第4章 番外編③
「へぇ……。ロレッタちゃんに、お見舞い……」
比較的、自宅の被害が少なそうだったサラに声をかけると、なんだか驚いたような顔をされた。
「……なんだ」
「ああ、いえ、少し意外だったものだから……。ロレッタちゃんが『監視されている身ですので……』なんて言っていたから、あなたたちはもっと殺伐とした関係なのかと思っていたのだけれど」
「……それと今回のこととは別の話だろう。村を救ってもらった礼はしなければならない」
「ふふふ。あなたのその、貰った分はちゃんと返そうする律儀なところ、私は好きよ。ええと、一人分の食器があれば良いのよね? お皿とフォークで良いかしら」
「ああ、頼む」
ロレッタや水の国との繋がりを知っているサラは、いろいろ話が早くて助かる。足元で駆け回る子供たちを器用に躱しながら、真っ直ぐ戸棚へ向かって行った。
リューズナードの中に、自分が律儀な人間である、という認識は欠片も無い。ただ、一方的に受け取るだけでは落ち着かなくなるだけだ。人から何かを与えられる感覚を、リューズナードは祖国で仲間たちに出会うまで知らなかった。そして、知らずに生きていた期間のほうがまだ長い所為なのか、与えられた時に感じる不思議な温かさを消化する方法が、未だに分かっていないのだった。
自分が相手の為に働き、与えられた温かさをそのまま相手へ返す。そうすれば落ち着かない気持ちが多少紛れるのだということを、仲間たちと接する中で学んだ。言わばこれは、自分の中に熱が燻り続けるのを防ぐ為に行う、自己防衛の一種なのだ。与えられるばかりでは、いつか溺れてしまうから。
サラが食器を持って戻って来た。礼を言って受け取り、一旦、横に置いておく。果実を丸ごと器に乗せたのでは食べにくいだろうから、切り分ける必要がある。
最も使い慣れた刃物を鞘から引き抜こうとしたところ、サラに慌てて止められた。
「ちょっと!? 小さい子供も居る家で、そんな物騒なもの振り回さないでよ! それに、果物なのだから、皮や種を取り除かないと食べにくいのではないの? 刀でそんな細かい作業はできないでしょう」
「! そ、そうか……そうだな、悪い」
自分で食べた時のように切断すれば良いかと思ったが、確かに少し食べづらかったなと思い直す。皮も種も食べられそうにないので、取り除いてやったほうが親切だ。
手中の果実をまじまじと眺め、やがてリューズナードは小さく呟いた。
「……取り除く……?」
種は、果実を割れば断面からくり抜くことができるだろう。しかし、皮を取り除く、とは一体。指で剥がせる硬さではないし、いっそ握り潰せば中身と皮を分離できるだろうか。いやでも、美味くない上に原型を失くした果物なんて、自分でも食べたいとは思わない。なら、どうする?
自炊を全くしない為、調理や下拵えの工程がまるでピンとこない。ナイフは武器だと思っている為、ナイフで果物の皮を剥く、という発想に至らない。首を傾げるリューズナードを見て、サラが深々と溜め息を吐いた。
「本当に、もう……っ。ロレッタちゃんが可哀想だわ。ちょっと、こっちへいらっしゃい!」
見かねたサラに、台所まで連行される。そして、過去に武器として使用していた物とは異なる形状のハンディナイフを渡された。
「はい、これを使って」
「……俺がやるのか?」
「あなたがロレッタちゃんに渡すお見舞いなのだから、当たり前でしょう? 私は私で、別の物を持って行くわよ。ほら、こんな風に刃を当てて、果物のほうを回しながら少しずつ皮を剥いていくの」
「…………」
丁寧に見本まで見せられ、とても拒否できる雰囲気ではなくなってしまった。渋々ルワガを手に持ち、見様見真似で挑戦してみる。しかし、果肉を深く抉ったり、自分の指を切り落としそうになったり、なかなか思うように作業が進まない。
「……あなた、本当に手先が不器用なのね。一生懸命頑張っているのは伝わるのだけど、危なっかしいわ……」
「そう思うのなら、代わってくれ……」
「駄目。贈り物は気持ちが大切なの。あなたが自分で用意することに意味があるのよ。あなただって、ロレッタちゃんの料理を食べたことがあるでしょう? ロレッタちゃん、とても頑張って作っていたのよ」
ロレッタの料理。なんの話かと気を取られそうになったが、そう言えば一度、書き置きと共に食事の用意がされていたことがあったな、と思い出す。寝具の横に鍋が直置きされていて、何事かと混乱したものだ。この口振りだと、一緒に作ったか、あるいは料理の作り方をサラがロレッタへ教えたのだろう。ただ、リューズナードはそれを口にしていない。
「食ってない」
「え? どうして?」
「食料も、水も、火を起こすのに使う薪も、ここでは貴重な資源だ。俺の食事の為にわざわざ消費する必要はない。それに、どう見ても俺よりあいつのほうが、薄くて貧弱な体をしている。栄養を摂るべきはあいつだろう」
「……ああ、そう……。それ、ロレッタちゃんにもきちんと説明したのよね?」
「ああ。お前が食え、と伝えた」
「……は?」
ロレッタがしてきたのと同じように、寝床の横に鍋を置いて、書き置きも残した。読んでいないことはないはずだ。あの美味そうな雑炊は、きっと彼女の朝食にでもなったのだろう。それが一番良い。
「本気で言っているの……?」
「?」
ありのままを報告したら、何故かサラの表情が引き攣った。
「そんな言い方で、分かるわけがないじゃない!」
「!?」
「だからロレッタちゃん、少し落ち込んでいたのね……。あなたはいつも、言葉が足りない! ただでさえ、口も目付きも悪くて怖いのだから、自分の気持ちくらい誤解されないようにしっかり説明しなさいよ!」
「誤解……?」
「ああもう! とにかく、ロレッタちゃんが目を覚ましたら、今回のことと今までのことを、落ち着いて話しなさい! 分かった!?」
「わ、分かった……」
「その為にも、ほら! 手を止めない!」
「ああ……」
食器を借りにきただけなのに、いつの間にか叱られていた。何故。
一度断って以降、食事の用意をされることがなくなったので、正しく伝わったものだと思っていた。しかし、どうやら何かが違ったらしい。
思えば、ロレッタと口を利いたのも、ずいぶん久しぶりだった気がする。下手をすると、彼女が村にやって来た日以来だったかもしれない。彼女との対話は契約に含まれていないのだから、特に問題はないはず。
ただ、どういうわけかロレッタのほうからこちらへアクションを起こしてきていて、自分は応答の仕方を間違えたようだ。それだけはどうにか把握できた。だからどう、ということもないが、今回の一件の礼は言わなければならないので、ついでに少し話を聞くくらいは試みるべきなのだろうか。
「やーい! リュー、怒られてやんの!」
「やんの!」
「うるさい……!」
「よそ見しないの! 危ないでしょう!」
サラに叱られ、子供たちに茶化されながら、リューズナードは懸命にルワガとの戦いを続けた。
十数分後。器に盛られた粗末な完成品を見たサラが、怒るでもなく静かに、
「……なんで?」
と聞いてきた。
「……分からない」
それ以外、答え様がなかった。
第4章 番外編 終