてしまった。男爵は憤懣やるかたなく、腹いせに婚約破棄をしようとした。


 しかし相手は総督なので男爵自らが話を切り出すのは変に刺激を与え三男の恩赦も取り消される可能性もある。そこでもともと乗り気でなかった姉に別れ話を切り出すように言い、姉は姉でエムオウと付き合っている最中でも、とある属州外にいる侯爵の子息とねんごろの仲になっていた(諜報も担当する内務長官アンシェンバッハ伯の情報による。体調不良は「つわり」らしい。新たなスキャンダルを恐れる彼はわざわざ実体化しているときのアタシに会いに来て何かエムオウが気付いたら報告するように言ってきた。ちなみにアタシは内務庁所属でエムオウの特別秘書官は出向という形で働いている)のでユリアヌスに別れ話の代行を頼んだ。


 ユリアヌスは他に押し付ける人物がおらず、いつ自ら切り出すか悩んでいたところであった。


「察しても未練がある。どうして、せっかく、婚約祝いの記念金貨の発注をしたばかりなのに、何がいけなかったのか」

 

 その妙な外見と斜め上のエキセントリックな頭の中身、トドメの「婚約」先のファッダ家の利益に反する政策ですよ、とは言わずユリアヌスは少し思案し無難かつはっきりとケジメをつけようとした。


「姉は親の意向ではなく自分の本当に好きな幼馴染の思い人を選んだのです。わかってください」


 エムオウは口の中で何かがへばりついたかのように唇や頬をもごもご動かしたあと、言葉を発しようとしたが口を開いただけで何も言い出せなかった。


「エムオウ様、大丈夫ですか」

「・・・・・そうか、それはおめでたいことだ。お姉さまとその相方に君から僕があなたたちの幸せを願っていると言っておいてください。」

そしてやや険しい表情でユリアヌスを追い払うように手を払った


「そう、この話は終わりだ。ユリアヌス、午後は大学の授業があるのだろう。準備が必要でしょう。もう行っていいですよ」


ユリアヌスはエムオウに頭を下げると去っていった


「ぼくはいつでもハッピーだ。ハッピーだ」


ユリアヌスの背中を見つつエムオウは後頭部の指の先が入るほどのへこみをさすった。


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