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02



「フィン、帰ったよ!」


 辿り着いた小屋でノックとともに声を張る。すると、かちゃりと鍵の開く音がしてゆっくりと扉が開いた。


「ただいまフィン。いい子でお留守番してた?」


 そろそろと扉の影から顔を出した黒髪の少年――フィンににっこりと笑えば、フィンもほっとしたように笑ってこくりと頷いた。


「お姉ちゃんおかえり。曇ってきたから、さっき洗濯物取り込んだんだ」

「本当? ありがとうフィン! 今日はフィンの好きなオレンジを買ってきたから夕飯の後で食べようね」

「お姉ちゃんの分も買ってきた?」

「今日は最後の一個だったの。だから半分こして食べましょう」


 本当は露店には山盛りのオレンジがあったが、日々の食事さえいっぱいいっぱいのリンたちでは、オグウェスにまわってくる質の良い果物を何個も買えるほど金銭な余裕はない。

 けれど、それでは幼い弟にはあまりに可哀想で、こうして時々だが余裕のあるときに一つだけ買ってくる。本当は一個丸々フィンにあげたいところだけれど、それをするとこの子はリンの分がないと気に病むのだ。


(ああ、本当に優しい子に育ってくれて良かった)


 村での辛かった日々を思い返し、フィンが真っ直ぐに育ってくれていることをリンは喜んだ。

 今だって半分こと聞いて、嬉しそうにふにゃりと笑っている。思わずリンの口許も緩むものだ。


「そうだ。フィン、救急箱を持ってきてくれる?」


 小屋の中は大きく二つの部屋で構成されている。入ってすぐにある簡易キッチン兼ダイニングと、隣接する寝室。そしてちょこんと隅にある小さなお風呂とトイレだ。

 玄関を入って数歩もないダイニングテーブルにバスケットを置いたリンが頼むと、そこでフィンは姉の腕に抱かれた生き物に気づいた。


「……お姉ちゃん、それどうしたの?」

「帰ってくる途中の森で見かけたの。怪我をしてるみたいだから手当てをしてあげようと思って」


 この森に大型の獣はいないが、リスやうさぎなど小動物はよく見かける。動物の怪我の手当てをするのも初めてじゃない。

 いつもならいの一番に救急箱を取りに走るのに、今日のフィンはどこか訝るようにリンの腕の中のトカゲをじっと見ていた。まるで警戒しているようだ。


「どうしたの、フィン。鱗があるから怖い?」


 それなら私が行ってくるよ。

 言うと、フィンはハッとして少し躊躇うようにリンと揃いの橙の瞳を揺らしたが、「すぐ取ってくる」と奥の寝室に走った。



 トカゲの手当てを終えるとすでに日が暮れていたので、リンたちは夕飯をすませた。

 食べやすいように小さく切り分けたオレンジをデザートに出すと、フィンはずいぶんと嬉しそうにニコニコして食べていた。

 食べ終えた皿を片付けようとリンが立ち上がる。すると、「僕がやる!」とフィンも椅子から飛び下りた。


「大丈夫? 落とさないように気をつけてね」


 心配になったリンが声をかける。だが、洗濯物のときに上手く使()()()から練習したいのだろうと察して、見守ることにした。

 ダイニングテーブルの空になった食器たちに向かって、フィンが小さな両手をかざした。

 集中するようにじっと一点を見つめてそう経たずに、カタカタと震えた食器たちが独りでに浮き上がってみせた。


「出来た! 見て、お姉ちゃん! ちゃんと出来てるでしょ?」


 わっと喜色満面になったフィンに、リンは微笑みつつ「よそ見すると危ないよ」と声をかける。

 宙に浮いた食器たちは、そのままフィンの動きに合わせてキッチンの流しにゆっくりと運ばれた。

 ほっと人心地ついたフィンは小走りでリンの元に来ると「上手く出来てたでしょう?」と得意げだ。


「すっかり魔法も上手になったね~、フィン!」


 サラサラの黒髪をかき混ぜるように撫でると、へらりとフィンが笑う。


(このまま魔法の扱いが上手くなれば、そのうち街中で暮らすことも出来るようになるかも)


 そのことを喜ばしく思うと同時に、例え街中で暮らすとしても魔法の一切を隠して過ごしていかなくてはならない弟に同情を覚えた。


 魔法とは、人知を超えた不可思議な力だ。物を浮かせるようなものから、雷を降らせることも、洪水を起こすようなことも出来る。魔法は万人が使えるものではなく、ごく一部の人類だけが持つ力であり、誰にその力が宿るのかは全くの未知数だ。

 現にリンや死んだ母は魔法を使えなかったが、フィンは生まれつきこうだった。

 そして、ときには多くの人間を一度に殺してしまえるその神のような力は、人々の間では恐れられ、迫害されている。

 魔法使いだとバレれば、きっとオグウェスの街の人々も故郷の村の人々のように害そうとしてくるだろう。


 だから魔法使いは力を隠し、普通の人々に溶け込んで生活している。フィンもそうして生きていかねばならないが、魔法というのは制御も難しいらしい。ふとしたときに使ってしまうので、今はこうして他人と離れたところで二人暮らしをするしかない。

 そして魔法使いは長命なのだ。リンたち人間の数倍ものときを生きると聞く。

 だからこそリンは、フィンのこの先の長い人生を孤独に過ごすのではなく人の輪の中で生きて欲しいと願っている。

 そのためには魔法の扱いを心得るしかないのだが、生憎とリンが教えてあげられることはない。

 弟の力になれないことを心苦しく思っていると、ふいに低い男の声が響いた。


「まさか、魔法使いなのか……」


 苦痛に耐えるような息の荒い声だった。だが、ここにはリンと幼いフィンしかない。


「誰ですか!?」


 咄嗟にフィンを抱きしめ、警戒しつつ辺りを見渡すがそれらしき人影はない。恐怖で心臓がバクバクしている。

 目を凝らして狭い室内を見渡す中で、リンは赤い輝きに目をとめた。

 小さな籠に布を敷いて寝かせていたあのトカゲだ。どうやら目を覚ましたらしいが、赤い瞳はどこか虚ろだ。蝋燭の明かりに照らされながら、その口許が微かに動く。


「……お前たちは、一体……」


 トカゲの動きとともに、さっきの男の声が響いた。驚いたリンは「えっ」と驚きの声を上げ、フィンを抱きしめたまま腰を抜かしてしまった。




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