七十八 約束の残像
【天命禍星篇】
伝説はこう語っている。
この世界は悪鬼に滅ぼされた廃墟から生れたもの。
神々の導きで、新世界はもともと天界、陸界、妖界、海界、幽冥界、五つの境界に分かれるはずだったが、
世界を滅ぼした悪鬼は旧世界からとある重要な「神」を奪った故に、妖界の形成が失敗し、陸界と分離できなかった。
悪鬼はその「神」を人間の少年に転生させ、意のままに操る。
少年が旧世界から受け継いだ「福徳」の力を利用し、悪鬼は完全なる復活を企んでいる。
そのため、天から神託が降りた。
「この世界には、救世主が必要だ」
「勇敢なる者よ、悪鬼を滅ぼし、失われた神の力を奪い返すのだ……」
伝説中の悪鬼と少年はまだ何も知らない。
ただ、今世こそ、一緒に平和に暮らすことを望んでいる。
***
前世の福徳を受け取ってから、幸一は頻繁的に前世の夢を見ていた。
決定的な証拠があるわけでもないのに、それが自分の前世だと、幸一は知っている。
最初の彼は、一点の光だった。
風が軽く吹くだけで、消えそうなゆらゆらな弱い光だった。
でも、彼の目の前に、強くて、眩しい光が現れた。
「……世界で、会いましょう……」
その一言のために、彼は生れたばかりの小さな生命力を燃やして、あの白く輝き姿を追っていた。
風の中で、あの人の存在を感じる;
水流の響きの中で、あの人の声を聞く;
雪の降る草原で、あの人の足跡を眺める;
陽射しの中で、あの人の姿を待つ……
森の香りに包まれて、あの人の足元に触れる;
空から降りて、あの人の肩に寄り添う;
星空の下で、あの人の隣で眠る……
ある日、やっと、あの人に手を伸ばせる日が来た――
タンポポの花を摘んで、束ねて、あの人に差し上げた。
「神様、タンポポは苦いけど、うちの柿が甘いの。秋になったら、また来てくれる?」
「いいよ」
あの人は優しく微笑んで、約束を見立てた花を受け取った。
「タンポポは苦くない、かわいい」
初めて声をかけたら、約束をしてくれた。
とても嬉しかった!
でも――
彼は来なかった。
大丈夫、まだ「次」がある……
次は、もっと成長した姿で彼に会いに行こう……
「教えてくれたことをきっとこの世のために使う!だから、ぼくが立派な大人になったら、また会いに来てくれる?」
「もちろんです。あなたの立派になった姿を期待しています」
……
……
「今日も手合わせをしてもらおう!」
「もうやめてください。何回をやってもあなたに勝ち目はありません」
「勝つまで挑戦し続けるまでだ!絶対逃げるなよ!」
「フ、そんな臆病鬼みたいなことをしませんよ」
……
……
「鬼って、長生きですね……生まれ変わっても、会えるかな?」
「会えるよ。会いに行く……」
……
……
「仙人さん、どこかで会ったことはない?」
「さあ、よく覚えていません。たぶんあるでしょう」
……
……
だけど、
次が来ても、次の次が来ても、
約束をしても、何度も約束をしても、
あの人は、いつも一歩先のところから消えてしまう。
どんなに手を伸ばしても、届かない……
どうして?
「約束」したんじゃないか……?
やがて、笑顔が涙に変わる……
涙が氷に変わる……
氷が刃に変わる……
刃が血に染られる……
一片の血の霧がすべてを飲み込む――
魂は深い深淵に落ちる。
「君は、誰?」
深い闇の中で、また、あの声を聞こえた。
何度も何度も繰り返された質問だ。
もう飽きるほど答えた、
もう嫌なほど答えた、
もう二度と答えたくない!
…… ……
それでも、答えなければならない。
たとえ、その「約束」を覚えているのは……一人だけでも……
「『わたし』は……俺は……」
自分の名前を口にしたとたんに、あの質問の声は光となり、輝く人の形となった。
迷わず、その光を抱きしめた――
「幸一……幸一……」
「起きて……」
ああ、やっぱり、あの人は、暖かい。
やっと、彼を抱きしめられる……
***
「幸一、幸一……どうしたの?」
目が覚めたら、腕の中の光は修良になった。
「うん……?」
でも、目が熱くて潤んでいて、修良の顔をよく見えない。
「先輩……?」
自然にその言葉を呟くと、幸一は夢から完全に目覚めた。
そうだ。
今世の自分は、家出をして、仙道の玄天派に入った仙道弟子――玄幸一。
彼は、天良鬼が化身した、玄天派の先輩――天修良だ。
少し前に、自分が前世を思い出した直後、神になってこの世界を離れようとしたが、天良鬼との絆の故に、最後に人間として残ることを選んだ。
今は、二人が真っ逆な力を融合し、お互いの悪鬼化と神化を牽制して、人間の姿を保っている。
「何処が痛い?すごい冷汗だ。悪い夢でも見たのか?」
その強い焦燥を感じられる声は、確かに修良のものだ。
「悪夢かな……?」
幸一は零した涙に気付いたけど、泣く理由をはっきり覚えていない。
「分からない……すごく頑張ている夢のようで、疲れただけかも」
「頑張ている夢?」
「うん……っ!?」
夢を思い出すつもりだけど、幸一はふっと今の体勢に気づいた。
彼の両腕が修良の頸にかけていて、全身が修良にベタついている。
「えっ!?先輩!?そ、その、俺は、何を……!?ごめん!」
幸一は慌てて手を引こうとしたが、修良に腰を囲まれて、今の姿勢を維持させられた。
「疲れたなら、もうちょっと寝る?」
子供を慰めるように、修良は優しい声で幸一の耳元で囁いた。
温かい吐息に触れて、幸一の冷めた顔が急に温度が上がった。
「いえ、そんなに疲れていない……!そうだ、疲れた夢じゃない!ちょっと寂しい夢だった!」
「寂しい夢?」
夢を変えたところで、修良は問い詰めを諦めなかった。
幸一は降参して、もう一度夢を思い出そうとした。
「……」
曖昧な印象しか残っていないけど、断片を思い出すだけで、幸一はなぜか寒気を感じて、
思わず腕を引き締めた。
「……どんなに手を伸ばしても、先輩に届かない夢だった……」
修良の瞳は少し広がった。
「……それは、幸一が言っていた、ずっとずっと昔、私を見ていた頃のこと?」
幸一の不安と涙を見ると、修良は棘に刺されたような痛み感じた。
幸一に悲しみも憂いもない悠々自在な人生をあげたいのに、幸一の辛みはいつも自分のゆえに生じる。
これは、悪鬼の縛りからの呪いなのか......
修良の腕から微かな動揺を感じたら、幸一はさっそく補足した。
「多分、俺はまだ心魔を完全に制御できていないから、臆病になっただけだ。たとえ何があっても、もう遠い過去のことだし、そのうちきれいに忘れる」
幸一は両腕を更に引き締めて、修良を温めるように彼を強く抱きしめるた。
「今先輩はここにいる。俺は十分満足だ」
「――」
修良は黙って幸一を抱きしめ返した。
幸一が今で満足すると言ったけど、修良はそれでよくなかった。
たとえ遠い過去のことでも、幸一との間で知らないことがあれば知りたい。
忘れたことがあればなおさら思い出さなければならない。
幸一の前世・還初太子の世で、天良鬼の臆病の故に、二人は一度すれ違った。
その結果、天良鬼の前で、還初太子が一片の血の霧と化した。
本当に何か大事なことがあれば、もう幸一一人に背負わせるわけにはいかない。
でも、幸一もきっと自分のことを配慮して気にしないなど言うから、とりあえず、幸一に安心させるために、穏かな笑顔を見せた。




