06
フィリが加わってからの生活は、リンとフィンの二人きりのときよりも賑やかに、しかし変わらず穏やかに過ぎていく。
出会った頃の痛々しい敵意も今はすっかりなくなった。フィリは感情の起伏が大きい訳ではないし、まだ二人に対して遠慮がちな距離感があるけれど、その表情は心做しか和やかに見える。
昨夜の残りのスープが温まったのを確認してリンは火を止めた。そして二人を呼びに行こうとしたとき、カーディガンを羽織ったフィリがちょうど玄関からひょこりと戻ってきた。
「薪の準備が終わったぞ」
「もう!?」
外に出てから一時間も経ってないのに。
驚いたリンが外を見れば、長さが均等に揃った薪が整然と積まれていた。
リンの身長ほど積まれているので、これだけあれば余裕で冬を越すことが出来るだろう。
「すごい……短時間でこんなに大量に……」
「魔法を使えば朝飯前だ。それにちゃんと乾燥させてある」
「そこまで終わってるの? 魔法って本当にすごいのね」
開いた口が塞がらないまま、リンは感嘆の息を漏らした。
ハッと我に返り、パタパタと小さな羽で飛ぶフィリに向き直って「ありがとう」と感謝を伝えた。
「でも、一人でこれだけ準備したんだから疲れたでしょ? 今日はもう家の中でのんびりしてね」
「言っただろ。魔法を使えばあっという間だ。大した作業でもない」
「でも、魔法のほうが楽だからってあなたにばっかりなんでもやってもらうのは悪いわ。私たちは同じ家に住む家族だもの。家族は支え合って助け合うものよ」
だから、私に出来ることは私に任せなさい。
リンはふんぞり返るように胸を張った。
「薪割りだって、昔からやってるから結構上手いんだからね?」
腕をまくったリンは、そう言って力こぶを作るように腕を掲げる。その細腕には傷跡がいくつもあり、それを認めたフィリは目を眇めた。
「……フィンは幸せ者だな。お前が姉で」
「え? やだ、急にどうしたのそんなこと言って」
照れてしどろもどろになるリンとは打って変わり、フィリは平然とした様子で紡ぐ。
「断言できる。フィンはきっとこの世界で一番恵まれた魔法使いだ」
羨望や憧憬、そしてほんの少しの妬みに近いような暗い感情――複雑な声音で吐き出された言葉に、リンは胸を衝かれた。
この程度のことで幸せだと思われるような魔法使いの辛い立場に切なくなり、そしてその切なさを追いかけるようにじわじわと泣きたくなるような温かさが広がっていく。
フィリは、フィンが幸せだと言った。恵まれていると。それは、私が姉であるからなのだと。
――こんなの当たり前なことよ!
そう笑い飛ばそうと思ったけれど、リンは出来なかった。口を開いただけで泣き出してしまう予感がしたからだ。
今までずっと、リンの胸には不安がつきまとっていた。
人知の及ばぬ強大な力を使う魔法使い。――その弟を、ほかの人間と変わらないように接していいのだろうか。
村を出ることになったあの日――初めて魔法で人を傷つける姿を目にした日からずっと、リンの中には魔法に対する恐怖がこびりついていた。それでも、たった一人の弟を突き放すなんてことは出来ない。かといってまた誰かを傷つけてしまったらどうしようと内心で怯えていた。
自分は正しいことをしているのか。そう不安になって夜な夜な星に向かって母へ祈ったこともある。
(間違ってなかった……!)
例え魔法が使えようがそうでなかろうが、心のままにフィンを愛し慈しんできたのは間違いじゃなかった。
二人だけでは見えてこなかった答えを、初めて家族の輪に入った彼が――フィリが教えてくれた。
「リン? どうした?」
窺うような声に、俯いていた顔を上げる。ふよふよと浮くフィリは、困惑した様子でリンを見ていた。長い首を傾げたフィリの顔を撫でて、リンは思わず抱きしめた。
「……ありがとう、フィリ」
弱ったリンの声はひどく細く、フィリまではっきりと届かなかった。フィリが訊き返したところで、リンはニッコリと笑うだけだ。
しんみりと、けれど喜色満面のリンを前に、フィリはそれ以上訊き返せず、所在なさげな雰囲気で戸惑っていた。
「そうだ。ちょうどスープを温め終わったところだったの! お腹すいたでしょ? 朝ごはんにしましょう」
フィンを起こして顔を洗わせてくれる?
お願いすると、フィリはこくりと頷いて寝室の方にふよふよと飛んで行った。
初めてお願いしたときは、フィンを起こすのでさえ戸惑ってあたふたしていたのが嘘みたいだ。
この家で半月を共にするうちに、フィリはすっかりこの朝のルーティンに慣れたみたいで、リンは思わず微笑みを深くした。