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絶世の美少年は最悪な鬼に守られている  作者: 星琴千咲
第二十章 悪鬼の執着
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七十 最悪な鬼

*********


「修良様、ここを引いていただけないでしょうか?さもないと、おのれは、無礼なことをしなければなりません」


「なんの真似だ?」


修良は怒るように目を細く潰した。


さっきまで声の大きささえ間違えないように小心翼々だったけど、相手が紫苑になった途端に、いつもの調子を半分取り戻した。


何故この弱弱しい魔を使ったのか分からないが、まず幸一が紫苑を呼んだ口調が気に入らない。


確かに、還初太子は人使いがうまい。だが、幸一は自分以外の人に、あんな軽々しい態度で頼みをしたことがない。


「おのれは、あの方に従います。修良様は、どうかこのまま引いてください」


修良の前でビクビクしていた紫苑は、なぜか堂々と頭を上げて修良と対峙した。


「そういえば紫苑さん、私の頼みはどうなっている?『神』の手掛かりは見つかった?新しい頼みを受ける前に、先約を果たすのは一般常識ではないか」


修良は形だけの笑顔を作って、紫苑に威圧をかけた。


「ええ、みつけました。でも、その件の詳細に関して、しばらく修良様にお伝えしません。お詫びは後日にいたします。おのれは、修良様の任務より、『神様』の任務優先しなければなりません」


「魔は神の任務を優先する?滑稽だな」


修良は嘲笑った。


しかし、紫苑は怯むこともなく、更に意志を固めた。


「神の力に触れたから、おのれは分かりました。神と魔は、矛盾ではありません。むしろ、一蓮托生のような存在です。おのれは、強くなるために、あの方をいるべき場所まで護衛いたします」


「っ!」


修良の目に深紅の影が浮かんだ。破滅の気配は彼の全身から湧き出る。


「幸一のいるべき場所は、私の隣以外のどこでもない――」


「!」


その言葉を聞いて、修良たちに背を向けて森の中へ歩んでいる幸一は、瞳が小さく震えた。


その同時に、頭がズキンズキンと鳴った。


幸一は頭を押さえて、微笑むような形で一度唇を噛んだ。


「ずっと幸一でいられればよかったのに……」


そして、振り返らずに再び歩み出した。




修良の霊気は十数本の黒い棘となり、上下左右から紫苑を襲う。


紫苑は避けるのもしなく、一片の黒い霧となり、空気の中で散った。


目障りがなくなって、修良は急いで幸一を探したが、その姿はもう何処にもない。


その時、一本の氷の針が意識を貫通するような痛みを感じた。


「!」


それが紫苑の仕業だと修良は気付いた。


(そうだ、あいつは実体のない魔だ。姿のない時こそ、力を発揮できるんだ……!)


修良の体から灰色の光が浮かんで、霊体を保護する壁を作った。


その同時に、足元からまた十数本の黒い棘が巻きあがって、自分を中心に旋風のように回転しながら周りに展開した。


棘は風を切り、ピリピリと細くて小さな電光を生み出す。太い棘は小さな電光を通じて隣の棘と繋ぎ、一つの大きな網を編んだ。


修良はすぐに網を展開しなく、まず紫苑に警告した。


「この『捕霊網』は、悪鬼の破滅の力によって生み出したものだ。触ったらどうなるのか、想像できるだろ、紫苑さん」


「……」


修良に答えたのは、風音に埋められた沈黙だった。


「愚かもの――」


修良は網を解き放とうとする時――


綿のような柔らかい光が、彼の意識に落ちたような感覚がした。


視野が一瞬ぼやけになり、目の前の景色は青空の下の山林に変わった。


高い古樹の上に、一人の青年と一人の少年は談笑している。隣の枝で白い烏は微妙な声で歌っている。銀色の虎は古樹の下でゴロゴロいびきを出しながら昼寝している。


気が緩んだ瞬間、棘でできた捕霊網は消え始める。


「!!」


「悪鬼の力が、でない!?」


修良は驚いた。


霊気を片腕に集中し、再度悪鬼の力を引き出そうとした。


しかし、心臓も筋肉も柔らかくなり、怒りで滾った血の温度も穏かになる。いくら集中ししても、片腕が人間の形のままだ。


「修良様、おのれは心魔です。貴方の心に隙が存在するかぎり、おのれは侵入できます」


紫苑の声はどこから響いた。


「修良様は、確かにとても強いです。ですが、貴方の心に大きな穴が空いています。おのれは一瞬にして侵入できました」


「……っ!」


不服しても、今の修良は強い攻撃を生み出せない。


「幸一様が言ったように、修良様は『ここ』を破壊することをできませんね。修良様はどうしても引いてくださらないのなら、しばらくこの甘夢の陣でお休みになってください」




声が消えるのと同時に、紫苑の気配も消えた。


修良の目の前の景色も更に奇怪になった。


冷たい月の光に照らされている夜の森と、暖かい陽射しの下にある昼間の山林が交錯に現れている。


夜のほうには、彼に背を向けて、だんだん遠くへ消える少年がいた。


昼のほうには、楽しそうに日々を送っている二人の姿がいた。


いかにも、永遠に昼のほうに留めるように誘っている。


修良は自分の状況を分かった。


どうやら、「自分の心魔」によって生み出された幻に落ちたようだ。


「……はめられたな。さすが、還初太子だ……」


悪鬼の力を出せないので、修良は強引の手段を諦めた。


目を閉じて、使い慣れない仙道の浄心呪を唱え始めた。


慣れないとはいえ、修良の修為は高いものだ。彼が紡いだ仙道の法術の威力も半端ではない。


しかしなぜか、あの楽しい場面が消えるどころか、更に強く光って、修良を柔らかい光に包んだ。




「修良さん!!」


まもなく、微弱だけど珊瑚の呼び声がした。


修良は答えようと目を開けたら――


「!!」


視野は昼の景色の中にいる天良鬼と重なった。つまり、彼は幻像の中の天良鬼となった。


「鬼さん、行かないで」


少年・幻の還初太子は彼の袖を掴んだ。


「私は太子をやめる。戦場にも行かない。二人で何処かに隠そう!今回こそ、最後まで一緒にいよう!私は、鬼さんのために生きる!」


少年の目は、澄み渡る空のように一点の曇りもない。太陽の光のように生き生き輝いている。熱く燃える炎のように、真摯で鮮やか。


記憶の中の還初太子、悪鬼を庇った少年、そして、今の幸一そのままだ。


修良はふいと気付いた。


たぶん、思っていたよりも早い頃から、彼はその目の虜になった。


いくら心を浄化しても、たとえ幻であっても、その目を自分の心から追い出すことはできない。


還初太子は自分の気持ちに気付いて、この甘美な誘惑を用意したのか?それとも、自分の心底で、これを望んだのか?


こんなところでおかしいと思うけど、修良は微笑ましい気分になった。


この幻像を作ったのは誰であっても、そのものは自分に対する理解があまりにも浅いものだ。


(私は、最悪な鬼だ……)


修良は少年の頬を撫でながら、寂しそうな微笑で意志を告げた。


「ごめんね、せっかく作ってくれたいい夢だけど、私はこんな幻で満足できるようなものではないんだ。それに、私は知っている――」


少年の両目を見つめながら、修良は両手から黒い波動を放つ。


「ここで待っていても、あなたはもう来ないから……」


黒の波動に触れた少年も、楽しい思い出がいっぱい詰まった山林も、無数の光の蝶となり、逃げるように夜空へ飛び散っていく――だが、散る前に、全部修良の胸の中に吸い取られた。




駆け付けた珊瑚が見たのは、光の蝶の激流が一気に修良の胸に飛び込む景色だった。


「!!」


その衝撃で、修良は体勢を維持できなくなり、方膝が地についた。


「修良さん、無事か!?」


珊瑚は修良を支えようとしたが、修良に押しのけた。


「幸一に会ったったのか!?その力、誰かの攻撃なのか!?」


修良ば自分の胸を掴んで、苦しそうに最後の蝶を呑み込で、珊瑚の質問に答えた。


「……自分の心魔で生み出した歪んだものを、自分で受け取るのは当然だ」


「心魔……?ということは、紫苑さんと、戦ったのか?」


「そうと言っても間違っていないだろう」


「分からないな、幸一は修良さんのことが大好きなのに、なぜ紫苑さんに修良さんを攻撃させる……」


珊瑚は困惑しそうに見まわした。


幸一と紫苑の霊気はもうきれいに消えている。


修良は自分を嘲笑うように呟いた。


「幸一の『好き』も『信頼』も、私が作った嘘の上で立てられたものだ。そして、もう私の手によって、破壊された……」


「……」


珊瑚は視線を戻し、慎重に修良を観察した。


悔しそうに体が強張っていて、今でも崩れそうな雰囲気に包まれている。


でも、その目に不動な光が宿っている。希望の光とか、無償の愛とか、そんな積極的なものではない。どうしても定義をするなら、世界が滅んでも消えない「執念」と言うべきだろう。


この人、自棄みたいなことを言ってるけど、諦める気はないだろう。


(よかった。)


修良の意志が分かって、珊瑚は一安心した。


胸に詰まった息を吐いて、ニコニコしてわざとらしい口調で修良に聞いた。


「それじゃあ、幸一を世界の意志とやらに任せるのか?友達がいなくなって、それがしは寂しいと思うけど、これで世界が完成され、妖界と人間界の問題も解決できる。幸一の犠牲に感謝するよ」


「馬鹿言うな。幸一は私のものだ。たとえ世界でも、彼を私から奪い取る資格がない」


修良の返事を聞いて、珊瑚は鼻で笑った。


「なら、壊れたものを『真実』の上で立て直さなければならないね」


珊瑚は自分に柔らかい火光の効果を付加しながら、もう一度修良に手を伸ばした。


「宿命だの、運命の悲劇だの、すれ違いや遺憾などを一種の美だと主張する意見もありますが、それがしから見れば、それは愛情の足りなさと大切なものを守れない無能さを美化する言い訳に過ぎない。自分も大切な人も一緒に幸せにならないと、『美』とは言えない」「幸一と修良さんの関係が美しいと思ったのは、お二人がどんな時でも、真っすぐに向き合っているから――もしかして、それがしの判断が間違っているのかな?」


「!」


珊瑚の真剣な質問は、修良の最後の迷いを吹き飛ばした。


そうだな。


あの時、もっと真っすぐに還初太子の気持ちに向き合えたら、彼の悲劇も、旧世界の滅びも回避したのかもしれないと、何度も密かに後悔していた。


だから、今世で幸一への執着心を隠さず、思うままに幸一を求めて、縛っていた。


幸一は、まさに還初太子のまま、あの束の間しか会っていない少年のまま、真っすぐに自分を見つめている。


生まれ変わっても、記憶を失っていても、自分から離れて一人で世界の意志に向かっている今でも、彼はずっと待っているのかもしれない。


自分が本当の姿で彼に向き合う日を――




「間違っていない」


修良はいつもの腹黒笑顔を取り戻して、自分で立ち上がった。


「私は真っすぐに欲望に従う。世界の意志と関係なく、悪鬼は、欲しいものを奪い去る」

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