九十 血のようなお酒
「景姝先輩って、意外にもったいぶりだなあ」
「占い師は大体そうだろう。特に、見えない時ほどに曖昧なことを話して、解釈を依頼者に投げ返すのは普通だ」
「景姝先輩はそんな中途半端な占い師じゃないと思うけど……場所を教えてくれたし、俺は探しに行きたい」
幸一はあちこち見て、紙切れに書かれた道標を探す。
「幸一の場所は?」
「この付近にある『玉鑑泉』というところだ。先輩のは?」
修良はその地名を聞いたら、軽く笑って、自分の紙切れを幸一に見せた。
「えっ、同じ?」
「偶然か何か、行ってみようか」
二人が紙切れの指示で、「玉鑑泉」へ向かった。
「会場の西にある大きな槐の左に曲がって、隠れ道みたいな小さな坂道がある、降りたらすぐ……」
会場の西の端まで来ると、いきなり、誰かに声をかけられた。
「人間の米酒はいかがですか?狐さんたち」
狐と呼ばれたのは、幸一が黒狐の仮面、修良が白狐の仮面を被っているからだ。
「いいえ、俺たちは……」
幸一は断ろうと振り向いたら、話しかけてくるのがガタガタの老婆だと気づいた。
「新鮮な薔薇から抽出した香味の入れた、自慢の味ですよ。きっとお気に入ってくれますわ」
老婆は茶杯を持っていて、数歩後ろの店のほうを見る。
露店の裏で茶杯にお酒を注いでいるのは痩せた老翁。
店は会場の端にあるせいか、周りに客がほとんどいない。
幸一はその場で話を変えた。
「狐じゃないけど、一杯をお願いします」
「どうも、ありがとうね」
老婆は喜んでお酒を差し出した。
幸一が茶杯を手にしたら、修良は取り上げようと手を伸ばした。
「大丈夫だ。毒避けの術なら、お菓子を食べる前にもうかけた」
幸一は茶杯を渡さなかった。
「それじゃない。米酒でもお酒だよ。幸一は今までお酒を飲んだことがないだろ」
この天壽国の男子は十五歳から成人、飲酒の解禁も十五歳から。
でも、幸一は十二歳から仙道に入った。仙道の人間はめったにお酒を触らない。だから、幸一は十八になっていてもお酒の味を知らない。
「せっかくだし、ちょっと試してもいいと思う。先輩も一緒に飲んでみよう、もう一杯を買ってくる」
「なるほど。幸一もお酒の味を知る齢になったのね。じゃあ、そうしよう」
自分の身長の一歩先まで成長した少年を見て、修良はそれ以上止めなかった。
幸一はもう特に成人したけど、修良はずっとその実感がなかった。
この間、出来事がありすぎて、こうして落ち着いた気持ちであらためて幸一を観察したら、修良はやっと彼の成長を感じた。
二人は露店でもう一杯を頼んだ。
老婆の言った通り。米酒は薔薇の甘い香りがする。
白いお湯に、砕けた赤いバラの花びらが浮かんでいる。
「いい香り……っ!」
美物なのに、幸一は突然に胸騒ぎがした。
「どうした?」
修良はその反応に気になって、すぐ霊力を発動して米酒を確認する。
でもなんの異様もなく、普通の人間の飲み物だ。
「いいえ、なぜか一瞬、薔薇の屑を血に見えて……」
「えっ、ち、血!?」
耳がまだ衰えていない老婆はその言葉を聞いて驚いた。
「いいえ!そうじゃなくて……多分、俺は最近暇すぎて、ボケているんだ!ごめん、失礼なことを言った!」
老婆たちに失礼しないように、幸一は仮面を上げて、一気にお酒を飲み込んだ。
「あっ、美味しいです!」
「うん、とてもいい香りです」
修良も一口を飲んで、よい評価を出した。
老婆と老翁は二人の評価を聞いて、やっと安心した。
「それはよかった、よかった。お二人、すごく似合うわ」
仮面の下の幸一と修良の顔を見たら、老婆は思わず讃嘆した。
「本当に、わしらの新婚の頃を思いださせるな」
老翁も笑い出した。
「新婚!?」
今回驚いたのは幸一のほうだ。
「あの時、あたしは白狐、あなたが黒狐だったのね……」
「そうだな、仮面もあの時のまま、懐かしいな……」
(俺と先輩は、そんな雰囲気!?)
幸一はこっそりと修良を覗いた。
でも、修良は仮面をかけ直して、わざと表情を隠した。
修良の反応分からなくて、幸一の顔の温度がますます上がる。
景姝の指示で、二人は小さな坂道を降りた。
理由が分からないけど、米酒を飲んでから、幸一は胸が絞められたような感じがした。
気持ち悪い感覚がどんどん湧いてくる。
坂を降りる途中、いよいよ我慢できなく、手で口を塞いで、道辺で片膝を地に着いた。
「幸一!」
「……っ、うっ!」
幸一は耐えられず、胃の中の物を吐いた。
「ごめん、なぜか分からないけど、いきなり気持ちが悪くなって……」
修良が差し出された手拭きで口元を拭いて、幸一は呼吸を調整した。
「おかしいね、あの米酒は問題ないはず……」
修良は不可解そうに眉をひそめた。
「そうだな、美味しかったのに……えっ?」
立ち上がる途中、幸一は強いめまいをして、足元が揺れた。
修良はさっそく幸一を受け止めた。
「はやり、幸一はお酒がだめなのか。味が苦手じゃなくても過敏症の可能性はある。今後一切触れさせないようにするよ」
「ちょっと違うと思うけどな……」
幸一は不服だけど、体の状態は説得力がない。
悶々と修良の「規制」を受けれいた。
玉鑑泉は坂の下のすぐ先にある。
大きくないが、水が清らかで、まるで大地に嵌った一面の鏡。
泉の名前はそこ由来のようだ。
幸一は泉で口をきれいに洗ったら、思わず呟いた。
「ここに先輩の好きなものがあるのか……」
「幸一の質問は、私の好きなもの?」
「!」
その微かな声が修良の耳から逃げられなかった。
もう聞かれたので、幸一はいっそ堂々と開き直した。
「そうだ。先輩の好みは難解しすぎるから!」
「そんなに分かりにくいと思わないけどね」
修良は視線を泉に移した。
鏡のような水面に、二人の姿がきれいに映している。
地名を見た時から、すでに気づいたけど、実際に泉の前に来て、「やっぱり」と心の中で笑った。
中途半端な占い師じゃなくても、景姝は十分ズルいだ。
サーと立ち上がると、幸一はまた眩暈に襲われた。
修良もまた反応早く幸一の肩を支えた。
「答え探しは調子がよくなってからにしよう」
泉の近くに、倒れた大樹の幹がある。
修良は幸一を大樹の上に仰向けに寝かせた。
「おかしい……俺は先輩を支えるはずなのに……なんでいきなり脆くなったんだ」
情けないと嘆いて、幸一は手で変に熱くなった額を覆う。
「幸一は強い。私は誰よりも分かる。でも今はいいんだ。ちゃんと休もう」
修良は幸一の隣に座って、幸一の揺れ揺れの頭を自分の腿に固定した。
「先輩、俺が倒れたのに、なんだか楽しそうね……」
幸一は微かな息での笑い声のを聞いた。
「勘違いだ。幸一のことをとても心配で、憂鬱になりそう」
「本当に……?でも、笑い声を聞いたよ」
「あれは、お祭りからの声だ」
「……」
修良が下手な嘘をついているのを知っているけど、幸一は思わず祭りの音に耳を傾けた。
遠い遠い昔のどこかで、こうして修良と一緒に賑やかな人群れを離れて、くつろいだことがあったような気がする。
いつの間にか、お祭りの会場から音楽が流れてきた。
竹の笛や太鼓、銅鑼などの楽器の音が混ざっていて、楽しくて、眩しいに陽射しによく合う音色だ。
でもなぜか、幸一の頭の中で、それと正反対になる、静かな夜によく合う音色が浮かんできた。
「そういえば、鬼さんだった頃の先輩は、よく洞簫を吹いたのね」
「そうだった?」
修良はまったく印象がない。
多分、幸一の帰りを待っていた長い長い時間の中で、そんなどうでもいい技を忘れたのだろう。聞く相手がいないから、きっと吹く気にもならなかった。
「すべてが浄化されるようなきれいな音だった、それが大好きだった……」
眩暈のせいか、幸一の意識は過去の生に連れ戻されて、あの時の音色が恋しくなった。
「じゃあ、練習し直す。そのうち、また聞かせてあげる」
修良は幸一の額に、自分の涼しい掌を置いた。
「幸一の一番好きな顔」――
景姝が出した答えは「修良」だけど、幸一が一番熟知している自分は、やはり旧世界の「天良鬼」だろう。
今まで外見に気にしたことがないが、修良はあの時の自分の姿を思い出すと決めた。




