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絶世の美少年は最悪な鬼に守られている  作者: 星琴千咲
第十八章 世界(とき)を越える再会
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六十四 前世の人

挿絵(By みてみん)


人間界、三毛猫が経営する妖怪の旅館。


幸一の体がいきなり震え始めた。


「幸一!」


珊瑚はさっそく様子を確認する。


幸一の眉がきつく締まっていて、額から汗が滲み出る。


「魂が混乱している!呼び戻さないと!」


珊瑚は紫苑の鈴を鳴らした。




*********


「還初、太子……どうして……」


修良の目が焦点を失った。


「鬼さん」という呼称から彼は分かった。


目の前に人は、もう「幸一」ではない。


「還初太子」と呼ばれた「幸一」は薄い笑顔を浮かべた。


「幸一は、あなたを信じるために、自分の意志まで潰したんだ。だから、前世の意識である私が解放された」


「!!」


その言葉は、まさに修良の心臓を貫く一矢。


「私より、あの悪鬼を庇った平安という少年が直近の前世だけど、彼は小さい頃に死んだから、自己意識が薄くて、この魂の力を支えきれない」


「あなたは……」


修良は、何かを言おうとしたが、頭が空白になり、言葉に詰まった。




旧世界の「還初太子」、それは、彼がもっともよく知っている幸一の前世だ。


彼と「キミだけのために生きていこう」という約束をした人で、


彼の目の前で天罰を受けて、一片の血の霧となった人だ。




「どうしたの、失望した?」


修良の言葉が途絶えたら、「還初太子」はふっと軽く笑った。


「だよね、鬼さんにとって、私は一番都合の悪い人だから。全然思い出したくないだろう。だから、幸一にあんなに追い詰められても、前世のことが知らないって――」


「っ!違う……!」


その言葉から歪んだ情緒を感じて、修良は慌てて弁解しようとした。


その時、幸一の腰帯にかけている紫金色の鈴が綺麗な音を出した。


「友達が呼んでいる。魂にこれほどの揺れが生じたら、肉体も反応するはずだ。珊瑚たちが心配しているから先に戻るね」


幸一は身を翻し、手を振った。


「父の魂をちゃんと返してくださいね。修良先輩~」




*********


三毛猫の旅館で、幸一は目を開けた。


体の震えも荒い息も落ち着いた。


紫苑と珊瑚は寝台の傍で心配な目で彼を見守っている。


「幸一様!よかった、ご無事で……」


「何があったの……幸一?」


幸一が二人に視線を向けたら、二人とも異様な気配を感じた。


「初めまして、って言うべきかな」


幸一が軽く笑って身を起こした。


表情を整え、珊瑚と紫苑にあらためて自己紹介をした。


「私の名は元還初、幸一の前世だった人だ」


「!」


二人は驚いた。


特に、珊瑚は困惑した。


「幸一の前世の意識は、修良さんの術によって抑えられていたのでは……?」


「あの術はね、幸一が修良先輩を信頼しないと成立しないんだ」


「ということは、幸一は修良さんへの信頼を失ったのか!?」


珊瑚は更に信じられない表情になった。


彼の経験によると、幸一は修良に絶対的な信頼を持っている。


一体何があって、その信頼を失くさせたのか!?


「失ったというより、現実逃避かな」


「幸一」は苦笑いをして、話題を変えた。


「そう言えば、この間のこと、ごめんな」


「……なんのこと?」


淡い笑みと儚い眼差しの幸一を見て、珊瑚はますます距離を感じる。


「妖界の乱心のことだ。今は分かった。あの『世界の意志』とやらは、私を探すために妖怪たちを利用したんだ」


「!それじゃ、あなたは自分の力を……!」


「うん、知っているよ。私はどんな力を持っているのか、世界は私に何を求めているのか」




妖界乱心の一件で、珊瑚は幸一の力の秘密に察した。


この世界の妖界と人間界の分離が失敗したのは、世界の力が不足しているから。


この新世界は旧世界のすべてを糧にして生れるはずだが、旧世界の一部の力は新世界に投入されなかった。


その失われた旧世界の力は、おそらく、幸一の魂が持っている「生命の霊気」だ。


修良は現世の幸一の存在を守るために、幸一の前世の意識と力を抑えた。


いろいろ悟ったが、幻みたいな「世界の完成」より、珊瑚は目の前にいる友達の幸一を選んだ。


修良との約束を守って、それ以上幸一の力を追わなかった。


ただ、あの妖怪たちを乱心させた「世界の意志」というものが気になって、調査し続けていた。


今回、修良に会いたいのも、その件を相談するためだ。




「えっ、なんの話、ですか?」


驚き連続の珊瑚と淡々に答える幸一の話を聞いても、紫苑はわけが分からなかった。


「世界の意志というのは、もしかしたら、おのれが聞いた『あれ』ですか……」


「『あれ』?」


珊瑚と幸一は紫苑に目を向けた。


「今まで気付かなかったけど、紫苑さんって……」


幸一は紫苑に近づいて、好奇心満々な様子で紫苑をよく観察した。


幸一の顔なのに、紫苑はなぜか鋭い威圧を感じた。その感覚に耐えられなく、紫苑は床に跪いて自白した。


「も、申し訳ありません!わざと幸一様を騙したのではないです!!おのれ、本当はさまよう魂でありません!魔です!!」


「そうか。別に構わないから、謝らなくていい」


幸一は驚きもしないし、怒りもしなかった。


「……えっ、い、いいんですか!?おのれは……ずっと幸一様を騙して……」


「前世の人もこんな感じなのか。人生経験がかなり豊富のようだね」


幸一のああいう反応にすでに慣れた珊瑚は興味深い目で「幸一」を見た。


「それより、私は紫苑さんに謝らなけれならないようだ」


幸一は身を屈めて、紫苑の肩を持つ。


「どうして、ですか?」


「紫苑さんも会っただろ?その『世界の意志』というもの。本当に、みんなにご迷惑をかけたな」


幸一は紫苑が手に付ける指輪に指した。その指輪から、懐かしい旧世界の気配を感じる。


(しまった!)


紫苑はひくっと寒気を感じた。


(幸一様に教えてはいけないと修良様に言われたのに、つい……)


(いいえ、でも、しかし……今の幸一様は幸一様ではなくて、幸一様に教えたことにならないじゃないですか……)


(おのれは一体、どうすれば……)


冷汗を掻くほど焦っている紫苑に、幸一はやさしい微笑みをかけて、彼の肩に手を軽く置いた。


「こうなったら仕方がない。紫苑さん、ちょっと頼んでもいいかな」


「あっ、はい!な、なんなりと……」


紫苑は思わず身震いをした。


(やはり、怖い……幸一様の顔で、やさしく微笑んでいるのに、なぜか、怖いです!)


(鋭くて、鉄の匂い……いいえ、血と殺伐の匂いがします!!)


ひどく怯えているが、紫苑は動くこともできず、呼吸を止て、おどおど幸一の続きを待っていた。


「修良先輩と、戦ってくれないか――」


「!!」

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