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絶世の美少年は最悪な鬼に守られている  作者: 星琴千咲
第十七章 前世の因縁
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五十八 遠い約束

幸一は横から母親を覗いた。


珊瑚は事情をうまく説明したのか、韓婉如の様子が少し落ち着いたようだ。


紫苑は声を低くして、幸一に耳打ちをした。


「おのれは、お母様の魂に宿っている『心魔』を引き出せます。過去の生に何があったのか、解明できます」


「!」


幸一の影に覆われた目が光った。


しかし、過去の生を探ることは、仙道でも一定の修為を持つ人間しかやらない修行法の一種。


一般人の母にやらせたら、母は余計なことを知ってしまい、現世に悪い影響があるかもしれない。


それを思うと、幸一は目を逸らして、紫苑の提案を断った。


「……いいえ、いいんだ。過去の生が原因だったら、今の母を追い詰めても意味がないんだ。傷を掘り出したら、母を傷付けるかも知れない……」


「それは違います」


紫苑はめずらしく、やや強めな口調で幸一を否定した。


「過去の生で負った傷は、これからの生で癒さなければなりません。癒さない限り、何回転生しても苦しめられます。なので、『病因』を究明することで、お母様も恐怖心から解放されます」


「……」


幸一は戸惑っていたら、紫苑は悲しそうに更に勧めた。


「幸一様、おのれは、たくさんの母親と子供の悲しみや虚しさを見たことがあります。彼女たちはとても弱くて、自分の不幸をどうにかする力もなく、理不尽を受け入れることしかできません。ですが、幸一様とお母様は違います。まだ挽回する機会があります。原因を見つけたら、お二人は理解し合えるかもしれません。この機会を逃さないようにお願いします」


紫苑は嘘をついていない。彼を生み出した怨念の中で、女子供の怨念が一番多かった。


幸一と韓婉如は、それぞれ何に悩んでいるのか、彼にははっきり分かっている。


ほかに能がなくて、汚らわしい魔である彼が、恩人である幸一にできることでもあれば、きっとこれだと彼は思った。




紫苑の言葉は、幸一の中で強く響いた。


確かに、このまま終われば、この短い親子関係が虚しさ以外に何も残さないだろう。


修良に教われたことがある。


この世のすべての存在のあり方は、それぞれ意味がある。


でも、究極的な意味はみんな同じ――この世界をもっとよくすることだ。


この世界は常に「生の力」を求めていて、すべての存在に「よい原動力」を求めている。


なら、仙道の人間として、自分と母の関係で「よいもの」を残すために、努力すべきじゃないか。


母の嫌悪感の源が分かる。しかも、それは母にとっても有益なこと。


もう断る理由はない。


やっと決心がついて、幸一は頷いた。


「お願いします。俺の代わりに、母を説得してくだい!」


「かしこまりました」


紫苑は一礼をして、韓婉如に歩いた。




紫苑は韓婉如の前で跪いて、両手で韓婉如の冷たい手を包んだ。


先ほど、幸一を説得するように、自分の理論をやさしく韓婉如に伝えた。


韓婉如は不思議と思った。


初めて会ったのに、なぜかこの弱弱しい美青年に親近感を持っている。


彼の言っている言葉も、自分の苦しみや悩みに見事に的中している。


これほどの良い理解者に会ったことがない。


紫苑の言葉に動揺され、韓婉如は視線を幸一に移した。


幸一の顔に、涙の跡がまだ乾いていない。彼の目線から、真実を求める焦燥を感じる。


確かに、自分が実の息子の幸一に対する恐怖感が不可解なものだ。


母親として、実にひどいことをしてきた。


その恐怖感の理由が分かれば、自分も幸一もこの苦しみから解放されるかもしれない……




少々不安があるが、韓婉如はやはり紫苑の提案に同意した。




「婉如様は何もしなくていいです。ただできるだけ楽にしていて、おのれに魂を覗かれることを許してください」


紫苑は韓婉如を寝台に座らせて、指先で一本の紫色の煙を立てた。


「それでは、俺は結界を張る――」


幸一は術を発動しようとしたら、追い出された幸世が走って戻ってきた。


「お、お母様をいじめないで!虐げるのなら、わ、わたくしを……」


珊瑚は手が早く、幸世を扉の外に止めた。


「すみません、お嬢さん。それがしは捕快です。それがしたちは、お母様を傷付けるのではなく、過去の傷を癒すために術を施しているのです」


「捕快……?」


珊瑚の顔をよく見たら、幸世の目がピカッと光った。


「す、すてき!きっと、あなたは復讐心に目をくらませた兄を抑えて、母を救ったのですね!」


「いいえ、それがしは……」


いきなりの話で、珊瑚もついていけなかった。


「そして、神様が不幸なわたくしにくれた溺愛旦那様ですね?」


「溺愛旦那様?父はそう皮肉されたことがあったような気がしますが……」


「えっ!妻溺愛の伝統がある家ですか!?ますますすてきですわ!」


「……とにかく、施術の邪魔になるから、一緒に外に出てくれませんか?」


「いいですわ!さあ、行きましょう、旦那様!雰囲気のいいところでお茶をしましょう!わたくし、お菓子作りが得意なの!」


幸世は進んで珊瑚を外に引っ張った。


「……」


幸一は申し訳なさそうな目線で珊瑚を見送った。




邪魔が去ったので、幸一はさっそく光の術で壁や床で呪文を描いて、守護の結界を展開した。


紫苑の煙は韓婉如の全身に巻きつく。


韓婉如は座ったまま眠りに落ちた。


紫苑は左手で韓婉如の手を引いて、自分の右手を幸一に渡せた。


「幸一様、おのれはお母様の魂を覗き、幸一様と関係のある部分の記憶を引き出します。幸一様は霊気を調整して、おのれと同調してください。そうすれば、おのれが見た景色はそのまま幸一様の脳に転送されます」


「分かった」


「でも気をつけてください。魂の潜在意識は非常に繊細なもので、何を見っても、大声を出したら、激しい感情を出してはいけません。幸一様なら、制御できますね」


「ああ、もう気持ちの整理ができてる。さっきのようにならない」


幸一はもう一度意志を固めて、紫苑と一緒に韓婉如の意識に潜入した。




「!!」


紫苑に忠告されたのにも関わらず、最初に見た画面で、幸一は危うく声を出した。


天地崩壊。


それは、一番適切な形容詞だろう。


暗闇に覆われた空に強風が咆哮している。


枯れた大地で山が崩れ、河が沸き立つ。


遠い地平線にある海は、灰色の砂となり、竜巻へと化する。


すべてが抹消されているような光景だ。


人々は、同族の死体が散らばっている大地で、獣の断末魔のような悲鳴を上げながら逃げ回っている。


「どうして!?どうして私たちは滅びなければならないの!?すべて、すべてはあの悪鬼のせいなのに!!!」


一人の女性は、倒れた枯木に押しつぶれ、動けなくなり、最後のを悲鳴を上げた。




「もしかして、あれは、母の前世……!?」


幸一は唇を噛み締めて、その女性を助けようとする衝動を必死に抑えた。


隣で彼つ手を繋いでいる紫苑は、小さな声で言った。


「ひどい景色ですね……まるで、伝説中の、旧世界が滅んだ時の光景です」


女性が見上げる方向に、祭壇のような石の建物の残骸がある。


その残骸の上に、一人の痩せた少年が立っている。


少年は逃げるつもりもなく、何かを待っているように静かに空を眺めている。


「あの少年は、幸一様……?もうちょっと近くに行ってみませんか……」


紫苑はまだ確信を持っていないうちに、突然に、巨大な黒影が空から襲来した。


それは、力強い翼と巨爪が生えている生き物。全身が真っ黒で、狂気に包まれている。


その爪が黒い雷を生み出し、翼が暴風を飛ばし続ける。


雷と風の刃は地上に降りかかり、破滅を加速している。




「先、輩……」


あの黒影を見て、幸一はぼうっと呟いた。


「!あのものは、修良様っ……!?」


その時、空から落ちた黒い刃は容赦なく、枯木に体を潰された女性の頸を切り、彼女の苦しみを終わらせた。


その同時に、幸一たちの視野も真っ黒になった。




「お母様のこの生はここまでのようですね。しかし、幸一様との因縁が分かりませんでした……」


紫苑は困惑した。あの少年が幸一で、あの女性が韓婉如の前世だったら、二人の接点が少なすぎる。


「……」


「もうちょっと、前の生を遡ってみましょうか?」


「……」


「幸一様?」


幸一が上の空で立っているのに気付いて、紫苑はもう一度声をかけたが。


「え、あっ、はい!そうしよう」


紫苑の声を聴いて、幸一はさっきの景色から意識を取り戻した。


(どうして、それが先輩だと思った……)


(いいえ、思ったより、知っているという感覚だ)


(確かに、先輩の悪鬼化した姿が、そのものと雰囲気が似ているが……)


(先輩は、本当に旧世界を滅ぼした悪鬼なのか?)


(母は先輩に偏見を持っているのは、そのせいか……)


(俺は、何か大事なことを忘れたような気がする……)




紫苑は指先でもう一本の煙を立てて、もう一度韓婉如の魂の記憶を探る。


今回二人が導かれた場所は、戦場だ。


二人が屍の上に立っている。


後ろには高くそびえる城門。


目の前には、対峙する二つの軍陣。


城門に攻めようとする陣は、残兵と言っていいほどの惨状で、


彼たちの真っ先を塞げ、城門を守ろうとする陣は――ただ一人。


鮮血に甲冑を染められた青年だ。




残兵たちは、化け物を見るような目で青年を見つめていて、前進に怯えているようだ。


いきなり、将領っぽい人が狂ったように奮発して、大きな刀をかざし、敵の青年に飛び掛かった。


青年は、疲れ果てたようにため息をついて、鈍い動きで薙刀を振り上げた。


そして、目の見えない速さで、残兵が刀を降ろした一瞬、その傷だらけの戦士の体を腰から一刀両断した。


「!!」


その同時に、幸一は両手から振動を感じた。


(俺は、この感覚を知っている!)


将領がやられて、ほかの残兵はあちこち逃げ始める。


しかし、青年は彼たちを見逃さなかった。


青年は手を高くあげる。彼の血か敵の血か分からないが、鮮やかな血流は空に逆流し、青年の頭の上に血色の玉を作った。


十分の血が溜まったら、血玉が爆発し、血流が矢のように飛ばされ、逃げようとする残兵の体を全数貫いた。


「!!」


また同調したように、幸一は全身の血が吸い込まれたような寒さを感じた。


「幸一様、どうしたの……?」


紫苑は小さく震えた幸一に話しをかけたら、二人の視野がだんだんぼやけていく。


遠い荒野から、一人の青年が近づいてくるのを見えた。


青年は真っ白な服を身に纏って、鮮血に染められた青年に向かっている。


赤い青年は悲しみにも似たような笑顔で、白服の青年に言った。


「みんなのために生きてるって、やっぱり疲れちゃうね……今度は、キミだけのために……」




「!!」


その一瞬、幸一は心臓を貫くような痛みを感じ、両足が揺れた。


「幸一様!!」


紫苑はさっそく幸一を支える。


すぐに、二人の視野がまた暗くなった。


幸一は何回も大きく息をして、自分の心臓のところを掴んだ。


「俺は知っている。あのものたちは、全部、俺が、俺の前世が、殺したんだ……!」


「!?」

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