覚え書き1204「アットホーム」なハートフルホワイト団
法的には勇者称号保持者であり属州トラキア総督エムオウの法的には所属している(所属契約期間が残っている)ハートフルホワイト団は冒険者の元締めのギルドに無届でダンジョン攻略を行う(違法ではない)いわゆるFランパーティーだった。
冒険者パーティーが主に探索するダンジョンとはヴルガータ帝国成立以前に1000年もの間、繁栄した古代エトルリア帝国の地下墓所である。彼らの死生観、死者は神が定められた人の魂の数が尽きるまで地下で眠り続け、魂が尽きたら地下世界で彼らは復活し神の地上の浄化が過ぎるまでそこで過ごし、1000年の時を経て浄化が済めば再び地上に出て神の楽園で過ごすことができるという。
そのため彼らは地下に迷宮のような神殿を造り、その最奥に一族の墳墓を造り、それがいっぱいになると様々な致死性の魔法トラップ、神殿に安置された魔力石が壊されない限り永遠に復活するゴーレムなどを設置した。
王侯貴族とものとなると墓荒らしされないための彼らの努力は涙ぐましいほどで、人口の池を造り暗所を好むダークヒュドラを放ち墓所を守らせた。
古代エトルリア帝国を倒して成立したヴルガータ帝国において国教となったヴルガータ正教ではこれらの古代エトルリアの死生観が否定され地下神殿は異教徒の残滓としてほとんどが入り口を壊される立ち入りができないようにされた。古代エトルリア人の墓を荒らすことは最近まで異教に関わることとして禁止されていたが、ヴルガータ正教が近年だいぶ世俗化してきたことで副葬品狙いのダンジョン攻略は解禁となり冒険者ギルドが利益の一部を帝国政府や教会に納めることでその管理を任されることになった。
ハートフルホワイト団はギルドのブラックリストに載っていたので孤児院出身のエムオウは最底辺冒険者パーティーの下っ端の雑用係として死者からはぎ取った装飾品などをバラして闇ルートで売りさばく(基本ダンジョン攻略で獲得したものはギルドにのみ売り渡せる)汚れ仕事をしていた
エムオウに転機が訪れたのはとあるダンジョンの最奥で強力なケルベロスの返り討ちに遭いパーティー全員で命からがら逃げだしているときのことである。劣悪な契約関係でさほど信頼し合っているとはいえなかったハートフルホワイト団の仲間に囮にするため鳩尾に思いきり蹴りを入れられた。その場でうずくまり置き去りにされたエムオウはそのあとの経緯について彼自身は何も語らないが最強の攻撃魔法の能力を得て無事にダンジョンを出てきた。
そしてその後もハートフルホワイト団との契約に従って所属はしていたが最強の魔法能力を生かし荷物持ちから前面で魔法戦士として戦っていた。そしてダンジョン置き去りの事件から1年もたたないときに、魔王が魔物を引き連れ帝国北部にあらわれあっという間に帝国軍の精鋭部隊を打ち破り帝都を占拠した。帝都から離れたギルドの監視の緩い帝国南部でダンジョン攻略(墓荒らし)をしていたハートフルホワイト団は義勇軍へ参加し主に魔王を討伐した。そしてほぼエムオウ一人で魔王を倒したが、ヴルガータ帝国にとって支配民族ヴルガータ人ではなく被支配民族トラキア人が帝国を救ったのはメンツが立たないとしてヴルガータ人の勇者シャオロンが魔王を倒し、エムオウは補助魔法でサポートした、というのが帝国の「公式」の記録となっている。
アンシェンバッハ伯シャオロンは父親がトラキアのヴルガータ人の農奴だが才能があり農奴頭となり収益向上にも貢献した。シャオロンの父親は荘園主の貴族が引退する際に、長年の功績として農奴の身分から解放され、40手前で用済みとなった農奴の愛妾をもらい受け妻とした。解放されたとき50過ぎの父親はたいそう解放農奴の妻を愛し二人の男子を儲け次男としてこの世に生を受けたのがシャオロンである。
一応、魔王を倒した一員であるが親は解放農奴ということで貴族社会では「卑しい成り上がり」扱いなので帝都での出世をあきらめエムオウがやらかして帝都から属州トラキア総督として「左遷」される際に、うまく立ち回りアンシェンバッハ伯爵の地位を得た。
アンシェンバッハ伯は議会で演説する際はエムオウのようにヤジは議員席からは飛ばない。内務長官として議員の様々な醜聞を握っているとされる。その彼が演壇で話し始めた
「善意は無限でも、財源は有限といいます。食料も住める土地も資源には限りがある。我が属州トラキアはすでにプロシア王国と帝国との戦争で荒廃した地からの難民や移民、帝国各地の荘園から逃亡してきた農奴たちを受け入れられるリソースの限界を上回っている。リベラルの先生方は治安悪化の原因を内務長官である私の資質の問題として追及されますが、貧すれば鈍するというのは世の真理だ。経済的観点からいえばリベラルの先生方が主張するような更なる受け入れは今いるトラキア市民たちと限られたリソースをもっと奪い合えと言っているようなものです。ランドゥ総督閣下。属州トラキア外からこれ以上の難民・移民・逃亡農奴の受け入れは社会の許容範囲を超えている。彼らを受け入れ市民権付与するという属州トラキア独自の州法の是非についてご判断を伺いたい」
内務長官アンシェンバッハ伯に判断を問われた総督は心底嫌そうに自席から立ち上がり壇上へ登った
「よい目的でも悪い結果となれば手段の変更はやむを得ないことです。先日、議員の皆様に提示した移民や難民、属州外の荘園から逃亡してきた農奴の身分保障に関連する一連の州法を廃止する採決を行うことを議長に提議いたします」
かつて帝国を恐怖に陥れた魔王を倒した「不倫勇者」エムオウは表情をゆがめながら言った。その時、傍聴席からヤジが飛んできた。
「おいっ‼着色人の小僧、難民の命をまもれ」「人の命を何だと思っている」
エムオウは驚いてさかんにヤジが飛んでくる傍聴席を眺めた。
ヤジの主はいつのまにか「難民・移民・解放農奴保護の州法廃止反対」「独裁者は退場しろ」と書かれた横断幕を議員席と傍聴席を隔てる柵に掲げている黒い髪に白い肌のビザンチン人の活動家たちだった。先にいわゆる道徳的退廃者と言われる、自身を無神論者・異常性愛者(同性愛者)であると公言もしくはそう認められる者は官吏登用してはならないとする帝国法を否定し官吏登用を認める独自の州法案が議会で否決された。エムオウはそれならば、と世論・議会の反対を押し切り、当該帝国法を無効とする法的根拠の怪しい総督令を出しリベラルにも保守からもその強引な手法に批判が浴びせられ「独裁者」とよばれている。
「血便頭の増税クソオ〇マ総督、お前は助かる命を見殺しにする人殺しだ」
警備員につまみ出されそうになりもみ合いながら活動家らは叫び続けた。さらに左欲リベラル派の民選議員たちが数人、壇上のエムオウのもとに押し掛けた。
「人の心はないのか」「難民や移民支援のための財源がないなら属州債、いやせっかく州独自の通貨があるのだから、いくらでも発行すればいいだろう」
内心は州法の廃止に反対ではあるエムオウは少し涙目になった
「貨幣は一度市場に放たれると、もはや政府が思う通りに流れをコントロールすることは不可能です。富の偏在があるのなかで貨幣だけをばらまいても仕方がありません。どういうわけかカネをばらまくと富めるものはますます富み、貧しいものはさらに貧しくなります。そして確実に物価の高騰を起こし、貧しいものが一番被害を受ける。小麦をはじめモノ不足が深刻なのにカネだけ増やして何になり……」
そこまでいったところで傍聴人の一人が警備員の制止を振り切って柵を乗り越え議員席の間の通路を走り抜けエムオウの元に押し掛けてきた。エムオウも壇上から降りて傍聴人の方に向かい立ち止まるよう促すかのように手を差しだしたが、傍聴人はエムオウに近づくと思い切り顔面にパンチを数発食らわせた。警備員たちによって暴漢が取り押さえられ議場の外に連れ出されたが、よほどショックだったのか総督エムオウは垂れてくる鼻血を拭きもせず演壇に戻るとそのまま椅子に座り茫然自失状態となった。
エムオウと同じ浅黒い肌だが金髪のトラキア人の議長ガルスが鬱陶しそうにエムオウを見ていたが演壇が空くのに時間がかかると思い警備の者を呼んだ
「議員による採決に総督は不要だ。・・・・・・つまみ出せ。」
総督エムオウはふたりの屈強な警備員に両脇を抱えられ両足を引きずったまま議場を後にした。