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Gemstone  作者: 粂原
第3章 復讐
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第15話

 無線機を片付けながら、小さく息を吐く。やたらと喉が渇くような感覚がして、ごくりと唾液を飲み込んだ。


 ロレッタは、戦争という言葉を知識としてしか知らない。王宮専属の教育係から、図解や文章を用いて解説された内容を暗記しているだけである。それでも、戦争とは凄惨なもので、無闇に繰り返すべきではないのだと感じていた。


 そんなものが、愛する国や民を巻き込んで勃発する。国王が病に倒れ、兵士たちの調子も万全でない、この時に。どう足掻いても被害は免れない。


「……不安か?」


 普段とあまり変わらない声音で、リューズナードが尋ねてきた。いくつもの戦地を経験してきた彼は、今さら戦争という言葉一つで動揺したりはしないのだろう。


 一方、ロレッタの計り知れない動揺は、きっと顔色にも動作にも表れている。隠すだけ無駄だと、ロレッタは首肯した。


「……はい。私は、戦争の実態をこの目で見た経験がありません。無知(ゆえ)に想像が及ばないことが、より恐ろしいのです……」


「そうか。それなら、分かる範囲で考えてみろ。戦力の一部が欠けているものとして、水の国(アクアマリン)は今回の炎の国(ルベライト)の侵攻で本当に陥落すると思うか?」


「え……? ……ええと……」


 唐突に投げかけられた問いに困惑する。


 水の国(アクアマリン)が陥落する可能性。軍事に一切関わってこなかったロレッタに、即答することはできなかった。


 国家の陥落とは、恐らく王が絶命あるいは失脚することを指すのだろう。それに至るまでには、兵士たちによる交戦も繰り広げられる。その兵力差を比較すれば、勝敗予想の目安になるだろうか。


 水の国(アクアマリン)炎の国(ルベライト)は、国の規模で言えばそれほど変わらない。兵士の数にも大差はないだろう。その中で、水の国(アクアマリン)の兵士を束ねるアドルフが負傷していて、炎の国(ルベライト)の兵士を束ねるナディヤは健在。ぶつかればアドルフが劣勢に立たされる。彼の脱落は兵士たちの士気にも影響を及ぼしそうだ。


 ただ、水の国(アクアマリン)にはミランダも居る。


「……炎の国(ルベライト)の主力部隊の中に、王族の血を引く方はいらっしゃいますか?」


「いや。炎の国(ルベライト)の現体制において、純粋な王族の血筋を引いているのは国王と王子だけだ。王妃は元々貴族の娘だし、軍事にも政治にも関心がない。自分の生活水準が保たれていれば満足する人間だから、表に出ることはないだろう。国王と王子も、魔力量は桁外れなのだろうが、戦闘慣れはしていない。前線には、まず出ないな」


 つまり、炎の国(ルベライト)には王族であるミランダを抑え込める手段がないということだ。彼女は愛国心が強い。他国を攻め落とす為に出陣する可能性は低くとも、自国を守る為に前線へ出る決断を下す可能性は十分にある。


「……左様ですか。それならば、少なくとも水の国(アクアマリン)が今回の侵攻で陥落する可能性は、低いかと。ある程度の被害は免れないとしても、お姉様が破られない限り、国も滅びはしないでしょう」


「そうだな、俺もそう思う」


「……本当ですか?」


「ああ。……少しは落ち着いたか?」


「! は、はい……」


 想像できないことが怖いと漏らしたロレッタに、大丈夫だと思える理由を考えることで安心させようとしてくれたのだと、ようやく気が付いた。おかげで、漠然とした不安は減った気がする。さっきまでより少しだけ、息がしやすい。


「そもそも炎の国(ルベライト)は王族が戦えないし、騎士団の奴らもそれほど強くはない。単体でまともな戦闘能力を持っているのなんて、ナディヤくらいだ。そのナディヤだって、お前の姉や父親と正面からぶつかれば、分が悪いだろう。過剰に恐れる必要はないさ」


「はい……ありがとうございます」


 リューズナードの言う「まともな戦闘能力」は、彼自身の戦闘能力を基準にしているのだろうから、どこまで鵜呑みにして良いのかは分からない。ただ、ロレッタを元気付けようとしてくれていることだけは伝わるので、その気持ちはありがたく受け取った。


 それにしても、これまでの口振りから、リューズナードはナディヤをそれなりに評価していることが窺える。ナディヤにも、魔法が使えない人間だからと彼を見下すような素振りはなく、随分と気さくに接していたような気がする。


 不安が和らいだせいで、余計なことが気になってきてしまった。


「あ、あの、付かぬことをお伺い致しますが……リューズナードさんは、ナディヤさんと仲がよろしいのでしょうか?」


「あ? そんなはずがないだろ。同じ騎士団に所属していたから面識があっただけだ。……まあ、あいつは他人を、強いか弱いかでしか判断しない奴だからな。今思えば、他の奴らほど差別意識は高くなかった気がする。助けられた覚えもないが」


「……未来のお嫁さん、というのは……?」


 先ほどナディヤが口にしたこの言葉が、ロレッタの中でずっと引っ掛かっていた。同じ国の出身で、戦闘時にも問題なく隣に並び立てる、華やかな女性。リューズナードに対してもかなり好意的な様子だった。思い出すと、何故だか胸がズキリと痛む。


 その質問を聞いたリューズナードは、眉間に深々と皺を寄せた。


「あいつが勝手に言っていただけだ。ひ弱な貴族の男に嫁がされるくらいなら、俺と既成事実を作って自分を傷物にしてやる、と」


「既成事実……」


「無いぞ。そんなの、一度も!」


「も、申し訳ありません!」


「……悪い。信じてくれたのなら、それで良い」


 これまで過ごした時間の中で、彼が他人を傷付けるような嘘を吐く人間でないことは重々承知している。きちんと話した上で否定してくれたのだから、身勝手に落ち込むのは控えようと心に決めた。

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