表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Gemstone  作者: 粂原
番外編
78/159

第4章 番外編②

 二人を家まで送り届けたその足で、真っ直ぐ村の外へと向かう。いつの間にか、すっかり明るい時間帯になっていた。徹夜明けの目に晴れ間から漏れる光が突き刺さる。目的を果たしたら、少し仮眠を取るべきか。


 無意識に目が細まり、一段と人相が悪くなっていることに気付かないまま歩いていたところ、住人たちから代わる代わる声をかけられた。


「リュー! 良かった、無事に戻って来てくれて……! ロレッタちゃんは?」


「まだ寝ている」



「あっ、ちょっとリュー! ロレッタちゃんが倒れた、って聞いたんだけど、大丈夫なの!?」


「まだ寝ている」



「これからロレッタちゃんのお見舞い行こうと思ってたんだけど、良い?」


「……まだ寝ている」



「ロレッタちゃ――」


「まだ寝ている!」


 誰も彼も口を開けば、ロレッタ、ロレッタ。彼女が住人たちとコミュニケーションを図ろうとしている姿は遠巻きに見かけていたものの、いくらなんでも溶け込みすぎではないだろうか。


 ロレッタは、魔法を使える人間だ。自分たちを非人と蔑み、一生癒えない傷を与えてきた側の人間。そんな彼女に、住人たちが心を許している。子供が誘拐される事件まで起きたというのに、当事者であるネイキスも、その親であるサラも、今回の件とは直接関係ない面々も、全員が、だ。もはや、リューズナードが連れて来たから、という一言だけでは説明がつかない。


 彼女が姉のように狡猾なのであれば、完全に村へと溶け込んだ後に内側から何らかの謀略を仕掛けるつもりでいる、といった可能性も考えられる。しかし、そんなことを企てるような人間が、わざわざ自身を危険に晒すような手段を選ぶだろうか? 命を脅かす嵐の中、体力も魔力も使い果たして、その場で倒れて。リューズナードに放置されていたら、一体どうする気だったのか。


 分からない。契約を破棄させる方法も、住人たちの心模様も、ロレッタの思惑も。分からないことばかりで、あまり性能の良くない自分の頭が悲鳴を上げているのが聞こえる。


 軽い頭痛と戦いながらも歩き続け、村の外にあるルワガの群生地までなんとかたどり着いた。足元がぐちゃぐちゃにぬかるんでいるし、暴風雨によって吹き飛ばされた枝葉や果実が無残な姿で水溜まりに浮いている。激しい嵐の余韻が、これでもかと言うほど鮮明に刻まれていた。見ていてあまり気分の良いものではない。


 早く用事を済ませてしまおうと、適当な木の真下へ歩を進める。そうして、齢いくつかも分からない立派な幹を目の当たりにした時、以前ロレッタが「背が足りない」という理由から魔法を使って枝を落としていた様子を思い出した。


(…………)


 一方、リューズナードは少し背伸びをしただけで、枝にも果実にもしっかり手が届いてしまった。赤い果実を手の平で包み、力を加えてポキリと()ぎ取る。


 こんな所にさえ手が届かないような小さな体で、災害を食い止めて見せたのか。やはり、王族の魔力は規格外だと思い知らされる。ただ、彼女はその規格外の力を行使して、村を救った。魔法国家の人間が、一体なんの為に……いや、考えるのはひとまずやめよう。頭が痛い。


 混線してきた思考を振り払いつつ、リューズナードは手中の果実を眺めた。生息していることは知っていたが、そう言えば口にしたことはなかった気がする、この果物。食べれば魔力が回復するらしい。


 しばし逡巡した後、愛刀を抜いて果実を一刀両断した。赤いのは皮だけのようで、中の果肉は真っ白、中心付近には黒い種子も埋まっている。虫がいないのを確認し、断面にガブリと噛み付いた。


(……確かに、あまり美味くはないな……)


 どれだけ咀嚼しても、舌で転がしても、大した味がしない。食感のお陰で果物だということは認識できるが、味を尋ねられても説明できる自信は持てなかった。食の好き嫌いがない自分でさえこう感じるのだから、恐らく誰が食べても好い顔はしないのだろうと思う。食後のデザートに、とこれを単体で出されたら、少し気落ちしてしまいそうだ。


 強い毒性は感じなかった為、味の追及を諦めて喉の奥へ流し込む。……が、予想通り「魔力の回復」とやらは体感できなかった。固形物が食道を通過して、胃へ落ちていく感覚しかない。


 非人という蔑称を容認するつもりは毛頭なかったが、根本的な体構造の一部が違うのは、否定しようのない事実だ。生まれつき魔法を使えない自分たちは、魔法を使える人間とは、やはり別の生き物なのだろうか。そうだとしても、黙って迫害を受け入れてやる理由になど絶対にならないが。


 ともあれ、ここのルワガが問題なく食べられるものであることは確認できたので、もう一個だけ追加で捥ぎる。口を付けてしまった分は無心で食べ切り、残った皮だけ持ち帰ることにした。このタイプの果物の皮は、たぶん洗剤や芳香剤の代わりになる。リューズナードにそれを自分で使う機会が訪れるかどうか、保証は全くないけれど。


 さて、この果物の果肉をロレッタに食べさせたいわけだが、今の彼女は病人である。さすがに、病人に果物を丸かじりさせるのは良くない。食べやすい状態で提供するべきだろう。つまりは、食器が要る。


(食器…………無いな)


 自宅の設備や雑貨を思い浮かべるも、その中に食事用の器やカトラリーなどもちろん無い。肉も、魚も、野菜も、大抵の物は器に盛らずとも食べられるし、炊き出しに顔を出せば器に盛られた状態で料理を分けてもらえる。だから自宅に食器が無くても、生活するのに困らなかったのだ。ただ、今回は事情が違う。


 悩んだ末に、リューズナードは仕方なく食器を借りに行くことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ