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01



 王都のような主要な都市ほど大きくはなく、かといって閑散とした村ほどのどかでもない。

 そんなほどほどに大きく賑やかな街――オグウェスの露店が並んだ通りの一角で、リンは人混みを抜けてからほっと人心地ついた。


 オグウェスに来て数ヶ月。ここの通りを歩いている人数よりも人口の少ない小さな村で生まれたリンからすれば、まだまだ人の多さには慣れない。


(王様の住む王都はもっと人が多いって聞くものね……)


 ああ、想像しただけで目眩がしてきそう。

 寄りかかっていた壁から身を起こすと、ふとすぐそばの窓ガラスが目についた。

 マントを羽織り、フードをすっぽりと被った自分の姿に、リンは「よし」と確認するように静かに頷く。

 あまり厳重に隠しすぎてもかえって怪しく思われるので、かすかに顔立ちが確認できる程度がよい。


 フードからわずかに流れた茶髪と、十代も後半にさしかかってシュッとした顎のライン。角度によって見え隠れする温かみのある橙の瞳は、溌剌さを思わせるようにパッチリと瞬いた。弟のフィンはこの瞳を自分の好物であるオレンジにそっくりで綺麗だとよく褒めてくれる。

 それとなく目にかかる前髪を払い、リンは買い物を終えて重くなったバスケットを抱え直した。


(随分遠くに来たけど、あの村の人がここまで来ないとも限らないだろうし……)


 万が一この街にいるとバレて騒がれては、()()住める土地を探して幼い弟とともに長距離を歩かなくてはならない。


(フィンはまだそんな体力もないし、しばらくはここで静かに暮らしたいわね)


 そのためには少しでも素性を隠しておくのが一番だ。保険はかけられるだけかけておくのがいい。

 気を取り直したリンは、内心でよしと意気込みつつ背筋を伸ばして歩き出した。


 ◆ ◆ ◆ 


 オグウェスを出て街道をしばらく進んだところで、リンは歩みを緩めてそろりと周囲を伺った。

 人影がないことを確認してから、街道沿いに広がった藪に突っ込んで森を奥へ奥へと進んでいく。

 まともな道もないところをガサガサとかき分けるように進んだこの先に、リンと弟のフィンが住む小屋があるのだ。


 元々はある商人の憩いの場として使っていた小屋だが、当の商人が年老いて森に来ることもなくなって放置されていたものだ。それをリンがたまたま見つけ、その商人を探し出して交渉したものである。

 すでに人が訪れなくなって長く、もう使うことはないからと商人の男性は家賃もなく住まわせてくれている。


(家賃を考えなくていいだけでも大助かりだわ……!)


 人目を避けて森を突っ切って良かった。と当時の自分の判断に自慢げに鼻を鳴らしたリンは突き出た枝を屈んで避けた。


「ん? なにかしらこの黒いの……え、トカゲ?」


 ふと落ちた視線に黒いなにかが映った。森ではまず見ないその真っ黒な物体をしげしげと見ると、どうやら横たわった生き物のようだった。

 成人女性が胸に抱えられる程度の大きさだ。蛇のようにつるりとした黒い鱗で全身を覆われ、トカゲのように短い手足がある。


「でもトカゲってこんなに黒くないわよね? しかも羽根がついてるし……」


 こんな生き物は見たことがない。珍しさから、リンは膝を折ってまじまじと見つめてしまう。

 と、微動だにしなかったトカゲが、ふいに目を開けた。森で見かけたベリーの果実よりも真っ赤で宝石のような煌めく瞳に、思わず「まあ」と感嘆の声が漏れた。

 トカゲは自分を見つめるリンに気づくと、途端に真っ赤な瞳を鋭くさせた。唸るような声を上げ、のろのろと動き出す。どうやら起き上がろうとしているようだがなかなか上手くいかない。

 あまりにぎこちない動きにどうしたのかと不思議に思っていると、茂った地面にポタリと赤いものが垂れた。


「あなた怪我をしてるの?」


 横になっていたのは寝ていたんじゃなくて、怪我をして弱っていたからなのか。


「ごめんね。黒いから気づかなかったわ」


 手当てをしてあげる。そう言って手のひらを差し出したが、トカゲは震える体で後じさる。


「大丈夫。あなたを傷つけたりはしないわ」


 なるべく小さく、そして穏やかに声をかけてもトカゲの警戒が解けることはなく、リンはどうしようかと途方に暮れた。だが、不意にトカゲの体がふらりと大きく揺れると同時にその真っ赤な瞳がまた閉じられた。

 慌てて支えたリンだったが、トカゲはどうやら意識を失ったらしい。

 静かだが、死んでしまったわけではない。手のひらに感じる温もりに、リンは「少し我慢してね」と声をかけて持っていた手ぬぐいで手早く止血をすると、そのままトカゲを腕に抱いて家までの道を走った。

 

 

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